▼ ___16話、一人きりの食事は寂しいものです











「ねえ知ってる? また側室の人数が増えたらしいわね」

「家臣の人が次々と連れてくるんでしょう? 問題を起こす人達じゃなければ良いのだけど……」

「人数が多ければ良いってものでもないのにねえ、そんなにお世継ぎを心配しているのかしら」

「お世継ぎの心配?」

「名前様知らないんですか?」

「え?」

「殿にはまだ子供が居ないんですよ、だから女に興味がないとまで、家臣達や私達の間で噂になっていますよ」

「へえ……」


芋の皮をひたすらに剥きながら、厨で女中達と話をしていた。私は二の丸に住んでいても、また厨に顔を出している、鍛錬場にもたまに見に行っている、勿論久秀様に許可は取っている。

まあ、渋々といった様子ではあったが。





「新しく来た側室の中には十二の娘がいるって、本当かしらね?」

「え、殿って小さい子が趣味なの?」

「さあね、ご家老様が手当たり次第に色んな娘を連れて来てるんじゃない?」

「久秀様の好みとは、一体どういう人なのでしょうか」

「大丈夫大丈夫、名前様は美人だから殿に気に入られてると思いますよ」

「けれど、幼い方が良いと言われてしまったら……私はどうしたら」

「それは……」

「うーん、殿の好みまでは私達も知らないですからねえ、とりあえず男って美人に弱いんでしょ?」


女中達とそんな話をしながら大量の芋の皮を剥き、時間を過ごした。部屋に戻ると千代には相変わらず「お早めにお戻り下さいと言ったじゃないですか」と言われてしまった。どうやら、随分と待たせてしまったらしい。







「ねえ千代、私は久秀様の何番めかしらね」

「どうしたんですか急に? ほらお着替えをしましょう」


着ていた着物を剥がれ、上質な着物へと着替えさせられた。千代曰く、本丸に住まうならば、いつの時も身も衣も美しくしていましょう、との事。




「久秀様の側室がまた増えたらしいの、中には幼い子がいるだなんて話も……」

「それが何ですか、殿に好かれているのは名前様のみですよ、殿のおそばに一番近いのは名前様です、若い娘が来ようが、どんな女が来ようが、名前様には勝てません、どんと胸を張って下さいませ」

「胸を張る……」

「是非とも名前様は、松永久秀様と良い夫婦になって頂きたいのです」

「夫婦……」

「ですので身嗜みや、立ち振る舞いなど、今まで以上にお気をつけてお過ごし下さい」

「ねえ千代、夫婦って、どういうものかしら?」

「へ?」

「夫婦よ夫婦、私は久秀様と夫婦になりたいの、けど夫婦としてのあり方が分からないわ」

「え、えっと、夫婦というのは、子を成して、共に生き……」

「そうじゃなくて、もっとこう、毎日どんな事をしているのか、何をしているか、とか」

「どんな事と言われましても、例えば……名前様のご両親を見本としてみれば良いのではないですか?」

「父上と母上?」

「ええ、お二人が普段何をなさっていたか、夫婦というものがどういうものか参考になるのでは?」

「父上と母上のように……」


家で、二人の過ごし方といえば、父上は兄上や鉢屋衆の皆と仕事をこなしたりしていて、契約期間が過ぎれば、稽古や鍛錬を行なっていた。母上はそんな父上と兄上の為にいつも美味しいご飯を作って待っていてくれた、そして私には武家の女としての教育に力を入れていた。それぞれする事は違っていても、家に帰れば母上が作ってくれた料理をみんな一緒に食べる。父上は母上の料理を美味しいと言った食べて、母上はそんな父上に微笑みかけていた、そんな毎日だった。






「なるほど……」

「何か分かりましたか?」

「ええ、夫婦というのは一緒に食事しているわ、ならば私も久秀様と一緒にご飯を食べましょう」

「へ?」

「いけないかしら?」

「殿はいつもお一人でお食事を摂られています、一緒にだなんて、お許しが頂けるかどうか……」

「一人での食事はとても寂しいものよ、一緒に食べてこそ、ご飯も美味しく頂けるのではないかしら」

「お一人を好まれていたらどうするんですか」

「その時は潔く謝って引きましょう」

「名前様って、意外と度胸ありますよね……どうか殿の機嫌だけは悪くされないように」

「殺されてしまうものね」

「分かっているのなら……どうか大人しくしていて欲しいのです」


千代は盛大なため息を吐いた。なんだか色々と千代を疲れさせてしまっているようだ、あまり心配をかけないようにしなければ。

そしてその日の夕餉の時間、私は女中達と共に久秀様の盆をお運びした。私が女中達の中に紛れているのは久秀様にすぐ見つけられてしまった。「名前」と、久秀様に名前を呼ばれたが私はそれを無視してしゃもじを持ち、配膳を終え、女中達は退室し、私だけが部屋に残った。






「名前」

「はい、久秀様」

「何をしている」

「久秀様のお食事に付き添っております」

「……頼んだ覚えはないが」

「はい、頼まれておりません」

「では何故君が此処にいるのかね」

「夫婦とは食事を共にするものだと両親の姿を見て学びました、なので私も久秀様と共に」

「……。」


久秀様は盆に乗せられた食事には手をつける事なく、ただ襖の前に座り込む私を見ていた。さて怒られるでしょうか、それとも出過ぎた真似だと斬られてしまうでしょうか、それとも灰になってしまうのでしょうか、しかし夫婦とは共に過ごすもの、良いではありませんかそれを望んだとしても。




「お一人でのお食事も良いものだとは思います、けれど一人というものは時には寂しくも感じます」

「……。」

「大人も子供も、一人での食事は楽しくないでしょう」

「……。」

「あの、久秀様? 邪魔だと思われるのでしたらすぐに退室致します……」


無言のままの久秀様に気まずさを感じ、もしや機嫌を悪くされたのではと、早々に立ち上がり部屋から出ようとした。






「名前」

「はい」


襖を開けようとした時、久秀様に呼ばれた。恐る恐る久秀様の方を振り向いたが、久秀様はひたすらに無表情で、怒っているのかそうでないのか、私には判断が出来なかった。けど私を消したいのならばとうに私は斬られているだろう。






「君は、私と食事を共にしたいのかね」

「え」

「どうなのかね」

「は、はい、私は久秀様と、お食事も共に過ごしたいと思っています」

「それが君の望みか」

「は、い」


久秀様は私の方を向き、「座りたまえ」と言った。大人しく、久秀様の言う通りに座っていた場所に再び腰を下ろした。久秀様の方を見ると、ようやく箸を持ち、食事をしているようだった。





「(追い出され、なかった?)」


私は此処にいても良いという事でしょうか、久秀様の機嫌を損ねる事はなかったと。食事を共にする事を許されたと?






「名前」

「はい」

「君は、私と共に食事をしたいと言っておきながら、どうして自分の分の膳がない?」

「え、そ、それは、久秀様にまずはお許しを頂いてから、の方がよろしいかと思いまして」

「では次は自分の分を用意するといい、共に食事をしたいのだろう?」

「はいっ」


次……次も私は久秀様と共に過ごせるだなんて、しかも私も食事をして良いだなんて、二人揃っての食事……これはもう夫婦のような絵図ではありませんか!





「何を笑っているのかね」

「嬉しかったもので……」

「……ふっ、これしきの事でか、君には美しい反物や櫛などを良い品を贈っているだろう、それらを今は受け取った時よりも良い顔をしている」

「私が欲しいものは……久秀様と共にいる時間でございます、本丸御殿に移ったとしても、久秀様をとても遠く感じたのです」

「……。」

「私は、その」

「……。」

「久秀様と」

「名前、静かにしたまえ」

「は、い」


久秀様を見ると、箸を置いて何か考えているようだった。真面目なその様子に邪魔をしてはいけないと、久秀様に言われたまま口を閉じた。







「ふむ、ならばこうしよう」

「?」

「名前、君は私と住みたまえ」

「……え?」

「私と共に居たいのだろう? ならばすぐに本丸御殿の方に移りなさい、あまり相手をしてやる事は出来ないが、君が欲しがる共にいる時間は今よりも与える事が出来るだろう」

「よ、よろしいのですか」

「私が良いと言った」






急な事で、何が何だか分からなかった。






それからはとても早かった。



いつものように部屋に入り込む風を感じていたら、松永家の家臣だと名乗る方が部屋にやってきた。

そしてそのまま、今までいた二の丸のお部屋からは追い出され、どこに連れて行かれるのかと思っていると、そこは久秀様が住まう本丸の御殿だった。



これには私も侍女の千代も驚いた。



だって此処は久秀様の寝所もあり、久秀様の部屋や宝物庫(場所は知らない)もある、そんな場所に私はいる。側室の立場で御殿に住まうなど本来ならあり得ない、御殿というには殿と本妻が住まう場所であり、何故私が此処に連れて来られたのだろうかと不安に思い、家臣に尋ねてみるとこれは殿からの命令、としか答えてくれなかった。

そして不安なまま、私の部屋だという場所に案内された。今日からは此処に住まうようにと、顔の怖い家臣の方に言われた。






「あの、名前様? こ、これは一体、どういう事なのですか、どうして名前様は二の丸から追い出され、このような場所に……」

「急過ぎるわ、まさか久秀様は本当に……」

「本丸に住まうだなんて、名前様は殿の本妻にでもなったというのですか」

「いいえ、それは無いでしょう、だって久秀様は今まで正室が居なかったのよ? それに久秀様は女よりの名刀や骨董などの宝を愛でる方が良いとするお方、あり得ないわ」

「け、けどっ、私が女中達から聞いた話では、本丸の御殿に殿の側室が住まう事など、これまで一度も無かったと言っていましたっ」

「……なら、これは一体何なのかしら」

「分かりましたっ! きっと名前様は殿に見初められたのですよ! なのでこちらの方に住まうようにと、そうに違いありません! こうなれば後は、待つだけです」

「待つ?」

「このまま、殿の正室となるのです、いくら側室は複数人いれど、正室はこれまで一人もいません、ならば名前様が」

「そうは言っても……」


そんな簡単な事ではない、側室だって数が減ればまた何処からか連れて来られているようで、今は何人の側室がいるのか分からない。久秀様の正室になりたいのは誰しもおなじ事、女ならば殿の特別となりたいものだ。





久秀様は、私をどうしたいのですか。





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