41、今宵の月はとても眩しい







大阪城



大きな月が出ている夜、

とある部屋に蝋燭が灯っていた。



薄暗いその部屋には布団が敷かれ、そこに横たわるは黒髪の少女。目は固く閉ざされ、起きる気配もない。その少女はまるで死んでいるかのように眠っていた。




そして、その横たわる少女を無言で見つめるのは体に包帯を巻き、鎧を身に付けた武将が一人。







「……。」

蝋燭の灯りひとつしかない部屋の中、
大谷は起きる気配のない己の道具を見ていた。







「……大谷君、いるかい?」

「賢人か、起きても良いのか?まだ休んでいた方が……」

「いや、僕はもう随分と休ませて貰ったよ。それで……葵の容態はどうだい?」

「……変わらず、眠ったままよ」

「そうか……僕は葵の力によって生かされた、しかし代わりに葵は……クッ……」

「悔やむ事ではない、これはこの娘が望んだ事よ、賢人はどうか気にめされるな」

「……大谷君」

「……。」

「こうなる事を、僕は求めてはいなかった。こんな形になるなんて……葵を戦に出した僕の判断は正しかったのかな」

「賢人が生きておるのが答えではないのか」

「けど……」

「考えても詮無きよな」


あの娘が影ながら動いていた事で、賢人は命を捨てずに済んだ。こうして共に生きておる。しかしながらやはりあの癒す力はこの娘の生命力を蝕む。現にこのように娘の体は酷く弱っておる、まるで人形のように。


微かに息はしているものの……このままではいつか息を引き取るかもしれぬ。






娘よ、


ぬしはこのまま死ぬつもりなのか。



われを置いて死ぬというのか?
ぬしはそれで満足だとでも言うのか?





「チッ、さっさと起きやれ馬鹿娘が」

「大谷君は葵を気に入っているのかそれとも邪険にしているのか……」

「ヒヒッ、これでも大層気に入っておる、これはとても便利であろう」

「……そうかい」

「しかし、目を覚まさぬな……」



大谷は眠っている娘の顔を見下ろした。さっさと起きろと願っても、それは虚しく消え去るだけだった。







「お願いだ葵、目を覚ましてくれないか?僕は君に救われた。どうか感謝の言葉を言わせてくれないか」

「……。」

「……大谷君、葵は、目を覚ますのかい?このままなんて事は」

「分からぬ」

「……。」

「賢人よ、この娘にはわれが付いておる故、ぬしはしばし体を休ませよ」

「…分かった、ではまた来るよ、葵が目を覚ましたらすぐに僕に知らせてくれるかい?」

「あい、わかった」



はてさて、
この娘はいつ目が覚めるのか。













※※※※※※※※※※※※※※※※※







起きろ




起きろ




さっさと起きろ、馬鹿娘









「……。」


誰かに呼ばれた声がして、

ああ……早く起きなくてはいけない、このままでは怒られてしまう、誰に怒られる?分からないけど、眠ったままだと怒られる気がする……と、ずっと重たかった瞼をなんとかゆっくりと開いた。



目を開けば、天井が見えた。


ああそうか……私は生きているのか、なんとか生きていたのか、と知った。


ふと思い出すのは、
戦場にて横たわる半兵衛様。

血を吐き、今にも命絶えそうな半兵衛様の姿が脳裏に過ぎった。




半兵衛様はどうなったのでしょうか、
ここは一体どこなのでしょうか。

私は一体どれほど眠っていたのか。







……大谷様、


……大谷様は、どちらに?




思い通りにいかない重たい体をなんとか起こし、ふと開いた襖から見えたのは大きな満月。




とても眩しい満月。

私はあれが苦手、私は眩しいのを嫌う、あの光は闇に染まった私を消し去ってしまいそうだから。





「……眩しい」

「娘」


月を見上げていると、部屋に入ってきた大谷様が私の側に近寄った。





大谷様……大谷様、

眠ったままで申し訳ございません。
起きるのが遅くて申し訳ございません。






「大谷様ッ、あの……私は、」

「ようやく起きたか馬鹿者」



そう言って、大谷様は優しく私を引き寄せて暖かい腕の中に閉じこめた。少し力が入っているのか、キツく感じた。



ああ、苦しいです大谷様。






「あの……大谷様」

「なんぞ」

「大谷様、あの、お体は平気ですか?」

「……む?」

「どこか痛む箇所はございませんか?包帯の交換は大丈夫ですか?喉は渇いておりませんか?お薬はお飲みになられましたか?」

「ぬしは己の体を気遣わぬのか」

「私などの事より大谷様のお体の方が心配にございます、悪い所はございませんか?私に出来る事ならなんなりとお申し付け下さいませ」

「……娘」

「はい……って、えっ」


大谷様は何を思ったのか、
腕の中にいた私を突き放した。




「(相変わらず、力が強いですね大谷様。本当にご病人でしょうか)」




いきなり大谷様に抱き締められたかと思えば、今度は体を強く突き飛ばされ、


突き飛ばされた私は、
再び布団に横たわりながら、

何が気に障り、何がいけなかったんでしょうか?……と、ひたすら考えていた。







「あの……大谷様?」

「……。」

「私は、何か……大谷様のご機嫌を損ねるような事を申しましたか?」


大谷様は横たわる私の手首をギリギリと力強く掴み、布団に押し付けた。そして、身動きの取れない私の顔を冷たい目で覗き込んでいた。



「……あ、の」



押し倒されて、動けないです。
どうしましょう、困りました。







「ぬしはわれの道具よ」

「……え、あ、はい、左様にございます」

「われの命令は絶対よ」

「はい、主様の命令は必ず従います」

「ならば己が壊れても良いと申すな」

「大谷様……」

「われの道具が壊れては困る」

「申し訳御座いません、大谷様……」



大谷様にギリギリと、
力強く掴まれている手首が痛んだ。




大谷様、ごめんなさい。

私は貴方様のものです、壊れてはならぬ道具にございます。「私などの事より」と申してごめんなさい。もうそんな事は決して言いません。







「……大谷様、私は必ず貴方様のお側に」

「主の命令は従え」

「かしこまりました」



大谷様は掴んだ私の手首を離してくれたかと思えば、グッと腕を引っ張った。

寝ていた上半身が起き上がったかと思えば再び目の前には大谷様のお顔、




「……。」




大谷様は私の顔を見つめたかと思えば、自身の口元の包帯をずらし、私の唇に吸いついた。





「……ッ」


口に吸いついたそれは私の口を堪能した後、するりと離れていった。





「……大谷様、あの」

「…ぬ?」

「お口が寂しかったのですか?それならそうと仰って下されば、何かご用意を致しましたのに。ああ、煙管を用意しましょうか、しかし煙の吸い過ぎはお身体に」

「……いらぬ」

「左様にございますか、なら飴を……」

「いらぬ」

「そうですか……」


それなら良いのですが。
どうか何かあればすぐに私にお申し付け下さいませ。







「大谷様、あの……ひとつ聞いてもよろしいですか」


上半身を起こしたまま大谷様に聞いた。大谷様は私から離れ、布団の側に腰掛けた。




「賢人か」

「はい、半兵衛様はその……」

「健在よ」

「左様ですかっ!」

「ぬしの力のお陰でな、しかしその代償にぬしは力を無くし、あの世とこの世の狭間を彷徨う事となったであろう」

「私のこの治癒の力は私自身と等価交換に御座います、しかしながら半兵衛様を救えたのならば幸いと……」

「娘」

「はい」

「その治癒の力を使う事はこれから先、われは許可をせぬ」

「なっ……何故ですか……」

「賢人を救ったといい気になるでない、その力はぬしを喰うておる、その力をまた使えば今度は死ぬかもしれぬ、今回は助かったとはいえ、次はどうなるか」

「……。」

「もう忘れたのか」

「……え?」

「われは死ぬなと申したはずだが」

「……はい、覚えております」

「勝手な真似も許さぬ、そうよなァ戦う事くらいは許してやってもよい」

「大谷様、それは誠に御座いますか」

「ぬしの隊は賢人より、われに指揮を任されておる、こき使ってやろう」

「大谷様の為ならば」



表向きは、大谷様のお世話係の女中。

裏を向けば、暗躍部隊の一人。


それが私でございます。






「……大谷様、今宵の月はとても眩しゅう御座いますね」

「ぬしは影を使うのであろう?ならば月の明るさをも利用すれば良い」

「ほんにそうで御座います、ですが眩し過ぎますと私の影は月の眩しさに消え去ってしまいそうです」

「光を嫌うと申すか、ぬしは闇に深く落ちたものよのう」

「……光の中より、闇の中の方が私はとても心地が良いみたいです、大谷様の闇の中も私はとても心地良く思います、落ち着きます」

「……ほう」

「例えばそう……家康様の光は、私には眩しゅう御座います」

「……奴は秀吉を討ち、日ノ本をひとつにしようとしておる。三成は徳川を憎み、討つと」

「家康様は、やはり秀吉様を……何故、彼は謀反など」

「ぬしはどうする、徳川に付くか」

「愚問に御座います大谷様、私はいつでも貴方様の味方に御座います。三成様は大谷様のご友人、ならば答えは既に決まっておりましょう」

「ヒヒッ、そうよなァ」




ぬしはわれのものよ。

幾多の不幸の星々もぬしと共にこの世全てに降り散れる事がわれの願いよ。





さぁ共に参ろうぞ





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