Tiger x Lotus | ナノ

06 

“相談室”

もう四日、虎を見ていない。
学校には来ているが授業には出ない。そんな不可解な行動をとる彼に、僕は振り回されている。登校しているなら校内の何処かに居る、必ず。保健室には居なかった、屋上にも。他に人気のない場所は…いくつか回ったあと、そのドアの前で足を止めた。

切れる息を落ち着かせながら、ゆっくりと、ドアに手を伸ばす。

「……〜…」

誰か、いる…

「ねえ、勃ちそうにないんだけど」

「…ああ、そう」

「虎さあ、おかしいんじゃない?何かあった?」

と、ら?嘘…

「…は?」

「久しぶりに声かけてくれたと思ったのに。ん、舐めるからもう少し下げるね」

嫌な予想が、的中していた。今まさに虎は、ここで…

「もう触るな。これ以上触られても萎えるだけだ」

どん、と鈍い音が響く。嫌だ…

「ちょっ何するのよ」

手が、震える。

「黙れ」

この薄い扉の向こうで、虎は僕の知らない女の子を、押し倒しているのだろう。 ドアにかけたままの手が、そこから横に動くことを拒否している。だから…

『ガラガラッ』

「馬鹿にしないでよ!きゃっ…」

突然スライドした白い無機質なドアに、息をのんだ。視界は開けて、ドアにつけられた半透明のガラスよりはるかにクリアな世界が広がった。

「あ、園村くん…」

そこには見たことのある女の子が居た。ぶつかるギリギリのところであげられた顔は、酷く歪んでいた。

僕を睨んでいたのか、虎に何かされて怒っていたのか、それは分からない。ただ、ドアを開けたのはこの子で、でもそのまま僕を押し退けて姿を消してしまった。

「……虎?」

使われていない空き教室。僕が最後に虎を見た場所。…最後といっても、顔を見なかったのはほんの数日。それでもその数日が怖いくらい長く感じたのは事実だ。

「……」

震える僕の声に、虎は返事をしない。
僕の方に背中を向けたまま、窓に手を置いて外を見ていた。ブレザーとカーディガンは近くの椅子に無造作に掛けられている。この季節にカッターシャツ一枚とは随分と寒そうで、抱きしめたくなった。

「虎」

静か過ぎるそこへ足を踏み込み、ゆっくりと、その背中に歩み寄る。あと、少し。開けられた窓から入り込んでくる風で、近づくにつれて体が冷えるのを感じた。

「と─」

「触るなよ」

「っ」

手を伸ばそうとして、遮られる。
もうすぐそこに虎がいるのに。当たり前のように隣にいた虎が、遠ざかって、近づけば拒否する、そんなの、今まで考えられなかった事だ。

「虎、聞いて」

こっち向いて。そう思うのに、見えるのは背中と後頭部。黒い髪が風に揺れて、寂しそうに靡く。
触りたい。

「好きだよ」

「……」

「好き」

「蓮」

「きっと、虎が僕を好きだって思ってくれてる以上に、僕は虎が好きだよ」

「それ以上なめた事言うな。お前は、人が離れていくのが嫌なだけだろ。だからこうやって俺の機嫌をとりにくる」

違う、同じ意味で好きなんだ。
それをちゃんと、伝わるまで言わなければいけない。虎を怒らせてでも、だ。

「ちゃんと、伝えればよかった。虎が信じてくれるまで」

広くて大きな背中に、ぴたりと自分の体を寄せる。そのままゆっくりと、腰からお腹へ腕をまわして。

「汚いんだろ」

「汚くないよ」

同じ香水の匂い。同じジャンプーの匂い、同じ洗剤の匂い、纏う匂いは全部同じ。それでも、僕は虎の匂いが好きだ。虎自身の匂いが一番、好き。鼻腔一杯にその匂いが広がって、それだけですごく幸せな気持ちになった。同時に鼻の奥がつん、と痛む。

「好き。虎が僕以外の誰かを抱いてると思うと、気が狂いそうになる。知らない匂いがすると不安になるし虎が好きだって言ってくれるたび、涙が出そうになる。それって、僕が虎を好きだからでしょ?」

「……」

「…虎の言うとおり、僕は誰も傷つけないように生きてきた。だから一番の友達で幼馴染の虎を、僕は突き放せない。だけど、それだけでこんな関係続けてきたって本気で思ってた?違うよ。僕が虎の、傍に居たかった。僕が好きだって言う分だけ虎が傷つくなら、言わないままこの体を縛り付けておいてくれればいいと思ってたんだよ」

ぎゅっと、腕に力が入る。
さっきの女の子が外したであろうシャツのボタン。そこから露になった虎の胸板に、ぐっと力が込められるのが分かった。

「離せ」

「離さない」

「蓮」

「虎が僕を好きじゃなくても、僕は、虎が好きだよ」

腕の中で、大きな体が動く。僕の方へ、ゆっくりと。見えていたのは肩。そこから鎖骨へ、景色が変わる。見上げたら、後悔するだろうか。あの日みたいに、虎がひどく傷ついた顔をしているのを見て、僕はまた後悔するのだろうか。でも、それでも…鎖骨から首へ、そして顎。

「……」

視線をあげると、切れ長の目は僕を見下ろしていた。真っ黒の瞳には確かに僕の顔が映っていて、ゆっくりと、虎の体から手を離す。

「キス、していい?」

相変わらず返事はなかった。
でも、離した手を今度はその頬へ。冷えたそこをしっかり包み込んで、自分の方へと引き寄せる。でも、キスはしない。

「っ!」

あの日虎が僕にそうしたように、僕も虎の唇を噛んだ。もちろん、血が出るほど強くじゃない。柔らかく、優しく叱るように。

「僕以外と、キスしたから」

何人がこの唇に、この手に、愛されたのだろう。ふとそんなことが過った僕に、虎が放ったのは信じられない言葉だった。

「……ぇよ」

「何?」

「蓮以外とキスなんて、したことねえよ」

「………え?」

「俺は蓮以外とキスなんてしてない。蓮を抱けない分、他の奴を抱いてきただけで、蓮以外を好きだと思ったこともない」

「虎…」

どうしよう、泣きそう、だ。

「まあ、そんなのもうずっと前にやめたけど」

じゃあ今の子は?なんて、そんな怒りより、ずっと大きな喜びが僕を満たしていた。嬉しくて泣きそう、だ。

「俺は蓮しか要らないし、この先も蓮以外なんて考えられない。報われなくても良かったよ、どんな形でも傍にいられるなら」

冷たい虎の手が、その頬に添えた僕の手を包み込む。そういえば虎の手は、昔から冷たかった。

「でも、 それを蓮が拒絶するなら、俺は─」

その冷たい手が、僕の温度に馴染んでいくのがたまらなく好きだった。もちろん今も、それは変わらない。

「虎が、好き」

何度目かのその言葉。たった二文字の、簡単な言葉だ。そんな言葉一つで一体何ができるのか。きっと伝えられることは限られている。それでも虎の「…もう一回言って」という言葉に胸が痺れた。

「そうしたらもう蓮を放さないから」

君が望むなら、何度でも言おう。

四日ぶりのキスだった。
やっぱり虎の唇は冷たくて、でも、僕の熱に溶かされていくように、少しずつ温度を上げていった。手と同じように、唇が僕の温度に染められていく。


僕以外、見ないで
背中を見せるときは最後だけに
(最初から蓮しか見てないのに)
(でも蓮がそう言うなら今以上に)


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