▼ ___12話、きっとそれは純愛に満ち溢れて











「名前様!? どうしてこんな所にいるのですか! お部屋にお戻り下さい!」

「あら、もう見つかっちゃったわ」


千代が私を見て大きな声を出した場所は厨、私は頭に巻いていた布を外して千代の方を向いた。同じく厨にいた女中達は私がこの場に紛れ混んでいた事に全く気付いていなかったようで、「まさか」と顔を見合わせてながら驚いていた。





「え、名前様なの?」

「名前様だったの? 手際が良いからてっきり新しい人かと」

「名前様! 何をやっているんですか! お怪我はないですか!?」


周りにいる女中達は私がいる事に気が付いて近付いてきた。仕込みから調理までずっと手伝っていたというのに気付いていなかったようだ。というより、すぐに私が此処に紛れていると気付いた千代は流石だと思う。私の侍女を長年やっているだけある。




「ほら名前様! 早く厨から出て下さい!」

「もう少しで夕餉が作り終わるというのに、残念だわ」

「何を言っているんですか! 夕餉を作るのは名前様のお仕事ではないでしょう! 名前様は殿の側室、お部屋から出られては困ります! どうか大人しくしていて下さい!」

「お部屋にいるのも退屈なんですよ?」

「お立場というものがあります! 全く、これで何度めですか! 包丁で怪我でもしたら大変です!」

「刃物の扱いには人並み以上に慣れているから大丈夫よ、それにお料理は得意な方で……」

「知っています! 名前様は確かにお料理がお上手です、その味付けは絶品……って、そうではないんです! もう里にいた時とは違うんですよ名前様! 此処はお城です!」


千代は「もう!」と怒っているようだった。退屈だったのでこっそりと部屋を抜け出して、厨で手伝いをしていたのだが、千代は随分と私を探してくれたようだ。申し訳なく思いつつ「ごめんなさい、千代」と謝ると、彼女は分かってくれれば良いのです、とあっさり今回の事を許してくれた。




「それにしても、名前様ってお料理がお上手なんですね」

「本当、名前様が作られたお味噌汁は美味しいわ」

「この味噌田楽も美味しいわよ?」


厨にいる女中達は味噌汁を味見しているとうで舌鼓を打っていた。千代も女中に勧められて味噌汁の味見をした。






「…… この味は懐かしい、ですね。名前様が里で作られた味噌汁と同じ味です」

「誰が作っても、お味噌汁の味というのは変わりないと思うけど……」

「いいえ、違いますよ。味付けがやはり違います。これは鉢屋衆にいた頃の味です」



千代は嬉しそうに私に言った。千代の笑顔が見れて、私も釣られるように頬を緩めた。





「名前様って、他の側室の方達と違って何だかとっても親しみやすいわね」

「確かにね、どの方もお綺麗だけど、どこか距離があるもの、私達とは住む次元が違うんだなあって感じがするわ」

「名前様が正室になればいいのに」

「でも殿は正室をもつ気はないんでしょう? 女に興味がないって噂は本当なのかしら」

「え、久秀様は女に興味がないなんて噂があるんですか」

「ええそうよ、ずっと前からね。だから側室なんてころころと変わるのよ、ご家老様達は世継ぎを心配して次から次へと側室を用意して、多ければ良いってものでもないのにね」

「でも殿ってほら、必要ないものはばっさりと斬り捨てるでしょう? それで何人の側室が命を落としたか、そりゃあ逃げられるわよね」

「今って何人いるの? 五人?」

「三人じゃないの? あれ、誰か逃げなかった?」

「雪路様は病死って、あれってやっぱり殿の機嫌でも損ねて斬られたのかしら?」

「絶対そうよ」

「そうね」

「皆さん、お詳しいんですねえ」

「名前様もどうか気を付けて下さいね……って名前様、いつから私達の会話に」

「わりと最初の方からですよ」


女中達の世間話に、いつの間にか名前が参加していて女中達は驚いていた。千代h呆れた顔をしてい、女中の輪から名前を引き抜いた。




「ほら名前様、お部屋に戻りましょう! 夕餉は私がお運び致しますから、お部屋で大人しくしていて下さい!」

「あら、もっとお手伝いをしたかったのに」

「名前様さえ良ければいつでも来て下さいね!」

「私達はいつでも歓迎しますよ!」

「なっ!? 貴女達まで何を! 駄目です! 名前様をお誘いしないで下さい! 名前様もお部屋からむやみやたらと出ないようにして下さい、お部屋を出る時はこの千代をどうかお供させて下さいませ! だいたい名前様はいつも私の話を聞かずにですね、ご自分のお立場というものを理解しておらず」

「あら、久秀様」

「名前様、聞いていますか! 全く、こんな所に松永様がいるはずないで」



千代が後ろを振り向くと、兵を二人連れた松永久秀の姿があった。その姿を見た途端に千代は真っ青になり、すぐに名前の後ろに身を隠した。








「こんにちは久秀様、如何しましたか?」

「厨が騒がしいと聞いたのだが」


ふむ、と久秀様は顎に手をやり、私の後ろに隠れた千代を見ているようだった。どうやら騒ぎの中心となっていたのは千代の声だったようだ。静かなこの城には千代の声がよく響いたのだろう。千代は私の後ろに隠れながら「も、申し訳ありません」と小声で言っていた。




「何も問題はありません」

「そうか」

「はい」

「……ところで君はこんな所で何をしているのかね、その格好している理由もだ、部屋にいるようにと言いつけたはずだが? 是非私が理解出来る説明を、いや言い訳をして貰おうかな」


久秀様は、髪を上げ着物を襷上げて厨の手前にいる私に、此処にいる理由を説明しろと言ってきた。私の姿を見れば厨で何をしていたのかは明白だが、それを説明しろと言う久秀様はなかなかひとのお悪い人だ。



さて、どう言い訳をしましょうか。







「黙秘かね?」

「いえ、私は此処で料理をお手伝いしていたまでです、その他に此処にいる理由は御座いません」

「はて、君は女中だったか」

「いいえ」

「ならば下働きのような真似はするな、その行為は君の価値を下げよう」

「しかし久秀様、私は貴方様の妻となる身、炊事の一つくらいはお許し下さい」

「君は今の立場を捨てようと言うのかね、ならば即この城から立ち去って貰っても構わないのだがね」

「……酷な言い方をされるんですね」

「自分の価値というものを理解したまえ、君にはそれが足りない。私は平凡なモノには興味がないのだよ、己を下落させるモノにもまた好きではない、理解が出来ないようなら残念だが君に彼岸花を咲かせるしかない、さてどうする」


久秀様の言葉に、周りの女中達がざわついていた。私の後ろにいる千代もかたかたと震えているようだった。

久秀様は私を殺すと言っているようなものだ、この人は必要としないモノはすぐに斬り捨てる人だ、言っている事は嘘ではないだろう。






けど私には、恐怖など感じなかった。







「久秀様は、お優しい方ですね」

「そう見えるのかね」

「ええ、私に選ばせてくれるなんて優しいとしか言えません。私を平凡とし、必要ないと捨てようものなら、そのように遠回しに言う前に私はとっくに斬り捨てられているでしょう」

「……。」



怖気る事なく、死を恐れるでもなく、私は久秀様に笑顔を向けてそう言った。まさか笑顔を向けてくるとは思っていなかったのか、久秀様は驚いた様子だった。

呆れられてしまっただろうか? 死を恐れずに言葉を並べて意見を言う娘など可愛げというものがないだろう。けれど怯えた顔でも見せて、言う事を聞くだけの娘というのもツマラナイものでしょう?







「私が、優しいと?」

「ええ、とてもお優しいです。久秀様が私を捨てるつもりならばとうにこの首は胴体とお別れしているはずでしょう?」

「君は斬られたい欲望でもあるのかね」


その言葉に、私の後ろにいる千代が反応し震えた。このままでは久秀様の機嫌を悪くし斬られてしまうような雰囲気だ。だって女中さんや兵士の方達が私が久秀様に斬られるのではと、不安そうに……そして心配そうに見つめているから。





「いいえ、久秀様。斬られたくはありません」

「ならばすぐに部屋に戻りたまえ、この場を君の血で汚したくはない。私に手間をかけさせるな」


睨むようにそう言った久秀様に「はい」と答えて、震える千代を連れて言われた通りに部屋へと向かった。

ちらりと後ろを振り向くと、心配そうにこちらを見る女中達。そして、久秀様も私の方を向いていた。私と目が合えば、彼は視線を外して向こうへと立ち去ってしまった。









「……こ、怖かったです」


部屋へと戻る途中、体を小さくした千代がそう呟いた。怖い、というのは考えるまでもなく久秀様の事だろう。先ほどの久秀様の雰囲気に身を撼わした千代は未だに青ざめている。

それほど、怖かったのだろう。




「き、斬られずに済んで良かったですね名前様」

「ええ」

「けど、やはり松永様は恐ろしい方です……名前様を斬ろうとするだなんて、ご自分の側室だというのに」

「ですが、先ほどの久秀様はとても優しかったです」

「はい?」

「私を平凡なものとしてではなく、それ以上と言って下さったのです。これほど嬉しいことはありません」

「はい?」

「あの場を私の血で汚したくないとも言ってくれました。それは私を斬りたくないと同義。私は自分自身の価値を卑下していてはいけませんね、側室としてある身ならば久秀様に申し訳ない事のないようにしなければいけません」

「え、あ、あの、名前様?」

「どうしましたか千代?」

「松永様は、名前様に対してとても恐ろしい事を言っていませんでしたか? どうして名前様はそんなにも恍惚とした表情を?」

「どうしてと言われても、久秀様は私の為に言って下さったのよ?」

「は、はぁ……、え?」

「要らぬとあらば、久秀様は私にあのようば言葉をかける前に私を斬っていたでしょう。あの方ならば一瞬でこの首を落とせます、けどそれは行われなかった」

「えっと」

「こんなにも大事にされるだなんて、きっと今日の夜は眠れないかもしれませんね」

「……。」

「今日の日記は長文になりそうだわ」

「名前様って、意外と肝が据わっているというか……なんというか、凄いですよね。松永様の事を全然怖がっていませんし」

「それほど怖い方ではありませんよ」

「そうでしょうか……」


既に側室が死んでいる事実を思い出し、千代は益々名前の事が心配になった。松永様に心酔し、恐怖という感情すらどこかへ行ってしまったのではないか、と。

鉢屋衆である私達は並の者よりは打たれ強くなっている。血を見て倒れるような事はあまりないが、やはり危険を察知すればすぐに逃げ出すようにと言いつけられている。




「(ごめんなさい名前様、やはり私は松永様の事が怖いのです。どうか雪路様のような最期を迎えて欲しくないのです)」

「千代?」

「名前様、お部屋を抜け出してはいけませんよ?」

「ええ、分かっているわ。しばらくは大人しくしています」

「しばらく? まさかまた抜け出すおつもりですか?」

「……。」

「駄目ですよ名前様!」



千代の大きな声が、再び遠くまで響いた。千代はハッとして咄嗟に口を両手で押さえた。そして周りをきょろきょろと見渡し、誰も居ない事を確認すると安心したように息を吐いた。


「久秀様は居ないですよ」

「……そう、みたいですね」


そう言うと「お部屋に急ぎましょう」と千代は早足で進んだ。その後を、名前ははにかみながらついて行った。






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