39、伝説の忍 "風魔小太郎"






大谷様の命令を受け、残った北条の兵を次から次へと殺し始末していった。



相変わらず人というのはこんなに簡単に死んでしまうのかと思った。

首を刺せば、血を流し絶命した。








「!」



飛んで来た気配に気付き、

後ろを振り向くとそこには黒い影。





「……ぐがっ」

「ッ!」

小太刀を構え、後ろを振り向くと血を流し倒れ行く黒装束の者。その者は私と同じ面をした部隊の仲間だった。





「……なッ、なんで」

「怪我はねぇかよ、新入り」


同じ面のこの者は、
私を庇ったのだと分かった。



そして目の前には二刀を構えてこちらをジッと見ている、赤毛の忍びが一人。



小田原に来る前、隊長が言っていた。
北条には伝説の忍び【風魔小太郎】という傭兵を雇っていると。ならばこの者がそうであろうと思った。



まさか今ここで出くわすとは。





「……おい、新入り」


私を庇い、風魔に腹を斬られた先輩はふらふらしながら私に言った。





「今すぐ逃げろ」

「!?」

「アレはお前なんかが倒せる相手じゃねぇ、さっさとここから消えろ」

「……し、しかし」

「……ぐっ」


刀を構えて、風魔と対峙する仲間を見て、私は逃げるか悩んでしまい、少し後ろに下がった。


そして、ドサッと倒れたのは、
私と同じ面をした仲間だった。





「…。」

「(これは、まずい)」


仲間の血を浴びた伝説の忍び風魔小太郎はゆっくりと私の方見た。その視線に私は咄嗟に小太刀を構えた。奴は私を殺そうとするだろう。




「ッ!」

風魔は風の如く真っ直ぐ私の方へ向かって来て、二刀を私に振り下ろした。

なんとか二刀を防いだが、このままでは殺られてしまう……と、思った時には私の影から風魔に向かって闇の手が伸びていた。





「!?」

風魔は予想していなかったのか、闇の手にすぐ反応が出来ず、風魔に襲いかかった闇の手は風魔の腕を掴み、そのまま遠くへ投げ飛ばした。



しかし風魔はすぐに起き上がり、
私の方へ向かってきた。




「(戦うには分が悪い……)」

流石に勝ち目がないと思った私は自分の影の中に足を踏み入れて、すうっと影の中に消えて行った。佐助さんから教わった術がこんなところで役に立つとは。


次に会った時に感謝しておこう、
そう思いながらその場から離れた。










私達部隊は召集がかかり、大谷様の前に集まった。私は、私を庇って怪我をした仲間を担いで召集場所に向かったが、残念ながら彼は息絶えてしまった。





「気にやむな、前を見ろ」

「……はい」


隊長にそう言われ、
指揮をとる大谷様の前に膝をついた。





「北条に伊達が向かっておると知らせがあったが今は三成が向かっておる……してこれより我が部隊は」

大谷様が私達に向かって次の命令を言っているその時、秀吉様の叫び声がビリビリと響いた。




「……太閤」

「?」

大谷様は絶叫が聞こえた方を向いた。
私達も何事かと顔を見合わせた。






「急いで向かえ」

「「「御意」」」


大谷様の命令に、私達は一斉に動いた。


私は嫌な予感がした。
秀吉様の叫び声、予感が当たっていない事を望みながらその場所へ向かった。










「!」


声がした秀吉様の元へ向かう途中、白い着物が見えた。勘違いでなければ、それは横たわる半兵衛様の着物だった。





「……半兵衛様ッ、」

私は足を半兵衛様の元へ向けた。


何故、
何故、

半兵衛様がこんな所に……!




「……君は」

「半兵衛、私です、葵にございます」


私は面を外して、無理に起き上がる半兵衛様のお体を支えた。

半兵衛様……なんとも軽い体であろうか。






「……秀吉、秀吉の声が聞こえた」

「半兵衛様、秀吉様に何が」

「……葵、頼みがある」

「はい」

「秀吉の所にまで、僕を連れて行ってくれないか」


耳元で半兵衛様は私に言った。
「はい」と答えて、外した面を再びつけ、思ったより軽い体に肩を貸して、秀吉様の元へと近付いた。





「半兵衛様、もう少しでございます、お願いですから、もう少しだけ前を向いて下さい」

「……葵、すまない」

「お気になさらず」

「……。」

「半兵衛様?」

「……葵、僕が居なくなったら、大谷君や三成君の事をよろしく頼むよ」

「何を、こんな時に、おやめ下さい。私は半兵衛様のそんなお願いを聞きたくはありません」

「こんな時、だからだよ」

「……いやです、聞きたくありません」

「おや、言うことが聞けないと言うのかい、僕はそんな部下を持った覚えはないよ」

「半兵衛様……」

「……葵」

「はい、」

「僕はもう長くはない、彼らの事は、頼んだよ」

「……。」


下唇をぎゅっと噛んで、一歩また一歩と進み半兵衛様と共に秀吉様の元へ向かうと、瓦礫の上に横たわる秀吉公が見えた。


そして秀吉様の側で、
呆然と立ち尽くす三成様のお姿。





「……秀吉様」


私は絶句した。

何があったかなんて倒れた秀吉公の前で苦しげな表情で立っていた徳川家康がすべてを物語っていた。




徳川家康が謀反をしたのだと、
その場にいた者も、私も分かった。




「……何故、こんな事に」

「秀吉様ァアア!!」

「!」

三成様の声がその場に響いた。彼も家康が謀反したなどと考えもしなかったのだろう。


徳川家康は三成様と何か話した後に、本多忠勝に乗り、この場から立ち去ってしまった。




「秀吉様!秀吉様ァ!」

三成様はひたすら秀吉様に向かって叫んでいたが、秀吉様が目を覚ます事はなかった。




「刑部!刑部はいるかッ!」

「三成……われはここに」

「あの小娘を、あの小娘を呼べ!アイツは治癒力を持っているのであろう!ならばすぐに呼び寄せ秀吉様を救ってくれ!」

「……出来ぬ」

「何故だ刑部!お前や私の怪我は治せると言ったではないか!私はいいッ秀吉様を!秀吉様を治してくれ!」

「あの娘は太閤を救う事は出来ぬだ」

「何故だ!!」

「(私は、無力だ)」

私は歯を食いしばり、半兵衛様に肩を貸しながら、その場に立っていた。私の力は、なんて無能なのだろうと思った。目の前で助けを求める者が居ても、何も出来る事がない。


私の力は、私と同じ闇の婆娑羅を使う者相手にしか使えない。




秀吉様は闇の力を持っていない。

……ならば私は何も出来ない。






三成様は秀吉様を担いで、
私と半兵衛様の元へ向かって来た。


私は、秀吉様を担いでこちらに来る三成様へと足を進めた。






「半兵衛様、」

「三成君、秀吉は……」

「半兵衛様っ、秀吉様は」

「ふふ、相変わらず酷いな君は……先に行ってしまったのかい?どうしたんだい秀吉、僕を置いて行くなんて」


半兵衛様は秀吉様にそう言うと、

立っているのが、もう辛いのか、
私の肩から力なく崩れ落ちた。





「半兵衛様!!」
「半兵衛様ッ……」


私は真っ先に倒れた半兵衛に近付いた。そして弱々しい彼の体を支えた。





「半兵衛様……どうか私の手に」

「……すまない」

「半兵衛様!半兵衛様!」

「三成様ッ、おやめください!」


秀吉様を担いでいた三成様は片手を半兵衛様の方に伸ばして、半兵衛様の体を揺さぶった。



「黙れッ!私に指図するな!」

「やめて下さいッ!」

「…三成君、これから僕は秀吉と君と大谷君と共に歩いて」

「半兵衛様?私の声が聞こえますかッ!私が見えていますか!?」

「この先も、ずっと僕は君達と」

「……半兵衛様?」

「この先には何があるんだろうねぇ」

「(不味い、半兵衛の生命力が消えかけている)」


葵は周りを見渡し、
己の主様である大谷の姿を探した。





「大谷様ッ!」

「貴様ッ、刑部の名を呼んでどうするつもりだ!」


三成様の言葉を無視して、
私はひたすら大谷様へ呼びかけた。



「大谷様、大谷様はいらっしゃいませぬか!」

「われはここよ」

「お願いです!……力を、私の力を使う事をお許し下さいッ!どうか私に半兵衛様を救わせて下さい!」

「……ぬしは、」

「お願いします、どうかお許し下さい!」


つけていた面を外し、近くに来た大谷様にひたすら懇願した。このまま半兵衛様を亡くしたくはないと、どうか私の力を使う許可を頂きたいと願った。




「貴様は小娘!?何故、戦場にッ!」

「娘、ぬしは」

「大谷様、お願いですッ」

「ぬしは賢人を救えるのか」

「救います、必ず……助けます!」




どうか



どうか



半兵衛様を救う許可を










「娘、」

「はいッ」

「許可しよう」

「……ありがとうございます」


私は今にも息が絶えそうな半兵衛様を抱き上げ、膝の上に半兵衛様の頭を置いた。




「小娘ッ、貴様、半兵衛様に何をする気だ!!」

「……。」


三成様の叫びを申し訳なく思いながら無視して、私が持つ闇の力を体に纏い、そして半兵衛様の体に私の闇の力を吸い込ませた。半兵衛様の体には黒い霧が纏っていた。






「……ッ」

私の中の闇の力が、
ごっそりと吸い取られた。


ああ、この気怠さは懐かしいな……と思いながら、半兵衛様の顔を見た。青白かった顔は少し色みを取り戻したようだった。



「……半兵衛様」

「……っ」

「半兵衛様、私が分かりますか?」

「……ああ」

「……そう、ですか」


治癒力のある私の闇の力の多くを半兵衛様にお渡ししてしまった為、私は目の前がくらくらとしてきた。


ああ、いけない。


目の前が霞んできた。









「おいッ、小娘!どうした!」

「……。」


申し訳ありません……。

私にしばしお休みを下さいませ。









「……三成」

「おい!刑部ッ、小娘が」

「三成、娘をこちらに寄越してはくれぬか」

「……わかった」

秀吉様を下ろし、眠るように半兵衛様の上に倒れた小娘を抱き上げ、刑部の御輿に乗せた。




「刑部、小娘は……死んだのか」

「否、眠っておるのよ」

「小娘は……何を、したのだ刑部」

「賢人を救ったのよ」

「半兵衛様ッ……」


三成が半兵衛の胸に耳を当てると、規則正しい呼吸と心音が聞こえた。それは生を意味する。





「……刑部、半兵衛様が生きておる」

「この娘の力よ」


大谷は自身が抱き抱えて眠っている娘を見た。腕をまわして落ちないように支えて顔を覗くが、葵が起きる気配はなかった。






「刑部!その娘を叩き起こせ!そして秀吉様の命をも助けるのだ!早くしろ!」

「三成よ、この娘は太閤を救うことは出来ぬと申したであろう」

「何故だ!半兵衛様は生きている!ならば、ならば、秀吉様も!」

「三成」

「起きろ!おい、小娘!起きろ!さっさと起きて、秀吉様をッ!」


三成は眠っている葵の体を揺さぶった。三成の表情はとても焦っていた。しかし、体を揺らした所で葵が目を覚ます筈もなく。





「三成、この娘には無理よ」

「……何故だ、何故だ……」

「三成」

「……秀吉様……秀吉、様」

「……家康よ、三成」

「家康……?」

「家康が全てを狂わせたのよ」

「家康……家康、家康ゥウ……!」

「……。」

大谷は腕の中にいる葵を抱き直し、再び三成を見た。




「家康、家康ゥウ!おのれェ!おのれェ家康ゥ!!!!」

「……。」





これは不幸よ。





不幸が


降り注いでおる。

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