▼ ___10話、例え貴方に嫌われてしまっても











「久秀様からのお誘い、なくなってしまったわ」


私はあの一件で久秀様をどうも怒らせてしまったようで、あの日からお誘いがぱったりと無くなってしまった。


言うことの聞かない私に愛想を尽かしてしまったのだろうと、そう思っていた。だって言いつけを守らずに部屋から飛び出してしまったのだ、いくら久秀様でもそんな女を相手する暇などないだろう。そして私は、また部屋で一人きりで過ごす日に戻ってしまったというわけだ。


いっそ絶縁状でも送られてくれば里に戻る事も出来るのだけど、あいにくそんな書状は送られて来ていない。







「(謝って許してくれる相手じゃないもの)」


ただの喧嘩ではない事くらい私にも分かる、相手はあの松永久秀様だ、謝って済むならとっくに謝っているが、私の首を絞めた時点でもう、私に対して見切りをつけられたのでは?そう思う他ない。





「……退屈。千代、早く来ないかしら」


今日に限って千代は居ない。話し相手になってもらおうにも、千代が居ないのでは意味がない。




「……久秀様の所に、行こうかしら」


お部屋にいらっしゃっるとは思うけれど、例え行ったとしても、門前払いされるだろうか? 久秀様に殺される、という事はないと思いたいが……どちらにせよ行かなければ分からないというものだ。






「(せめて声だけでも、聞けたら)」


そんな甘い事を考えながら、部屋を抜け出して本丸に位置する久秀様のお部屋へと向かった。つい最近まではよく此処に来ていたというのに、こんなにも遠く感じるなんて。









廊下を進み、久秀様のお部屋の前に着いた。部屋の中にいる人物に声をかけようと息を吐くと、中から「誰かね」と久秀様の声が聞こえた。


久秀様には襖の向こうにいる人の気配など簡単に分かってしまうようで。





「名前です」


名前を襖の向こうに告げた。

すると返って来たのは無音だった。これは、無視をされたのだろうか? それとも「帰れ」と拒まれてしまうだろうか? どちらにせよ、悪い方しか思い付かない。








「入れ」

「は、はい」


どうやら無視はされなかったようで、部屋の中に入る許可を頂けた。「失礼します」と言い、ゆっくりと襖を開けた。




「!」


部屋の中に入ると、そこに居たのは久秀様と、久秀様に酒を注ぐ雪路様のお姿だった。

なるほど、私にお誘いがなかったのは雪路様をおそばに付かせていたからだと瞬時に分かった。雪路様も久秀様の側室、ならば久秀様の隣にいてもおかしくはない。

むしろ自然と言えるだろう。






「して、私に何用か」

「久秀様にお相手をして頂きたく、参りました」

「……ほう」


隠す事なく正直に久秀様に申し上げると、久秀様は顔をようやく私へと向けてくれた。しかし、小さく笑う声が私の耳に聞こえてきた。


雪路様が、久秀様の隣で笑っているのだ。





「ふふっ、おかしな事を言うのね貴方、久秀様に相手にされないのは、貴方に魅力がないからでしょう?」

「……。」

「泥臭い貴方は自分の立場を分かっていないようねぇ子猫ちゃん? もう少し大人になってから出直しなさい、貴方には色というものが足りなくてよ? 幼稚だから分からないのかしら」

「色、にございますか」

「ねぇ久秀様、私は久秀様と二人きりが良いです、こんな迷い猫、さっさと追い出して二人で楽しみましょう?」


あろうことか、雪路様は私に見せつけるかのように久秀様の腕へと抱き着いた。

満更でもなさそうな久秀様に、何とも言えない感情がふつふつと湧き出てきたが、なんとか抑えた。







「……私はお二人方のお邪魔をしてしまったようですね、大変失礼致しました。部屋へと戻ります」

「ふふ、そんな顔でよく久秀様の前に出てこれたものね、その度胸には感服するわ」



立ち上がり、部屋から出て行こうとする私に雪路様は追い討ちをかけるかのように私の心を抉ってきた。





「……。」



少しくらいなら、雪路様に言い返しても良いのでしょうか?

ちらりと見れば、雪路様に抱き着かれ、酒を飲みにくそうにする久秀様のお姿が、そんなに鬱陶しいのならば拒絶すれば良いじゃないですか、やはりわざと私に見せつけているのですね。悔しいけれど、久秀様に文句を言うのはお門違いだ。







「何をしているの? 早くその醜い顔を下げて出て行って下さる?」

「申し訳ございません雪路様、すぐに」


このまま個々に長居しても仕方ないと思い、すぐに部屋から出て行こうとした。此処には私は必要ないようだ、久秀様のおそばには雪路様がいらっしゃる、ならお邪魔虫はどちらだろうか。








「……全く、ただでさえ醜い顔なのに引っ掻き傷まであるだなんて、久秀様の前に出れる顔ではないでしょう」

「!」




私は驚いて雪路様の方を向いた。



雪路様は「何よ」といった顔をしているだけだ。私の頬の傷を作ったのは雪路様だ、当の本人なのでこの傷が引っ掻き傷だという事を知っているのも当然だろう。


しかし、私の頬の傷はもう治っているので、傷跡は頬に全く残っていない。






「雪路様……あの」

「何かしら?」

「私の頬の傷跡は、もう残ってはいませんよ?」

「え……何を言っているの」



久秀様を見れば、酒を飲む手が止まっていた。勿論、私達の会話は久秀様に聞こえていたようで、久秀様は持っていた杯を盆の上に戻した。



久秀様の目は、

先ほどとは明らかに眼光が違っていた。





私の頬の傷を知る者は少ない、今でこそ綺麗に傷跡が無くなったので人前に出られるようになったが、事を知る者は侍女の千代と目の前にいらっしゃる久秀様のみだ、あとは加害者である者のみ。ならば傷があったと知る雪路様は残念ながらそういう疑いをかけられてしまう。



雪路様は知らないのだ、

この頬の傷を知る者が少ないという事を。









「ひ、久秀様? 私は何もしていません!」



雪路様の顔は次第に青くなり、「私は何もしていない」と久秀様に懇願していた。




「どうか聞いて下さい久秀様、この女は私が頬を引っ掻いたなどと申すのです!」

「ほう、貴様が引っ掻いたのか」

「ち、違います!」

「では何故、名前の頬に傷があったと知っている? その傷が何故引っ掻き傷だと知っているのか、名前は一言もそう言ってはいない、知っているのは貴様が手を出したからではないのかね」

「それは! 人づてから聞いたのです! この娘が傷を負ったと、だから私は知っているのです! 信じて下さい!」

「私は自分のものを壊されるのは嫌いでね」

「久秀様! どうか!」

「さて、君にはお仕置きが必要だ」



久秀様は腕に抱き着く雪路様を払いのけて立ち上がり、無表情で見下ろした。







「私はただ!」

「さようなら、だよ」


ドスッ、という鈍い音が聞こえた。

そして畳の上には血が飛び散り、返り血は久秀様のお顔や着物にも飛んでいた。









「……ゆ、雪路様」


雪路様は久秀様に、刀で腹を突かれた。血を吐き、そのまま倒れて絶命した。久秀様は刀を雪路様から抜き取り、刃についた血を払った。

そしてその刀を握ったまま、立ち尽くしている私の元へとゆっくり歩いて来た。私は動けず、そのまま久秀様を見つめていた。





「名前」

「!」

「私が恐ろしいかね?」

「……久秀様、どうして雪路様を」

「この者は君の顔を傷付けた、だから始末した。それだけだ」

「しかし、殺さなくとも」

「ふむ、例え君がそう思っていても、私にとっては違う、言っただろう? 君の顔に傷を付けた者は大罪人だと」

「……。」



久秀様は片方の手で私の頬を撫でた。その手は、たった今人を斬った者と同一人物とは思えない程、優しい仕草だった。






「私は、久秀様のおそばにいる雪路様に嫉妬したのです、ただ、それだけなのです」

「そうか」

「殺して欲しいなどと、私は」

「しかし嫉妬したのだろう? 君は私のそばに居たかったと、君の寂しさに気付けずすまない。最近は多忙だったものでね」

「久秀様が謝る事など、何も」

「私に相手をして欲しかったと、わざわざ私に会いに来てくれたのは嬉しいが、残念ながら私の部屋はとても血生臭い」

「……。」


目線を下に向ければ、血濡れた雪路様が、全く動かないということはやはりもう死んでしまったのだろう。






「君さえよければ私の宝を見に行かないかね」

「……。」

「君が心配する事は何もない」

「……はい、久秀様の宝、是非拝見させて下さい、とても珍しいものばかりなのでしょう?」

「勿論だとも」


久秀様は血に濡れた刀を畳の上に投げ捨て、私は懐から手拭いを出して、久秀様のお顔に付いた返り血を拭いた。





「お綺麗になりました」

「うむ」

「あの、久秀様?」


気が付けば、腰には久秀様の腕が回っており、身動きが取れなくなっていた。




「君は賢いはずだ、私を心配させるような行動はもうしないで欲しい」

「はい、軽率な行動をどうかお許し下さい、もう二度と敵地に向かうような真似は致しません」


やはり久秀様は兄を心配して、部屋に残れと言われたのにも関わらず、部屋を出てしまった私に怒っていたようだったが、それよりも怪我をしないようにと心配して下さっていたようだ。

久秀様には十分な心配をさせてしまったようです。もうそんな心配させません。





「やはり君は美しい」

「久秀様の宝の方が美しいでしょう」

「いや、君は私の……」

「久秀様?」

「何でもない、忘れたまえ。ただの妄言を吐きそうになっただけなのだよ」

「そう、ですか」


人がたった今、絶命したというのに、私は久秀様のおそばにいられる事を嬉しく思い、久秀様もまた私の顔を見て下さった。





「君の中には闇があるような気もするが」

「闇、ですか」

「いや、やはり無いのかもしれないな」

「?」



闇とは一体何の事でしょう?






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