42、西の軍は整いつつある



私が生死の狭間を彷徨い、

目を覚ましてから一夜が明けた。
そして目の前には、目を覚ました私を見て「ありがとう」とひたすら言葉にする半兵衛様のお姿があった。







「……良かった、葵が、生きていて本当に良かった、僕は君に救われた。なのに僕が生き、君が死ぬなんて事は絶対に許さない」

「……半兵衛様」

「大谷君から話は聞いたよ。出来ればもう君のその治癒の力は使わないで欲しい。君が犠牲になる事はない、だからお願いだもうこんな事はしないでくれ」

「……お言葉ですが半兵衛様、私の生は全て大谷様の為にあればこそ」

「大谷君の為ならば命を捨てると?」

「ええ、そのつもりですが、大谷様より死ぬなと命令を受けました。しかし私は己を犠牲にしてでも主をお守りするお気持ちは変わりません」

「ただの自己犠牲だとしてもかい」

「ええ、ただの自己満足だとしても」

「……全く、やはり君はどこか僕に似ているよ」

「それはそれは」

「その格好をしているという事は、君は再び戦う心構えでいるととっても良いんだね」


半兵衛は、黒装束姿の葵を見下ろして、この少女が戦う決意をしたと理解した。




「世が、動き始めております」

「……葵」

「半兵衛様、徳川家康は絆の力で日ノ本をまとめることを宣言し、各地の武将との絆を結ぼうと動いております、いずれ徳川は大阪にも火種を」

「ああ、その為に三成君や大谷君は動いているだろう。徳川との戦の最中で甲斐の武田信玄が倒れ、病床に伏せっていると聞く」

「甲斐……」

真田様や佐助さんはご無事でしょうか。しかし何故、徳川は武田を?徳川は武田を取り込もうとしているのでしょうか。それとも敵として?





「……。」

「葵、君は表向きは大谷君の女中、しかし裏向きは暗躍部隊、君には荷が重くのしかかっているだろうけど、この大阪の為に動いて欲しい」

「半兵衛様、私の心は既に決まっております」

「それは安心だ、君の面は僕が預かっていたよ」


半兵衛様は私に白い面を渡してきた。
再びこれを付ける時は、戦う時。






主の為に。



















「(大谷様は何処に、そろそろ包帯の交換をしないといけませんのに)」


黒装束から、いつもの白藤の着物に着替えて、私は桐箱を持ちながら城の中を歩いていた。


途中でばったり出会った軍医様に、大谷様はどこでしょうと尋ねると、戦国随一の傭兵軍団・雑賀衆の里から帰った三成様と共に城の執務室にいるとの事、





「雑賀の里、ですか」


何故、三成様が雑賀の里に向かっていたのでしょう?傭兵を雇うのですか?雇うという事はやはり戦が近いんでしょうか?



「なんでも徳川が東で連合軍を築き、雑賀衆を取り込もうとしているらしい。ほら、つい最近まで雑賀は豊臣と契約していただろ?でも秀吉様が亡くなられて契約は無効、そこに徳川が雑賀と手を組むもんだから治部殿が怒って出て行ったんだよ」

「……確かにそれは三成様も落ち着いてはいられませんね」

「治部殿も無事に帰って来たからいいけど、単身で雑賀に向かうもんだからこっちは大慌てだったよ」


ついでにお客さんも来ているみたいだから、部屋に行くなら茶でも三つ用意した方がいいよ、と軍医様は仰った。


軍医様の言う通り、茶を用意してから大谷様と三成様のいるお部屋へと向かった。







「失礼致します」

「……貴様は」


部屋に入り、お茶を差し出すと三成様にギロリと睨まれた。何故でしょう。




「小娘、貴様は……生きていたのか」

「えっと、すみません……死にきれなかったもので、三成様お茶をどうぞ」

「おい、小娘」

「大谷様お茶をどうぞ」

「うむ」

「おいコラ、聞けッ小娘!」

「はい、何でしょう三成様」


私はお客様にもお茶をお出ししてから三成様の方へ振り向いた。




「……え、あ、その、だな」

「はい」

「三成よ、ハッキリ申せ」

「……う、小娘よく聞け!」

「はい、聞きます」

「半兵衛様を、救った事、感謝する」

「はい、お役に立てなのならば」

「う、うむ」

「お客様もどうぞごゆっくりと」

「お、おお、悪りいな!」


大阪城にお越し頂いているお客様を見れば、なんともまぁその方は大きな方で、銀髪の隻眼の殿方でした。





「……。」

「ん?なんだ?俺の顔になんか付いてるか?」

「い、いえ、大変失礼致しました」

「しっかし大阪城ってのはでっかいな!噂通りじゃねぇか」

「ええ、とても誇れる城に御座います」


お茶をお三方に配り、
私は部屋を退出しようとしたが、




「ちょい待ち」

「え」


長曾我部元親様と仰られる方に捕まってしまい、彼の話し相手になってしまった。





「刑部、外にいた兵達はなんだ」

「尾張……織田家の残党よ」

「織田?魔王の兵が大阪城に何の用だ」

「主君であるお市殿が徳川に連れ去られたと申しておってな、手を貸して欲しいと懇願して来よった。」

「家康だとッ!」

「(お市……?)」



私は大谷様の言葉を聞き逃す事は無かった、大谷様ははっきりと「お市」とそう言っていた。




お市様が、

あの方が徳川家康に連れ去られた。何故、徳川はお市様を?何の為に?





「人攫いまで行うとは、 徳川の言う「絆の力」とは力ずくの鎖のようぞ、ところで三成よ、ぬしは雑賀に行ったはずだが、とんだ拾い物をしよったな」

「この者なら勝手に付いてきただけだ」

「だが戦力はあるに越した事はない、味方とあらば例を正さねばな、長曾我部よ」

「おう、俺を丁重に持て成せよ!それに俺はこいつの真っ直ぐな目が気に入った、だから同じ船の乗ってやるよ大谷さんよぉ」

「(長曾我部様が味方に……)」


徳川が東の連合軍を築くと同時に、豊臣の……西の連合軍も同盟を築き始めている。



もうじき、戦が始まる。

何故、戦わねばならぬのか私には分かりませんが、秀吉様の意志を引き継ぐ三成様と、絆の力で日ノ本をひとつにしようとする徳川家康。


私はただ、大谷様の味方であるだけ。
戦うも守るも、大谷様の為に。















「大谷様、私達西の軍はどこまで大きくなるのでしょう」


大谷様の自室にて、大谷様の体の包帯を交換しながら、静かに聞いた。



「さてなァ、人々に平等なる不幸を与えるのがわれと三成よ」

「大谷様は三成様の進む道を共にすると?」

「そうよ、われはそれだけよ」

「ならばどうか私も、その後ろを歩いてもよろしいでしょうか」

「われと三成の後ろをか」

「ええ、後ろをです。どうかお二人をお守りさせて下さい」

「よい、ヨイ、ぬしはわれの道具よ。時にはわれらの剣となれ」

「はい、主様の為に」



大谷様、貴方様はこの世の行く末など本当はどうでも良いのでしょう。とて変わったお方です。他国は西と東で争い始めているというのに貴方の見ているその先は、平等なる不幸の世。


ならばその等しき不幸の世とやらに
私をも連れて行ってはくれませんか。


どこまでもお供致します。






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