38、時が来て、いざ参らん



時が来たりて、
ついに世が揺らぎ始めました。


天下統一目前だった魔王・織田信長が本能寺に散ったと知り、私はいよいよ時が動き始めたと理解した。



そして織田を討った明智を豊臣が討ち、力による支配で日ノ本の国を席巻したのは覇王・豊臣秀吉だった。




豊臣は多くの大名を取り込み、
強大な勢力となった。


そして北条をも取り込もうとしていた。






「娘」

「……はい、大谷様」

「われら豊臣の軍勢は小田原へ向かう、ぬしは城に残るか、それとも……」

「私も共に行きます」

「……さようか」

「私自身と私の力は全て大谷様の物にございます。どうかそれだけはお忘れずに」

「娘よ」

「はい」

「われより先に死ぬでないぞ」

「はい、お約束致しましょう」




小田原へと向かう豊臣の軍勢には、秀吉に忠誠を誓う石田三成、三河領主・徳川家康の姿があった。


そして半兵衛様の指揮の元に暗躍するわれら部隊もひっそりと影となり潜んでいた。







「……。」

葵は木の上から大谷の姿を見つけ、ジッと見つめていた。





大谷様、どうかご無事で




そう心の中に思いながら、決して大谷の前に姿を表す事はなかった。それは隊長である藤吉との約束だからだ。われら部隊は暗躍の部隊、あまり表に出て動いてはいけない。






「葵」

「分かっています」



大谷様を見ていた事が隊長に見つかり、私は釘を刺され「行くぞ」と言う隊長の後に続いて、われらの部隊は半兵衛様の元へと向かった。



豊臣軍は北条家の小田原城を包囲。
誰の目にも豊臣秀吉による天下統一がゆるぎないものと思われた。







「これなら秀吉が出て行く間もなさそうだね」


落ち行く北条と、自身の近くに下がる部隊を見て、半兵衛は隣にいる秀吉に言った。そしてその二人の後ろには大谷と石田、それに徳川が揃って待機していた。





「ごほっ、ごほっ」

「……半兵衛、貴様のおかげで我が軍は圧倒的だ、安堵し下がっていろ」

「そうさせて貰うよ、家康君、三成君、後は頼んだよ」

「お任せ下さい半兵衛様、この三成、家康と共に豊臣のお役に立ちましょうぞ」

「頼りにしているよ、ごほっ……」

「半兵衛様」


咳き込む半兵衛様に駆け寄り、背中を優しくさすった。半兵衛様、どうかお休み下さい。

「……ありがとう、残った部隊は悪足掻きをしている北条の兵を片付けてくれるかい」

「「「御意」」」


私達の部隊に任務を与え、
半兵衛様は中へと下がって行った。







「葵、お前は半兵衛様と共に」

「かしこまりました」


隊長にそう言われ、薬を渡された私は半兵衛様の後を追った。向かえば半兵衛様の具合は良くなく、辛そうに咳き込んでいた。





「ごほっ……げほっ」

「半兵衛様、薬を」

「……ああ、ありがとう」

床に伏せた半兵衛様は起き上がり、
渡した薬と水を飲んで下さった。




「雑賀衆と君達がよく働いているせいか、外はとても賑やかだ、このままだとすぐに小田原城は僕らの物だね」

「お任せ下さい」

「ごほっ……ごほっ!」

「半兵衛様!」


激しくむせた半兵衛様が心配になり寄って見ると、半兵衛様の白いお着物には吐血した真っ赤な血が付いていた。





「血……ッ!」

「ごほっ……運命は僕に、秀吉と共に歩く事を許してはくれないのか……」

「そのような運命などあり得ませぬ、半兵衛様は秀吉様と共に」

「いいんだ、僕も分かっていた事さ。運命などという言葉に逃げてしまった。ねえ葵、僕は今……とても悔しいよ」

「……半兵衛様、私が葵だとお気付きでしたか」


黒装束に、顔を隠す為の面、私だと分からぬと思っていたが……半兵衛様は私だと気付いた。






「確かに部隊の君達は似たような格好だから区別が付かない、けれど僕らは似ているからね、闇の力を持つ同士、分かってしまうのかもしれない」

「半兵衛様……」

「僕はこの通り、永くはもたないだろう」

「そのような事は……!」

「大丈夫、僕が居なくなっても君達の部隊は大谷君に指揮をとるように伝えてある、ふふ……そういえば、君の主だったね大谷君は。ねぇ、葵は今すぐにでも主の元へ行きたいんじゃないのかい」

「今は半兵衛様の部下でもあります、まだ半兵衛様の元に居させて下さいませ」

「君のような忠実な部下を持つ大谷君が羨ましいよ、さて、そろそろ僕も休むとするよ。君は部隊の方へ戻り加勢しておいで」

「……。」

「葵、僕は大丈夫だから」

「……御意」


そう言い、私は半兵衛様の元から離れた。弱々しく衰弱して行く半兵衛様から離れたくは無かったが、部隊に戻れという命令には逆らえない。






それに次の指揮者は大谷様。

すでにわれら部隊は大谷様の指揮の元、小田原城各位で密かに動いているだろうと、部隊の隊長がいる小田原城の東門へと足を進めた。







「……隊長」

「葵、戻ったのかい」

「命令は」

「刑部殿より北条に残った兵を残滅しろとの命令があった、殺れるか?」

「はい、大谷様の命令とあらば」

「無理はするな」

「御意」





木の上から、東門が開くのが見えた。


そして見えたのは白い旗を持った北条の兵士達。彼らは降伏するのか?と眺めていると






「これ以上は何も出来ぬ、我らの保護を、求めるッ!」


何を言うかと思えば、やはり北条の兵士達は降伏するらしい。しかしわれらの命令は大谷様より「残滅せよ」と仰せつかった。





さて、任務を遂行しなくては

残った兵達を始末しようかと、
われら部隊が動き出そうとしていた。







「よくぞ決断してくれた!勿論だ!そなた達は我らが保護しよう!」



東門を任されていた徳川家康が、
何を思ったのか降伏した北条の兵達にそう言い放った。隊長の舌打ちが聞こえた気がした。


私は手が動くのが遅れたが、隊長に「行くぞ」という声に体が反応し動いた。





そしてその瞬間、

われら部隊が放った弓矢やクナイ、銃弾が降伏し突っ立っていた北条の兵達に当たり、兵を一人残らず始末した。


血を流し次々と倒れる姿を見ていると、徳川家康が「何事だ!」と声をあげた。





「なんだ貴様らはっ!どこの軍だ!!」

「……。」

木の上にいたわれら部隊に大声で問いかけるも隊長や私達は答えなかった。




「まさか豊臣軍か貴様ら!何故、何故、こんな事をッ……」

「大手柄よのう、徳川……ぬしが引きつけてくれたおかげで残りも容易く片付いた。ヒヒッ、東門はぬしが落としたと太閤に伝えておこう」

「刑部!どういう事だ!お前の命令か、何故……北条の兵達を殺してしまうのだッ!奴らは降伏していたではないか!」

「太閤の命令を忘れたか、北条の兵を一人残らず討ち取れとの命よ。天守も間も無く落ちようぞ」

「……しかしっ」

「何をしておるか貴様ら、早よう北条の兵を残滅せよ」

「「「御意」」」


部隊は大谷様の命令により、再び動き出し、東門を突破し中へと侵入して行った。






「……貴様っ!」

歯をギリっと噛み締めた徳川は輿に乗った大谷に向き合い、拳を構えた。






「!」


すると、徳川と大谷の間に黒装束に面をつけた者が現れ立ち塞がった。

まるで大谷に手を出すなと言わんばかりにその者は小太刀を徳川に向けていた。







「……。」

「なんだ貴様はっ……!」

「これは賢人より指揮を預かったわれら豊臣の隊よ、実に優秀な者ばかりでなァ」

「……ぐっ、先程この者達が北条の兵を」

「……。」

「!」


徳川は目の前の人物を見て、ゾッとした。何故そうなったかは分からなかったが、目の前の面をつけた人物からは殺気を感じた。「大谷に手を出せばお前を殺す」という光を宿す自分とは対象的な、闇を纏った殺気だった。


それは恐ろしく、黒装束の者に拳を振ろうと思ったが、グッと握りしめ、振り上げた拳を力なくゆっくりと下ろした。





「さて、ぬしも残りの兵を片付けよ」

「……(こくん)」

大谷の命令を受け、
黒装束の者は東門へと入って行った。








「あの者は何だ」

まるで闇そのもののような、
恐ろしい人物。


自分へ向けられた殺気は、
人を人と思わぬような恐ろしく、
この世の者とは思わぬモノだった。






「……あの闇は危険だ」





徳川の声を聞こえていたはずの大谷は、それには何も答えず、ただ走り去った黒装束を見えなくなるまで見つめていた。





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