▼ ___4話、貴方がその手で触れるものとは



こちらへと向かう松永様は、それは優雅に歩いていた。流石は戦国の梟雄と呼ばれた大名、姿を見せるだけで周囲の視線を浴びている。こちらを見据えるような松永様の瞳に映るものとは一体何か、しかしながらどこか威圧を感じ、これが国を統べる者というものかと圧倒された。






「皆の者、ご苦労であった」


一言、松永様は軍の兵達に声をかけた。

その一言に兵達は歓喜した声を上げていた。周りから聞いていた通り、松永様への信頼度はとても高いようだ。それが大将としての器というものだろう。




しかし、私には気になる事があった。







「(朝日様……)」



兵達の前に現れた松永様、そしてそのすぐ後ろには側室の朝日様の姿があった。彼女の唇はいつものように真っ赤な紅を付け、松永様のそばに居て当たり前だと言わんばかりに笑みを浮かべていた。

周りを見れば、他の側室の女達はずっと後ろの方に集まって居た。本来ならば私もそこにいたのかもしれない。女達は松永様へと視線を向け、嫉妬で歪んだ表情をし朝日様を見ているようだった。







「宝は手に入った、なに、これも全て我が松永軍の力ならば当然の事」


松永様の言葉で、疲れきっていた兵達も立ち上がって喜んでいるようだった。ふと朝日様を見れば、松永様に近寄って腕に絡もうとしていた。やはり正室に一番近い存在なのは朝日様なのかもしれない。朝日様の評判はあまり良いものではないが、松永様が認めた人ならば周りは何も言えない。

事実を目の前で見せつけられ、なんとも言いがたい気持ちになった。きっとこれは嫉妬という感情だろう、誰よりも朝日様が一番なのだと言われているようで、松永様に近い存在である朝日様が羨ましくなったのだ。









「(私も、いつかは松永様の三歩後ろを歩けるように)」



いや、あり得ない。


私と朝日様は違うのだ。


同じ女であっても、私はきっと彼女のようにはなれない。あんなにも松永様の近くに寄る事すら私には難しい、見ているだけでも十分だと自分に言い聞かせなければ、こんな望みなど、叶うはずもないのだから。








「そうだな、褒美を与えねばならぬが、まずは兵達に宴でも催してやろう、ひとまずは酒か。それとも芸か」


松永様は兵達に褒美を与え、催しを開催してくれるらしい、こういった手厚い思いがあるからこそ兵からの信頼を得るのだろうか。兵達は配られた金と女中が運んで来た酒を飲み楽しんでいた。

松永様の方を見る者はもうおらず、兵達は語り合い、酒を飲み、疲れを癒していた。







「久秀様、酒ならば私が是非お付き合いを、酌を致しましょう」

「要らないな、私は暫し囲炉裏にでも篭り、得た宝を愛でたいところだ」

「まあ、そんな事を言わずに、私と会えぬ時間を今から埋めましょう、良い酒、良い食事、私がおそばにおります」

「はて、君は耳が聞こえないのか、私は要らないと申したはずだが」

「そんな事を言わずに」

「執拗な者は嫌いだ」

「まさか、久秀様は、本心で私よりも宝を愛でる方がよろしいと仰るのですか?」

「無論、その通りだが」

「そんな……そんなはずはありません! だって、私は久秀様に近し存在! いつだっておそばに、こんな宝なんかに負けるはずが!」


朝日様の高く大きな声に、何事かと兵達は再び松永様の方へと目を向けた。兄上や甚内様達に酌をしていた私もその声を聞いて視線を松永様の方へと向けた、そこには黄金に輝いた短刀を握りしめる朝日様と、対峙する松永様の姿があった。

一体何があったというのか、ただならぬ雰囲気に目を背ける事が出来なかった。





「こんな、こんなものに……!」

「どうして君がそれを持っているのかね、今すぐ返したまえ、その刀は君が持っていて良いものではない」

「こんな、こんなちっぽけな刀に、私が劣るというのですか! こんなものには愛でるというのに、私を愛でては下さらないのですか!」

「ちっぽけと? その短刀は今は亡き名匠のもの、価値など他と比べようもない代物だ。君にはそれが理解出来ないようだね、悲しい事だ」

「価値? 価値など私の方が上に決まっております! こんなものよりもずっと! だって私は誰よりも久秀様を! お願いです久秀様、どうか宝よりも私を愛でて下さい、いつものように」

「ん? 私がいつ君を愛でたと? はて、思い出せぬな。……ふう、私は君の戯言を聞く暇はないのでね、すぐにその刀を私に返したまえ、忠告はこれで最後だ」


スッと朝日様に手を伸ばす松永様、しかしあろうことか、朝日様は持ち出した松永様の宝の一つである短刀の鞘を抜いて床に落とし、短刀の刃先を松永様へと向けた。






「……何のつもりかね」

「私を愛でた事がないと、そう仰るのですか、そんなはずはありませんっ! だって貴方様はいつも私を!」

「君の金切り声はもう聞き飽きた」

「久秀様は残酷です! 目の前にいる私をどうか見て下さい! 私はいつも貴方を想っているというのに! 応えてはくれないというのですか!」

「さて、猶予は十分に与えたつもりだが。私の宝を持ち出しただけでなく、宝を粗末に扱い、あまつさえ刃を私に向けた行為、これは君を処罰せねばならぬな」

「何をっ……!」










その時、大きな音と共に爆発が起こった。








大きな黒煙と爆風が周りを撒き散らした。






迫り来る爆風に気付き、あまりにも突然の事だったが、私は持っていた扇子をすぐに懐から取り出して開き、目の前で大きく振り下ろした。

すると爆風に負けない大きな風が生まれ、こちらへと向かっていた黒煙と爆風を向こうへと吹き飛ばした。





「間に合って良かった……」


周りを見れば、突然の爆発に側室の女達は驚いて腰を抜かし、休んでいた兵達のほとんどは爆風で吹き飛んでしまったが、何事かと無事に起き上がっていた。

私の近くにいた為か、兄上と甚内様と千代は無事だった。兄上は私が爆風を吹き飛ばしたのだとすぐに気付き「すまない」と言っていた。兄上は怪我をしていたせいか、迫り来る爆風に対してすぐには動けなかったようだ。


周囲を見渡せば、その場に立っているのは私くらいなものだと気付いた。そして松永様がいた方へと視線を戻すと、松永様は真っ直ぐと私の方を見ていた。



「!」


あの松永様と目が合っている事に驚いたが、それよりも松永様と共にいたはずの朝日様の姿がどこにも無い事に気が付いた。もしや、先ほどの爆発に巻き込まれたのかと嫌な汗が頬をつたった。


いや違う、彼女の姿が見えないのは決して先ほどの爆発に巻き込まれたとかではない。私の良くない考えはどうか外れていて欲しいと願った、だって松永様が朝日様を爆破させたとは思いたくなかったからだ。しかし現実を見てみれば、そんな願いなどすぐに消え去った。









「なんて、事を」


朝日様がいたであろう場所には、消し炭となった身体の一部が転がっていた。真っ黒に焼け焦げたあれは、爆発によって吹き飛んだ朝日様の腕だろうか。


ああ、なんて酷い姿に。


先ほどから鼻を掠めるこの焦げたような匂いは、人が焼け焦げた匂いなのだろうか。





「何だ? 松永公は一体何をしたんだ」

「兄上、松永様は人を」

「何だと?」

「先ほどの煩く高い声は側室の朝日殿だったのか、矛先を城主に向けていたのが見えたからね、久秀の癇に障ったか……全く馬鹿な真似をしなければ死なずに済んだだろう」

「やけに冷静だな甚内さん」

「これでも松永家の者だからね、久秀とも付き合いは長い、まあ朝日殿は前々から様子がおかしかったからね、侍女を怪我させたりと問題があった」



兄上と甚内様の会話を、私は上手く聞き取る事が出来なかった。

何故なら、私の視線の先にいる松永様がこちらへと向かって来ているからだ。どうしてとか、何故とか、そんな事を考えているうちに目の前には、ずっと会いたくて堪らなかったはずの松永様が私を見下ろしていた。





「松永、様……」

「君は、何をしたのかね」

「!」

「ん? 聞こえなかったかね? 何故、此処一体の爆風が追い返されたのか」

「それは」


扇子を後ろ手でそっと閉じ、帯の中へと隠した。ずいっと私に迫る松永様に、私は何も答えられないでいた。会いたくて堪らなく、いつかお話しが出来たらと望んでいたはずの松永様が私を見下ろしている、突然の光景に何を言ったら良いのかと、ただただ困惑した。






「……ほう」

「……。」


無言を貫いていると、松永様は私の顔をじろじろと見つめているようだった。

まるで品定めをするかのように。


気恥ずかしくなり、下を俯くとすぐ松永様の手が伸びてきて乱暴に顎を持ち上げられ、顔を上に向かされた。






「顔を見せなさい」

「……っ」

「これはこれは、私好みの美しさだ」

「!」


松永様は私の顎から手を動かし、私の頬へと手を添えた。撫でるような、優しいその動きに、私は松永様の鋭い瞳から目を離す事が出来ずにいた。






「名は」

「名前、です」

「名前、君は女中か、それとも此処にいる兵の身内か」

「え、松永様は私を、ご存知ないのですか」

「どういう意味かね」

「私は鉢屋衆、頭領の娘でございます。そして今は貴方様の側室としてこの城に身を置かせて頂いております」

「鉢屋衆……そうか、君がそうだったのか」

「……。」

「ふむ、鉢屋衆からはなかなかに良いものを頂いたようだ。君の容姿からは目が離せない、いや困った」

「失礼と承知してお聞きしたい事が」

「構わない、言ってみたまえ」

「朝日様に何を……したのですか」

「君は灰になった者が気になるのかね」

「やはり、松永様は……どうして朝日様に、何故あのような事を。朝日様は松永様にとって大事な奥方ではないのですか」

「ああそうか、朝日というのかあの女の名は」

「え……」

「私はあれには興味がないのでね、名などとうに忘れてしまっていた」

「しかし、燃やすなど……」

「申し訳ないがあれとは君が思っているような間柄ではない、あの女はただの人形に過ぎない、欲を吐くには丁度良いが、宝には到底及ばぬモノよ、そして私の宝を持ち出し、粗末に扱い、その刃先を私に向けた時点で罪は重い。それにあの金切り声は実に不快だ。だから処罰を下した。さあ、これで君の知りたい答えになっているかね?」



なんて、冷酷で冷淡で、自分の意志を曲げない人だろうと思った。表面的な口調は紳士的だが、放つ言葉の内面はいずれも悪意に満ちたものばかりだ。

誰が善で、誰が悪なのか分からなくなりそうだ。何が正しくて、何が間違っているのか。




「何か言いたそうな表情だ」

「お伝えしても?」

「構わない」

「朝日様が犯した罪、城主様に刃を向けた罪、とても重く感じております。なので……処罰は当然の結果かと、存じます」

「物分かりの良い者は好きだ、君の顔と名は忘れずにいよう、名前よ」



松永様は私から手を離し、くるりと私に背を向けて城内へと戻って行った。そして松永様は途中で焼け焦げた跡に転がっていた黄金に輝く短刀と、その鞘を拾い上げた。






「(なんて、お人だ)」


松永久秀様、

貴方は人を、何だと思っているのですか、


理由はどうあれ、人が死んだのです。






貴方のその優しい手によって、人が。



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