▼ ___14話、咲き誇る花に恋慕してはいけない
いつものように、全く変化のない退屈な部屋から空を見上げていると、文が届いていますと千代から声がかかった。
文など珍しい事だった、だって私に文出す者なんて家族くらいなものだ、中身を開いて見ればそこには鉢屋衆の印が、名前を見ると今回は兄上からの文だった。
「名前様、どちらからの文ですか?」
「兄上よ、一体何かしら」
兄上からの文を読み進めて行き、その内容を見た途端に、私は手の力が無くなり、読んでいた文をぱさりと落としてしまった。その様子を千代は不思議そうに見ていた。
「名前様?」
「……か、勘助が」
「!」
千代は「失礼します」と言い、すぐに私が落とした文を拾い上げて、兄からの文を読んだ。兄の筆跡で書かれたその文には「鉢屋衆の一人、勘助が死亡した」と書かれていた。
千代はその文を見て驚いていた。
どうしてとか何でとか、色んな考えが私の頭の中をぐるぐるとしていた。だって勘助とは昨日、久しぶりに会ったばかりだった。里を出てからの再会、けど話す事は出来なかったけれど再会を喜んだ。そんな幼馴染の突然の訃報に、手が震えた。
「どうして、何で、勘助が」
「……あの、馬鹿っ」
「千代、どうして、どうして勘助が、だって昨日会った時は、あんなにも元気だったじゃない、なのに、どうして死んで」
「名前様……」
千代は震える私の手を両手でぎゅっと握りしめてくれた。千代の暖かい体温に私の手は、なんとか震えが止まっていた。
しかし、勘助の死に頭が追い付いていなかった。どうして勘助が死んでしまったのか、勘助はいつも元気で今まで病気など一度もした事がない、なのにどうして死んでしまったのか。
「千代……文を、続きを」
「名前様、ですが」
「まだ、最後までちゃんと読んでいないの、見せてくれる?」
千代は私に拾った文を渡してくれた。
兄からの文を読み進めると、勘助は城内の人気無い場所で死んでいたらしい。見つかった時には首を切り落とされ、とても無惨な姿だったと。
「首を……落とされ」
「名前様、勘助は殺されたようです」
「殺され……? どうして勘助が殺されなくてはいけないの? 勘助は人に恨まれるような人ではないわ」
「それは私もそう思っています、勘助は昔から人の良い男、そして仲間思いの人です」
「なら、どうして」
勘助が殺される理由が思い付かない、鉢屋衆は確かに色んな戦場で活躍しているせいか敵討ちとして復讐される事もある、けど勘助が殺された場所はこの松永様の居城、敵が入り込んでいるとなれば騒ぎになっているはず。
けどそんな様子は全くない。
「名前様、どうか落ち着いて、千代の話を聞いて下さい」
「千代? 貴方まさか、何か知っているの? 勘助がこうなると分かっていたの?」
「はい、嫌な予感がしていました……」
「なら勘助はどうして殺されてしまったのっ! 教えて千代!」
「……勘助は、名前様の事を愛していたんです」
「!」
「名前様を愛してしまっていたんです。名前様は勘助の事を幼馴染としてしかみていないと思いますが、勘助は違いました」
「……。」
「勘助はずっと前から、名前様が嫁ぐ前から名前様に恋をしていたんです」
「勘助が、私を……?」
「信じられませんか? 里ではそれなりに知られていた事だったのですが」
「そんなの、知らない……だって、勘助はそんな事を一言も」
「名前様がこの城に嫁ぐと決まってから、ずっとその想いを口に出来なかったようです。けど、勘助はどうしても名前様を諦める事が出来なかった。どれだけ名前様が遠くに行こうと、この気持ちだけは忘れる事はないと、そう言っていました」
「勘助が、そんなにも私の事を」
知らなかった。だって勘助はいつも私の頭を乱暴に撫でたりするし、話しかけてくる時も言葉使いが荒い、けどいつも私達は笑い合っていて、一緒にいて楽しかった。
それは勿論、幼馴染としてだけど、勘助は違ったようだ。私を愛していただなんて。
「どうして勘助が私に恋慕して、殺されなくてはいけないの」
「……私は、止めたんです」
千代の声は、泣きそうな声だった。
「名前様は、松永様の側室。想ってはいけない相手だと私は言ったんです。今の名前様はもう里にいた頃とは違う、と。けど勘助は名前様を想う事はやめないと言ってしまったんです」
「……。」
「けど、それを聞かれてしまったんです! 勘助の告白を、勘助の名前様に対する気持ちを、松永様にっ、聞かれてしまったんです!」
「久秀様に?」
「勘助を殺したのは、松永様ですっ!」
「!」
千代の震える声に、私はただ驚くしかなかった。久秀様が勘助を殺すなんて思っていなかったからだ。
どうして松永様が勘助を殺したのか、鉢屋衆の一人であれば戦力になる、殺す理由などないはずだ。
「分からないわ千代……どうして久秀様が勘助を殺したのか」
「考えてもみて下さい、松永様が勘助を邪魔だと思うのは当然ではないですか、例え名前様と勘助の気持ちが繋がっていなくとも、自分の妻に恋慕する者がいるなんて良い気分ではありません」
「……。」
「勘助は名前様の幼馴染、名前様のお気持ちが勘助に向いてしまう可能性だってあります、夫からすれば、そんな存在は邪魔になります、だから松永様は」
「ちょっと待って千代、久秀様はいつも宝や骨董品にしか興味がないのよ? 女には、まして私なんかに……千代の話だと、まるで久秀様は私を勘助に取られたくないみたいじゃない」
「男というものはそういうものです、自分のものを取られるのが一番嫌なのです」
「だから勘助を殺したというの?」
「はい」
千代の話を聞いて、私はますます混乱をした。だって千代の話が本当だとすれば、久秀様は勘助に妬いているという事になる、久秀様にとって私なんてただの側室の一人でしょう? なのに殺してまで、その相手を消したいと思っただなんて。
もしかしなくても、私という存在は久秀様の目に写っているというの? 私は久秀様にとって大事な存在だというの?
「千代……」
「名前様、どうか気を落とされないように、今回の事は勘助の自業自得と」
「どうしましょう千代」
「へ?」
千代は、私の顔が赤くなっている事にようやく気が付いたようで「え、名前様?」と私の顔を覗き込んできた。
「久秀様が、妬いてくれたなんて」
「……え」
「私は久秀様の所有物だと胸を張って良いのかしら? 大事にされているのだと」
「え、ええ……千代はそうだと思いますが」
「私の事などどうでも良いと思っていましたけど、そうではないのですね、私はいつでも久秀様を見ています。気持ちが他所に行くなんてあり得ないのに」
「名前様は、そんなにも松永様の事を?」
「ええ、お慕いしていますよ」
顔が熱くなるのを感じながら、兄からの文を折って机の上に置いた。そして熱くなった顔を冷ます為に、風に当たろうと窓の方へ移動した。
「もし名前様はこの城に嫁がなかったら、里で勘助と結ばれていましたか?」
「難しい質問ね」
「勘助の想いは、名前様を想う気持ちは誰よりも大きいものでした、だから……もし違う道を歩いていたら、名前様と結ばれる未来もあったのでないかなと」
「……どうかしらね」
「今の名前様の目に、勘助は写っていません、けど」
「私は、本当は寂しがり屋で、感情が少なくて、愛する事など知らないんじゃないかと思う、器用そうで不器用な、あの人の事が誰よりも好きなんです、今の私は、そんなあの人の為に生きたいんです」
「けど、あの方は……怖いですね」
「そうね、だけど根っからの悪党というわけでもないわ、不思議な包容力があるもの。だから兵から尊敬されるのかしら」
「……名前様」
千代は不安そうな表情をしていた。気の強い方だと思っていたけど、人の気持ちをちゃんと考えてくれるとても優しい人だ。きっと勘助の事を想ってくれているのだろう。
「千代」
「はい」
「私は、あの人を誰よりも一番愛したいんです」
「千代は、応援します」
相手がどれだけ悪党と言われようが、どれだけ私に興味が無かろうが、私はあの人を知り、全てを愛してあげたいと思ってしまった。