現状では西の連合軍が整いつつあり、
三成様が同盟を組む為に甲斐・武田へと向かっている間に、大谷様は毛利様を同盟国に取り入れようと中国の安芸へ向かうと仰った。
当然の如く、私も共に安芸へと行くと思って準備をしていたのですが
「……えっ」
私は思わず包帯を落とした。
「あの、大谷様……今なんと?」
「もう一度言う、ぬしは大阪城へ残れと申したのよ、安芸へはわれ一人で行く」
「何故、ですか」
「われの命令に何故と申すか」
「……。」
「娘、城に残れ」
「か、かしこまりました」
ああ、大谷様……。
どうして私を共に連れて行ってはくれないのですか。私では駄目なのですか。
「娘、」
「はい」
「すぐに戻る」
「……お帰りをお待ちしております」
そう言い、私を大阪城に置いて安芸へと向かう大谷様の背中を見送った。
「……それで荒れているのかい、葵」
「荒れていませんッ!」
軍医様と手合わせをしている中、私の荒さが出ていたのかそう見抜かれてしまった。
「刑部殿に置いて行かれたのがそんなに解せないのかい」
「けど、大谷様が私を共にする必要がないと申すのならばそうするしかありませんっ!」
「でも納得がいかないんだろう?こうやって戦えるように鍛錬しているのにね」
「私は、まだまだ力不足だと思われているのでしょうか」
私は、軍医様と鍛錬をしていくうちにある程度は戦えるようになった。と言っても強いとは言い難い。せめて自分の身は自分で守れるように、と鍛錬を頑張っている。
「葵はまだまだ弱いけどね」
「……。」
「いやいや、ちょ、だからその黒い手は卑怯だろう!しかも数増えてないか!?」
「やっと闇の力が元に戻って来ました、さぁご覚悟なさいませ」
「変わり身の術!」
「あ!卑怯ですよ!」
「そうでもしないとその黒い手には逃げ切れないさ!ほおら葵もやってみたらいいよ変わり身の術を」
「う……出来ぬと分かっていて言っていますね軍医様」
「まぁね、あと今は隊長と呼びなさいね」
今は裏面だから、と言って軍医様……もとい隊長は容赦なくクナイを投げて来た。
「……ッ」
私は自分の影から黒い手を湧き出してクナイを弾き返した。弾いたクナイは地面に転がり、私は隊長に向かい黒い手を伸ばした。
「おっと!」
「避けないで下さい!」
「いやいや、避けるって……ん?」
そう言って避けていた隊長が、
突然、がばっと大阪城を見上げた。
「え……まさか、いつの間に」
「隊長?」
どうしたんですか?と言おうとした瞬間、大阪城の天守閣から爆音がし、それは私達の所にまで大きく響いた。
「嘘だろ……爆破するか普通」
「な、何事ですか!?今の爆音は一体」
「侵入者だ、全く見張りは何をしているんだよもう」
「侵入者!?……え、三成様も大谷様も大阪城に不在の今にですかッ、そういえば左近さんも今日は外出していますし、何故今日に限って……」
「もしかしたらわざと不在を狙ったのかもしれないねぇ、面をつけろ、仕事だ」
「はい」
言われた通りに面を付け、隊長と共に煙の上がる大阪城の中へと向かった。
※※※※※※※※※※※※※※※
安芸から大阪に戻った大谷は、
煙の上がる大阪城を見て言葉を失った。
「これは……何があったというのか」
「刑部ッ!これは一体何事だ!何故大阪城が襲われている!」
甲斐から戻った三成と合流し、
煙の上がる大阪城を再び見つめた。
よく見れば煙が上がっているのは大阪城の天守閣のみで、兵や屋敷は襲われてはいないようだった。
「……大谷様!お戻りになりましたか」
我が暗躍の部隊が大阪城に戻ったわれに気付き、現状を伝えに来た。
面をしたこの者が言うには、何者かが大阪城を占領し立て籠もっているとの事。
全くもって面倒な事になっておる。
「見張りの者も、我が部隊も負傷しております」
「賊は分かっておるのか」
「ええ、立て篭もるのは鉄球付きの手枷を付けた大男でございました」
「……今日は厄日か」
「立て籠もりだと!秀吉様の根城・大阪城を我が物とするとは許せんッ!」
「われの居ぬ間に良い度胸よなァ、暗め」
すぐに大阪城に立て籠もっている者が誰か分かり、やれこのような騒ぎを起こし、次はどのような拷問をしてやろうかと考えた。よほど奴は痛い目に遭いたいようだ。
「行くぞ刑部!さっさと大阪城を奪還せねばならん!」
「そう慌てるな三成、獲物は逃げはせぬ」
あ奴が欲しがっているのは、
われが持っている手枷の鍵であろう?
大阪城を勝手に自分の物にしよって、そこまで手枷の鍵が欲しいのか。
はて、
「……娘はどこぞ」
あの娘は大阪城におるのか
それとも、屋敷におるのか。
此度は留守を預けてはおったが、まさかこの事態に巻き込まれてはおるまいな、
「……失礼ですが、大谷様、ご報告を」
「申せ」
面を付けた黒装束の者が、大阪城内部へと向かうわれの輿の近くに再び現れた。
「われらの仲間である葵が、城内にて立て籠もりを続ける黒田官兵衛と共におりまする」
「……なんと」
「あの小娘が、立て籠もり実行犯の黒田と共にいるだとッ、ならばあの小娘は黒田と共に謀反を起こしたというのか!?私達を裏切ったと!ならば私はその小娘の首を斬るッ!」
「落ち着け三成よ、人質という事もあり得ようぞ」
「あの小娘が人質だと!?あの娘に人質の価値があるとでもいうのか!?黒田は一体何が目的だ!」
「あの娘が殺されてはわれが困る。はてさて、この騒動はわれらへの復讐か、それとも手枷の鍵を求めてか、それとも別の何かか……」
「フン!行けば分かるッ!さっさと奴がいる所まで向かうぞ刑部!」
「あいわかった」
三成と共に城内上部へと向かえば、激しく損傷しておる天守閣の姿が見えた。
「……激しくやりおって」
そして見えて来るのは手枷の大男と、やたら背筋の真っ直ぐな面を付けた黒装束の者が立っていた。
あれはわれの世話係の娘か?と無事を確認しようと、三成と共にその場へ向かってみると……
「小生は手枷の鍵を手に入れさえすれば良いのだ!それの何がいけないというのじゃあああ!」
「だからと言って大阪城を占領する理由になりますか!それにこんなにも城を壊して…直すのも修理の手配をするのも大変なのですよ!それなのに貴方ときたら鍵、鍵、鍵とそればかり!」
「小生は鍵さえ取り返せればこんな城が壊れたって構わないさ!鍵を取り返し、自由を手に入れ、小生を穴ぐらに閉じ込めた刑部と三成に復讐をするのじゃあああ!」
「大谷様に復讐ですって!?なんて無礼な方でしょう!反省の色がまるで無いと見えまする、ご自分の不幸を人のせいにするとは何事ですか!」
なんとも滑稽な様子がそこにあった。
「……。」
黒田官兵衛と黒装束の者が言い合いをしておった。声からしてあれはわれの世話係の娘で間違いはない。
しかし……あれはどうしたらいいのか
「反省はしているのですか?人騒がせというのも立派な悪行にございますよ!反省なさい、そして大谷様へ復讐をするなどと思わない事です!」
「何故じゃ!!小生は刑部に何度もえらい目に遭わされた!それは絶対に許せん!刑部の奴は小生のやり方を妬み憎しみこのような虐めをしたのじゃあ!」
「人にはその人のやり方があるのです!大谷様には大谷様のやり方が!貴方のとにかく真っ直ぐなやり方は一歩間違えれば誰もついて来ません!大谷様のように慎重に事をなさい!貴方はただ暴れているだけではありませんか」
「ええい!煩い口じゃあ!!それでも小生は刑部が憎い!上を目指してひたすら這い上がろうとする生き方の何がいけないのじゃあ!小生を疎ましく思いこのような手枷までつけおって!」
「誰でも上を目指せばなんでも思い通りに事が動くと思うのは大間違いです!危険を伴う事を想定して動く事も大事です!」
「さっきから聞いていればお前さんは小生に説教ばかりしおって!」
「分からず屋の貴方に教えているのです!」
「女の癖に生意気じゃあ!」
「女の癖にとは何ですか、女も戦うこの世です。女一人で国が傾いた話もありますれば女は侮れませんよ!」
「うぐっ!……小生は、小生は、ただ刑部から鍵を取り返し、自由が欲しいだけじゃあ!!」
「……刑部、あれはなんだ。」
「はてさて、どうしたものか」
「あいつはお前に用があるようだが」
「やれ、喧しき事よ」
もうこのまま、
あの娘に暗を任せてしまおうか。
「なッ!貴様は刑部!!やっと小生の前に現れたな!早く小生のこれを外せ!鍵を寄越せ!自由を寄越せ!」
「われが貴様の言う事を聞くと思うか、われは地の底であっても足掻くおぬしが気に喰わぬ」
「何ぃ!ほれみろ刑部というのはこんな奴じゃ!」
「大谷様、お戻りに……!」
大谷様の元へ向かおうとしたが、隙をつかれ大男に捕まってしまった。首元には男の冷たい手枷があった。
「おい刑部!小生にさっさと手枷の鍵を寄越せ!!寄越さぬとこの女の首の骨を折るぞ!」
「……!」
「やれ、その女を殺すと申すか」
「お前さんも小生のように何をやっても思い通りにいかない惨めさや不幸を味わえ!」
「何を言うておる。元よりわれのこの体は思い通りにはいかぬ身でな、ぬしのように動き回れる身が羨ましいと思っておるのよ」
「……大谷様」
「……ぐっ」
「ねぇ小生さん、聞きましたか?貴方と大谷様は同じではないのです。ならば考え方も生き方も違ってくるでしょう。本来はお互いを認め合っているのではないのですか」
「小生は小生という名ではない!黒田官兵衛という名があるのじゃあ!」
「では黒田官兵衛さん、どうかこの場をお鎮め下さい、それに私は人質としての価値は御座いませんよ」
「……うっ」
「黒田さん、お願いします」
黒田さんにだけ聞こえるように言うと、黒田さんは私を解放してくれた。どうやら私の思いが伝わったようだ。
「刑部、いいから鍵を返せ!」
「そうよなァ、暗よ、貴様もわれら西軍に手を貸すというのならば考えなくもない。熊の手も借りたいのよ」
「鍵が手に入るなら何だってするさ!」
「(黒田さんは単純な方なのですね)」
大谷様にまたもや騙されて、
また穴倉に入れられないか心配です。
「刑部、小生は何をすればいい!」
「そうよなァ……」
大谷様が口を開こうとしたその瞬間、
「やっと見つけたぞおまはん!よくもわしの領地で暴れおって!覚悟せい!」
大剣を持ったお爺様が、大阪城に乗り込んできました。なんとまぁ今日はお客様が多いですね。
「げ!あん時の!九州から小生を追いかけて来たっていうのか!?」
「その鉄球!おまはんで間違いなか!」
「わ、わざとじゃねぇんだ!許してくれ!」
「覚悟せいッ!」
黒田さんは大剣を振り回しているお爺様から必死に逃げ回っている様子。どうやら私や大谷様の事どころではないようですね。
「……あのお爺様は一体」
「お?ありゃあ九州の島津じゃねぇか!鬼島津がなんで大阪城にいんだ?」
騒ぎに駆け付けた長曾我部様がなんと教えて下さいました。にしても九州の島津様を怒らすなど……黒田さん、貴方は一体九州で何をしでかしたんですか?島津様が大阪城まで追ってくるなんてよっぽどの事ですよ?
「ヒヒッ、不幸よなァ暗よ」
「……。」
大谷様が嬉しそうなので、
私はもう気にするのはやめました。
主様が楽しそうなので良しとします。
さっきまでいたはずの三成様は
いつの間にか居なくなっていました。