Tiger x Lotus | ナノ

07 


雄弁、沈着、神聖、清らかな心。

“蓮”の花言葉を、辞書で引いた。人類の発展は目覚ましくて、数秒前まで知らなかった事を親指一本でその羅列を導き出せてしまった。どれも、蓮にふさわしい言葉だった。美しさと神々しさを感じさせる、彼にぴったりの。

静かな室内、見慣れた自分の部屋、蓮の匂いが染み付いた布団。その中で、蓮の寝顔を見つめた。いつもは、蓮が先に目を覚まして俺の寝顔に触れるのに…今日は俺が先に朝日に反応していた。弱い光がカーテンの隙間から差し込み、薄暗いそこを僅かに照らしていた。

もう一眠りしとうとしてやめた。蓮のこんな無防備な顔を心置きなく拝めるのだ。寝るのはそのあとで良い。そう思って。

俺の右腕を枕にして眠る蓮。その腕を曲げて、柔らかい髪を指の間に通す。寝ていても分かるほど綺麗な顔を見つめながら。左手は規則正しく揺れる蓮の胸から首へ、そこで目に入った赤い痕。耳朶のつけ根あたり、耳と髪の影になるそこに残されたそれは紛れもなく昨夜自分が付けたものだ。
自分のものだ、なんて主張の為ではない。ただ蓮の体に舌を這わせていると、どうしようもなく噛みつきたくなる。実際、蓮の鎖骨にはくっきり自分の歯形がついている。それを少しでも避けるために、吸い付いて紛らす。けれど見えるところには残さない。なるべく。

蓮の綺麗な体には、出来るだけ優しく触れたいから。それは本音だけど、自分の欲を抑えようとすればするほど、赤い痕を残してしまう。まるで、食らい付きたい衝動が抑えられる日など来ないと、つきつけられているようだ。

「っん…」

小さく身じろぎした蓮をそっと抱き寄せた時、マナーモードにしていた携帯が予兆もなく震えた。枕元にあったそれを慌てて掴み、電話を掛けてきた相手の名前も見ないでそれを切る。

蓮は目を覚ますことなく、俺の胸に額をくっつけてきた。可愛い、と無意識に緩んでいた口元は、別に誰に見られているわけではないためそのままにして。蓮はまだ熟睡中で、密着しすぎて顔も見えない。仕方なく、蓮の温もりを感じながら電話の相手を確認した。

「ちっ」

“湯井”クラスメイトの名前だった。かけ直す必要はないだろうと自己判断を下して、待受画面に戻る。しばらくそこを見つめた後、なんとなくネットに繋いだ。久しぶりにそんなものを繋いでも、特に調べたいことがあるわけじゃない。
なんとなく押したそのアイコンは、検索ページのトップへと繋がった。ボーッと眺めながらスクロールすれば…冬仕様のトップページの中で“花を送ろう”という見出し。その下には“花言葉を調べる”というボタンがあった。

「蓮…」

そう言えば花の名前だな、と気づいて飛んだ花言葉の検索ページ。

れ、ん

そう入力するのに、時間はかからない。ページも、一瞬で切り替わった。そして出てきたいくつかの言葉は、どれも蓮を表していた。けれどその最後、俺を釘付けにする言葉。

どくりと脈打った心臓と、急に背中に浮かんだ冷たいもの。俺はホームボタンを押して、電源も落としてそれを床に落とした。ゴトン、と小さな音をたてたそれに、蓮が目を開いた。

「……っ…と、ら…」

今度は覚醒したらしく、掠れた声がそう呼んだ。少しだけ顔を離した蓮が、まだ眠そうな目でこちらを見上げる。そのトロンとした目に捕まって、同時に頬に暖かい手が触れた。

「虎?」

いつもより開いていない目に映る、不安げで情けない顔をした自分。

何を、不安になっている。
たかが花言葉ひとつで、何を。

「どうしたの、怖い夢でも見た?」

優しく撫でられた頬は、その手の温度に歓喜していた。すっかり目が覚めたように、けれど普段よりトーンの低い声で問う。僅かに掠れるその声が、寝起きの色っぽさを濃くする。

「……ああ」

顔を見るために離された体。ほんの僅かなその距離が、いつしかどんどん広がってしまうような気がして。少しずつ冷めていく布団の中の温度が、もう永遠に暖かくならない気がして。俺は蓮を抱き締めた。

「どんな夢?人に言うと、正夢にならないんだって」

頬に添えられたままの手が、唇をなぞった。
小さな子供をあやすように、壊れ物を扱うように優しく。
蓮を抱き締める腕に力が入って、本当に情けなくなった。縋るような人間は大嫌いで、今の自分みたいに不安を露にする意味がわからなかったのに…

「蓮が…」

夢だったら、きっと幸せなのだろう。
目が覚めたとき、蓮は隣にいるんだから。

「離れてく夢」

死にたくなるくらい恥ずかしいことを言った。夢でも何でもなく、花言葉などに影響されて不安になって。

「…そんなの、言わなくても、正夢になんてならないよ」

蓮の手が顔から肩へ、首を伝って滑った後、俺を抱き締め返した。密着した体が一気に熱を帯びる。露になった俺の首元へ送られた口付けが、その温度を上昇させて。

いつの間に、そんなこと覚えのか。

「虎?」

「……もう少し、寝る」

「ん、おやすみ」

鼻孔一杯に広がる蓮の匂い。シャンプーも洗剤もハンドソープも、部屋の芳香剤も、蓮の家にあるものと同じ。香水だって同じなのに、蓮の匂いにはならない。だからこうして蓮の匂いだけを感じていられる時間が幸せなのだと思う。

暖かいぬくもりとその匂いに包まれて、目を閉じた。きっと次目が覚めたら、“嫌な夢”だったのだと思うはず。

ゆっくりと、意識が遠退いた。

“蓮の花言葉”
雄弁、沈着、神聖、清らかな心、離れゆく愛

優美で可憐であるほど
尊くそして儚いのだろう
(どうか虎が僕を離さないように)



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