Tiger x Lotus | ナノ

04 

「虎、酷いニオイ…」

ぼんやりとしか捉えることのできない虎のシルエット。それが夢だったのか、現実だったのかはよく分からない。ただ、お酒と煙草、いろんなニオイが鼻孔を擽ったのは現実だったと思う。

「ただいま」

ベッドサイド、寝ぼけ眼の虎の目を見つめて頭を撫でた。よく眠てたね、と付け加えて。たしか、虎が帰ってきたのは夜中だった。曖昧な記憶を辿ってそれを思い出す。出掛けてくると言って出ていったのが夕方六時。虎の部屋で待ちぼうけを食らった僕はそのまま眠ってしまい、深夜足音に気づいたけれど覚醒まではしなかったためよく覚えていない。
それもすぐ睡魔に引きずり込まれ、目が覚めたのは七時丁度。虎は隣でぐっすり眠っていた。僕はぐっすりと眠る虎をそのままにして、彼の部屋を出た。一旦自宅へ戻りシャワーを浴びて着替えてご飯を食べて、九時からのバイトへ向かう為に。

バイトを勤務時間通り五時にあがりそのまま虎の家へ行くと、覚醒が近かったのか珍しく足音で目を覚ました虎と目があった。「ごめん、起こした?」と問いながら見た目より柔らかい髪を指に絡めると、布団の中へ引きずり込まれてしまった。

まだ寝ぼけたままなのか、虎は僕の胸元へ顔を埋めてきた。僕のそこを擽る髪を撫でながら、ふと思い出す。煙草と、お酒と、香水と、食べ物のニオイ。あれは夢だったのかな、そう思いながらそっと彼の髪に顔を寄せた。

「っ…」

シャンプー匂い、だ。自分と同じ、あんずと桜の匂いのするシャンプー。僕の好きなそれが、愛嬌家に置かれるようになったのは、もうずっと前の事。

「あはは、起きた?お腹は?空いてない?」

「……んん」

「何か作るよ」

唸るような返事がもう一つ聞こえて、僕は虎の額に唇を当ててから布団を出た。

「ちょっと待ってて」

『パタン』と音をたてたドアの向こう、虎はどんな顔をしていたんだろう。あとになって、それを気にするなんて、考えもしなかった。

たぶん、その頃からだ。虎が夕方出ていき夜中に帰ってくることが増えたのは。煙草とお酒、香水等たくさんの知らないにおいを纏いながら。誰彼構わず女の子を抱いて、節操のない男だと叩かれて、でも、それは…そんなのは、ずっと前に切ったと言っていた。虎のその言葉を信用していないわけじゃない。虎がくれる言葉だって。

でも…知らないニオイや、増えていく僕の知らない虎の時間に、妙な焦りや不安を抱かずにはいられなかった。それを本人に問うことも出来ない僕は、呆れるほどの臆病者だ、とも。事実、そういうのが酷かったときも、今と同じようなニオイを纏っていたのを覚えている。僕はただ、何も知らないふりをしてその背中を見送るしか出来なくて。怖かったんだ、問うことも、知ることも、答えがないかもしれないことも、何もかも。

「……虎?」

「ん?」

「……なんでもない」

整った顔が歪むその理由を、僕は問うていいのだろうか。そうだ、虎は僕の体に負担をかけたくないと言っていた。でも欲は処理しなければ溜まるばかりで…だから…元々、虎がそんなことをしていたのは僕の代わりをさせていたからで…
嫌な考えはどんどん広がっていく。そして、現実味を帯びていく。

『ヴーヴー…』

眠る虎の枕元、震えた彼の携帯。
長く震えて止まり、またすぐに震え出す。虎は起きる様子もなく布団の中で、僕はそれを手に取った。そして、目に入る、“由嶌圭織”の文字。
女の人…基本的に虎は、関係のない人の番号は登録しない。女の子だって、僕の知らない子は登録されていないはずだ。そして登録外の番号からは繋がらないように設定している。だから、これは…

ぐっと息をのみ、枕元へとそれを戻した。

「虎、電話」

気持ち良さそうに眠る彼の肩を軽く揺らし、起きてと耳元で囁く。口ではそう言いながら、心では起きないで、と思いながら。

「虎っ」

「……んん…」

「はい、電話」

機嫌悪そうに唸ってから、「なんだよ」と嘆きながらも通話ボタンを押す。

「……何」

聞かないように、僕はベッドから離れてテーブルに広げたままの本を片した。

「は?……無理。…んん、ふざけるなって……あ、おい…」

寝起き最悪の、彼の機嫌をさらに損ねさせる電話の相手に、僕は少しだけ嫉妬していた。虎が寝起きで電話に出ること自体珍しいから。

「……虎?」

「出掛けてくる」

「え…」

むくりと起き上がり、適当に上着を羽織った虎は僕を振り返って面倒くさそうに一言。

「すぐ戻る」

「あ、うん…いってらっしゃい」

僕の頭を乱暴にガシガシと撫でてから、虎は出掛けていった。女の人に呼び出されて、出ていった…僕と一緒にいるのに…なんて、それは自惚れすぎかもしれない。すぐ戻ると言った虎は、四時間経っても戻ってこないまま。電話を掛けようか迷って携帯を握り通話履歴から虎の名前を見つけて、画面を睨むみけれどやっぱりと携帯を離す。それを数回繰り返し、戻ると言ったのだから待つべきかと諦めたときだった。

『ヴーヴー…』

携帯が僕の気持ちを汲み取ったように、その名前を光らせながら震えたのだ。

「っ、虎─」

「もしもし」

…虎、の声じゃない。

「君、蓮くん?」

それは僕が、最も恐れていた事だった。着信の表示画面は確かに彼の名前なのに、電話越しの声は、知らない女の人の声で。

心は何処にあるかと問われ
僕は頭の中だと答えたはず
(痛むのも弾むのも胸なのに)
(その指令を出すのは脳だから)


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