02
その日は苛々していた。
「蓮くんはどんな人がタイプなの?」
別に、気にしなければいいのに。
「好きになった人、かな」
「え〜じゃあ今まで好きになった人、どんな感じだったの?」
「そう言われると困るね 」
「え〜、気になる」
「蓮は手のかかる子が好きそう」
「分かる。蓮ってみんなのお母さん的存在だよな」
「へ〜世話焼きさんなんだ」
というか、最初からこんなところに来なければよかったのだ。
「え〜良い旦那さんの間違いじゃないの〜?」
やっぱり、来るべきじゃなかったんだ。
蓮に向けられるその視線に、どうして俺がムカつかなきゃならないんだ。
「ね、虎くんは?」
「……」
「あ、ああ…虎は無口だから…無視されても気にしないで」
必死に仲を取り持つ誰かの声にも苛つきを覚える。隣にいる蓮はずっと微笑んでいて、時折相槌まで打っている。
「イケメンで無口って、なんかいいね」
大きなテーブルには自分を含めて七人の男女。
その言葉を発したのは、いったい誰だったか。探すのも面倒だし、そもそも俺の良くない噂を知らないはずがないのに、よくそんなことを言えたものだと呆れた。
「……帰る」
自分が帰れば丁度いい人数になる。いや、そんなことは一ミリも考えていなかったけれど。ただその空気の中に居たくなかった。
「虎っ」
「え〜帰っちゃうの?」
本当に、何してるんだか。
「ごめん、僕も帰るよ」
「えっ、ちょ…蓮!」
何度か足を運んだことのあるカラオケボックスを出て、パタパタと追ってくる足音に耳を澄ませた。蓮の、足音だ。よかった。追ってきてくれて。
「虎っ」
「……」
「どうしたの」
いつだってそうだ。
俺が機嫌を損ねれば、子供をあやす様にそう問うてくる。
「別に」
「ごめん、付き合わせて。虎、ああいうの嫌いなのに」
「蓮の所為じゃないだろ」
近所の女子高の子と遊ぶから、と誘いを断りきれなかった蓮についっていったのは自分。適当に喋ってから蓮を連れて帰ろうと思っていたのに…結局空気に我慢できずに一人で出てきてしまった、というわけだ。
「でも」
「帰る」
立ち止まって、意外と近くにいた所為でぶつかった蓮の手を掴む。冬なのに、その手は温かくて、それも小さいころから変わっていないな、と思った。
「っと…」
「何」
「ちょっと、待って…」
帰って部屋に入るなり、俺は蓮をベッドに押し倒した。暗い部屋の中、蓮が少しだけ頬を赤くさせて俺を見上げる。
「待てない」
わかっていた。胸のもやもやの原因も、ムカついている理由も全部。“嫉妬”だ。こういうのを、嫉妬と言って、そんなの昔からずっと胸に抱いていたのに…だめだ。今まで抑え込めていたはずのそれが、抑えられない。
「ん、虎…」
想いが通じ合ったからなのか、それが飲み込めなくなってしまった。
「っ…どうし、たの…本当に」
服を脱がせるのも中途半端に、俺は蓮を抱きしめていて。こういうのを”不安”って言うんだろうか、と漠然と思い始めていた。同時に、蓮の手が俺の背中に回って、ゆっくりと撫でた。暖かい手だ。
「虎、心配なのは、僕の方なんだよ」
「……は…?」
「虎はまっすぐ僕を見てくれて、怖くなるほど大事にしてくれる。けど…いつかその目が僕以外に向くんじゃないかって…心配になるんだよ」
「…嘘」
「こんな状況で嘘ついてどうするの」
小さく笑って、蓮はギュッと音を立てて抱きしめてくれた。
「やきもち、妬いてくれたんでしょ?うれしいよ、すごく」
「蓮」
殺したい。
一生俺のそばに置いておけるように。
でも、その目に俺を映してほしいから、その声で名前を呼んでほしいから、その微笑みをずっと見ていたいから…そんなことはしない。出来るわけない。それにもし蓮がいなくなったら、耐えられないのは自分だ。
「虎、好きだよ」
そんな狂った自信は、きっと永遠に無くならない。
「愛してる」
狂喜は狂気へ、そして、
凶器へと変わるんだろう
(けれど蓮がいるから)
(俺は“虎”でいられる)
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