▼ ___23話、まるで私の存在は宝物庫の宝のようで






正直に言って、足取りは重い。

だけど逃げ出すわけにもいかず、目の前には私がお慕いする人がこちらへと視線を向けていた。





「久秀様」

「……名前か、何の用かね、私は忙しいと伝えてあっただろう? 与えた道具達は退屈しのぎにならなかったのかね」

「久秀様にお話があり此処に。多忙の中、申し訳ございません」

「話……? 私の仕事を邪魔する程の理由が君にはあると? 是非聞きたいところだが、まあいい、丁度君の顔が見たかったところだ」


来なさい、と言う久秀の元へと歩み寄った。部屋の中に入れば、久秀様は書物や大きな地図を広げていた。内容を見て、すぐに以前言っていた新たな居城を築城する為に目算表だと分かった。早くも築城の準備を進めているらしい。部屋の中には久秀様以外にも家臣らしい人達が三人いた、私が部屋に入ってくるなり言語を絶するような表情をしていた。

私が此処に来るのはそんなに珍しい事なのだろうか、それとも築城の計画中だというのに、私を部屋に招き入れた久秀様の対応に驚いているのだろうか。





「名前、以前話をした新たな城の見取り図だ。君の部屋も用意してある、他にも必要な部屋があれば作らせよう、城に欲しいものを言ってみたまえ、茶室か? それとも大座敷か?」

「欲しいもの……?」


私は久秀様が広げた城の見取り図を覗き込んだ。思ったよりも立派な城となりそうだなと思ったが、まさか自分の部屋まで用意されているとは。しかし、見取り図を見て、ふと疑問に思うところがあった。




「久秀様、城へと入る山道は一つだけですか?」

「二ヶ所だ。山の中腹に寺がある、そこを抜け、山道を抜ければ櫓(やぐら)が見えてくる」

「山道……」

「慣れていなければ登るのは難関だろう、馬に乗れば多少は容易いだろうがね」

「ではもう一ヶ所というのは、この町の方からですか?」

「ああ、城下町から緩い山道を進むと石段がある。距離はあるが先ほどの道よりは進みやすい、普段はこちらを使う事になるだろう」

「敵も、この石段から来るのですか?」

「……何?」


敵、と言うと、周りに座っていた家臣達が「何を申すか!」と声を荒げた。私は大きな声に驚き、久秀様の腕にしがみついてしまったが、それは振り払われる事はなかった。




「敵がこの城に攻め込むと申すのか! 例えそうなろうとも、天守へと続く手前には武家屋敷が揃い、そもそも城へはこの大きな門を通る他はない!」

「い、いえ、そうではなく、この城には入り口が二つあるではないですか、ならば防衛はどのようになさっているのかと、ふと思ったのです」


久秀様の腕にしがみつきながら、顔の怖い(声も大きい)家臣の方にそう言った。久秀様はただ城の見取り図を見るばかりで何も言ってはこなかった。




「防衛か、櫓(やぐら)の上から石段を見下ろせるようになっているのかね」

「はい、城門へ到着する者の確認は事前に行えますが……殿、何かお考えが?」

「西に三重櫓を、矢狭間と鉄砲狭間を作り、迎え撃てるようにしよう」

「西に、ですか。しかし、すぐ近くには屋敷が」

「繋げてしまえばいいだろう、長屋のような櫓(やぐら)でも構わない」

「ではそのように」


久秀様と家臣達の間では、築城の話し合いが続けられていた。いつの間にか私の左肩には久秀様の手が回されていた。ぐっと身を寄せるかのように手が添えられいた。久秀様の顔を覗き見ると、真剣そうに地図を見て、家臣達と意見を言い合っていた。

私などまるで空気のようだ。

やはり久秀様はとても忙しい様子、私は此処にいるべきではないだろう。邪魔してはいけないなと思い立ち去ろうにも、体を寄せつけられてしまっているので、久秀様から離れる事が許されない。




「名前、他にはあるか」

「え、いえ、私が意見するような事は」

「何でもいい、言ってみたまえ」

「では……城下町から山城へと向かう道に、柵と掘を」

「既に山城は要塞と化している、何をそんなに盾を強くする必要があるのかね」

「申し訳ございません……私は、その、ただ城の者を守りたいだけ、なのです」

「全く……君は自分の心配だけをしたまえ」



そう言いつつも、久秀様は地図に山城の防衛を書き込んでいた。柵や櫓(やぐら)は多めだ、城下町の計画も進んでいるようで、久秀様はまだまだ忙しくなるのだろうなと、少し寂しくなった。

しばらくして、ようやく家臣達との話し合いが終わったようで、家臣達は地図などを片付けて部屋から退室して行った。





そして久秀様は私の顔を再び見て下さった。






「名前、私に話があるのではなかったのか」

「聞いて頂けますか?」

「ああ」


ようやく揚羽さんの事を久秀様にお話出来るようだが、流石にすんなりと伝える事が出来ない。





「久秀様……どうか、怒らないで聞いて欲しいのです」

「無粋な物言いは好かない、これでも私は幾多の宝のように君を愛でているつもりだ」

「それは、とても嬉しく思います、しかし……」

「名前」

「は、い」

「私の目を見なさい」

「久秀様……」

「私がそんなに怖いかね?」

「そんな事は、私は、ただ久秀様の機嫌を損なわないようにと」

「君にならいくら心を掻き立てられようとも構わない、私は君が思うよりもずっと穏やかな人間だ」


久秀様は私の目をじっと見つめ、私の頬をさらりと撫で、ゆっくりと私の口に吸い付いた。久秀様に求められれば、私はそれを受け止める。拒んだりなどは一度もない。







「さて、そろそろ君の話を伺おうか」


催促するように、久秀様は「用件を言いたまえ」と私にそう言ってきた。腕を取られ、逃げられぬこの状況で私はぽつりぽつりと言葉を吐き出した。




「揚羽という娘を覚えていますか?」

「忘れた……と言いたいところだが、あれほどの事があれば嫌でも耳に残ってしまう。また厨を黒焦げにされては困るからな、その娘がどうかしたのかね」

「彼女から、果たし状が送られて来ました」

「燃やしたまえ」

「……いえ、果たし合いをお受けしようと思うのです。女と女の争い、どちらが久秀様に相応しいか勝負をしたいのです」



久秀様の顔を見上げながら言うと、私の腕を握るその力が少し強くなった気がした。久秀様の表情は怒るでもなく、無表情で私を見下ろしていた。

けど私には分かってしまった、この部屋の空気が変わった事に、先ほどまでの暖かいものではなく、冷え切ったような空気が流れているようだった。





「名前」

「はい」

「争い事を嫌う君が、そこまで意志を強くもち、勝負事に挑むというのは……私のせいかね?」

「それは」

「昔の話だ。私の正妻の座を争い、側室同士が争いになった。それはそれは醜いものだったよ。しかし私はその争いを止めなかった、その争いに興味がなかったからだ。血で汚れようと、女達が息絶えようと私が手を出す事しなかった。そして争いは終わりを迎え側室が一人生き残ったが、生き残ったところで私はその者を正妻にはしなかった」

「……では、どうされたんですか?」

「首を斬った」

「!」

「実に、実に心の醜い者だった。血に濡れた手で私を求めてきた、頂点に登る為に他の側室を殺し、汚れきったその心は実に醜い……私が求めるのは君のような心の持ち主だ」

「しかし、揚羽さんからの果たし状は」

「受ける必要はない」

「ですが、彼女は真っ直ぐと私に勝負を挑んで来ました。これは真意に受けるべきではないでしょうか」

「部屋に戻りたまえ名前、退屈ならば何か道具を」

「要りません」

「では何を望む?」

「久秀様は、私の欲しいものを理解していません」

「そんなはずはない、私は君にたくさん与えてきた。これ以上何を望むというのか、仕方ない、ならば新たな城に君の屋敷を」

「私は飾られるだけの人形ではありません、物など欲してはいないのです」

「おかしいな、女というのは物を与えれば喜ぶものだろう、何が気に食わないのかね」

「……久秀様、私は」

「部屋に戻りたまえ」

「!」

「名前」

「……はい」


久秀様から離れ、私は立ち上がった。久秀様は、この部屋の近くに甚内様がいる事に最初から気付いていたようで「甚内に部屋まで送ってもらうように」と釘を刺されてしまった。

部屋の外に出ると、私が戻るのをずっと待っていてくれた甚内様と目が合った。

私が沈んだ顔をしていたせいか、甚内様はすぐに駆け寄って来てくれた。そして、果たし状の件を伝えると「やはりか」と答えていた。





「果たし合いなど久秀が許すはずない、久秀は君をとても大事にしているからね」

「……本当に、そうなのでしょうか」

「どういう事だ?」

「私は、久秀様が大事にされている宝と同じなのではないですか? 飾るだけの、ただの人形のような気がしてならないのです」

「そんなはずはないだろう、だって久秀は君をこうして本丸の方へ……」

「宝を宝物庫にしまうのは当然でしょう、傷が付かないように、誰の手も触れないように、壊されないようにと閉じ込めてしまうのです」

「どうしたんだい名前、君らしくない、久秀はきっと君の事を」

「一度もありません」

「え?」

「久秀様の口から好きとか、愛しているとか、愛の言葉を囁かれた事など一度もありません」

「……。」

「久秀様は私の事を愛してはいないでしょう、お気に入りの骨董と同等かそれ以下。私が本当に欲しいものなんて、きっと久秀様はお分かりになっていないんでしょうね」

「君が欲しいものというのは」

「……さて、果たし合いは許可されませんでしたね。けどまたすっぽかしたら、揚羽さんに怒られてしまいますね」

「争いなんてするものじゃない、そんな事をしても久秀の正妻になれるわけじゃない」

「正妻になりたいわけじゃないんです」

「え?」

「私は、久秀様へのこの想いを、誰にも負けたくないんです。揚羽さんにも、他の側室の誰よりも」



甚内様は複雑そうな表情をしたが、何かを言う前に部屋の前に着いたので私はそそくさと部屋の中へと入った。





「では甚内様」

「君は……いや、何でもない。揚羽という娘には僕から説明しておくよ。あまり久秀の機嫌を損ねたくないからね、久秀が却下したと伝えれば流石に分かってくれるだろう」

「そうだといいのですが」


揚羽さんの事は甚内様にお願いをした。争い事をしたくはないが、久秀様を想う気持ちでは負けたくない、どうか揚羽さんに理解して頂きたいが、彼女も彼女なりに正妻になりたい理由がある。



けど、最終的に選ぶのは久秀様だ。




私がいくら望んだところで、

届くかどうかはまた別の問題だ。








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