私達は再び、大阪城へと戻った。
私は佐助さんに気を失ったかすがを任され、彼女を屋敷の部屋へと寝かせて軍医様を呼んだ。
そして佐助さんと真田様はその足で、三成様と大谷様と話をする為に、大阪城の本丸にある大広間へと向かって行った。
「……何?裏切っただと?」
「天海殿は引き連れていた織田家の者を斬り、自軍すらも斬り捨てようとした次第」
「刑部、どうなっているッ!」
「奴はわれの知らぬところで何かを企んでいたらしい」
「くッ……天海め!」
「して真田よ、お市殿はいかがなされた」
「お市殿は、行方知れずにござる……もはやその姿は人なざらぬ異形の闇と成り果てておった」
「刑部ッ!そのような輩を何故豊臣に入れたのか!」
三成は輿に乗った大谷に掴みかかった。
「……。」
「お止め下され石田殿!石田殿は総大将にござる。全ての責任を負う覚悟なくばこの戦は勝てませぬ!」
「貴様ッ!……チッ」
真田としばらく見つめ合った後、三成は真田の横を通り過ぎ、大広間から出て行こうとした。
「待たれよ石田殿」
「何だ」
「石田殿を総大将として煽いだのはこの戦に全てを賭けるに足る人物だと認めたからにござる!大谷殿もその他多くの大名衆も、それぞれに思惑はあれども、貴殿は全てに賭けるに値すると信じた故にござる」
「……フンッ」
「某は、石田殿だからこそ共に戦いたいと思った。皆も同じ気持ちでござる」
「……刑部を置いて、この私に戒めを説く者が居ようとはな」
三成はそう言って、
本丸の大広間から出て行った。
「三成……」
「あのさ、天海の事でもう一つ気になる事があるんだけど、いい?」
ずっと黙っていた佐助がスッと手を挙げて、大谷へと聞いた。
「何ぞ、簡潔申せ」
「実は天海がお市さんを使って第六天魔王を復活させようとしてるらしいんだよね」
「第六天魔王……織田信長か」
「まぁ、それでちょっと身内の話になるんだけどさ、その身内を天海が魔王復活に必要だとか言って欲しがってるみたいなんだよねぇ」
「身内?誰の事ぞ」
「大谷さんとこの」
「……われの、と」
はて、誰の事か。
「いるでしょ、闇の中から生まれたような恐ろしい娘さんが一人」
「あの娘か、しかし何故あれを欲しがっている?何に必要だと言うのか」
「さぁね、詳しくは俺様もまだ知らない。とりあえず警戒しておいた方が良いんじゃない?本当は本人に問い詰めたい所だけど、 主様に口止めされてるのでって言うばかりでなかなか口を割らないんだなこれが、躾の良い娘さんな事で」
「忠実な娘よ」
「ま、そういうわけだから。忠告はしたからね」
「あいあい」
よりにもよってあの娘を欲しがるとは、
魔王を蘇らせる為に、
あの娘が必要……と
はて、
あの娘のどこに魔王復活の為の利用価値があるのか、あるとすればただひとつ……
冥界より出でし、鬼の力。
恐ろしい闇の力……か。
屋敷のとある部屋、
葵は眠るかすがを側で見下ろしていた。
「……う」
「起きましたか?」
「お前は……その面は確か大谷の」
「ああ、申し遅れました。私は」
葵は、己の顔を隠していた白い面を外した。そして、横たわる彼女に己の顔を晒した。
「私の名は、葵と申します」
「お前、何故……私に素顔を」
「ええ、本来ならば顔を晒す事は禁じられていますが、貴女は心を開き、私を助けてくれようとしました。その優しさに応じ、私も顔を見せる事にしました。」
「そうか、お前はその……あれだな」
「はい?」
「その、思っていたより、若い女だったんだな。面で分からなかった。その若さで戦うとはお前は強い心を持っているようだな」
「いえいえ、戦いたいと思ったのはここ二、三年の事です」
「フン、余程あの主が大事なんだな」
「ええ、大事な主様に御座います。守りたいが故に私は戦う道を選びました。」
「……その覚悟は」
「葵ー!水持って来たッス!ってあれ?忍びのネェちゃん起きたんスか?」
水を持って部屋に入ってきた左近さんから水を貰い、くノ一の彼女に飲ませた。
「……すまないな」
「いえ、ゆっくり身体を休めてさい」
「あ、そうだ葵、刑部さんがさっき探してた。暇が出来たらすぐに屋敷の部屋に来いってさ、葵……何しでかした?」
「あら、身に覚えがありませんが、もしや任務を失敗して帰って来たから怒ってらっしゃるのでしょうか」
「刑部さん、怒ると怖いッスよ」
「……ええ、知っております。では私は大谷様に怒られに行って来ますね」
スッと、面を持って立ち上がり、部屋を出ようとした。本当は行きたくないけど、大谷様がお呼びならばすぐにでも行かないと。
「では、失礼します」
「あ、ああ、頑張れ」
「ドンマイッス、葵」
「……はい」
二人に励まされ、とぼとぼと葵は大谷の部屋へと歩みを進めた。そして目的の屋敷の部屋にはあっという間に着いてしまった。
ため息を吐いて、
部屋に入ろうとすると
「われの部屋の前でため息とは、失礼な奴よ」
「!」
部屋の中から大谷様の声が聞こえて、体がビクッとした。
「……し、失礼致します、大谷様」
膝を着いて、部屋の襖を開くと机に向かう大谷様の姿があった。
「ようやく来やったか、娘」
「お呼びでしょうか?」
「ぬしに確認したい事がいくつかある」
「確認?」
中に入れと言う大谷様の言う通りに、机に向かっていた大谷様の近くに腰を下ろした。
「大谷様、確認とは?」
「うむ、天海が第六天魔王を蘇らせんとしておるのは本当か、お市殿を使い、ぬしをも必要としているというのは、真実か」
「!」
何故、大谷様がその事を?
もしや真田様か佐助さんが大谷様に任務で起こった事を報告済みなのでしょうか?
「さっさと答えぬか」
「……はい、それは真実に御座います。天海様はお市様を依り代とし、第六天魔王を復活させようとしております。」
「ほう、ぬしも必要と」
「ええ、どうやら冥界の力を持つ私は第六天魔王を復活させるのに必要な材料のようです」
「……左様か、冥界の力を」
「ですが大谷様、私は魔王復活にこの力を加担するつもりはありません」
「無論。しかし奴はぬしを欲しがっておるのであろう?奴から逃げ切れるのか」
「私の必要価値がどれほどのものかは不確かですが、天海様は私に死なれては困ると言い私を逃しました。」
今はまだ、私の力はそれほど必要ではないのだと感じました。けれど私の力を奪おうとしているのは確かなようです。
「私はそう簡単に捕まる気はありません」
「全く不可解な世よなァ」
「それと大谷様、実は」
「皆よ聞けいッ!!」「!」
「……このお声は」
三成様の声が大きく城内に響くように聞こえ、私と大谷様は何事かと屋敷から顔を出した。
城の本丸を見上げれば、
そこに立つ、三成様のお姿が。
「三成」
「三成様は、一体何を?」
大谷様と共に見上げると、三成様は城内を見渡すようにまた声を出した。
「この愚かな日ノ本は古来より長きにわたり国取りの戦を続けてきた、その結果が魔王織田信長などの暴虐を許した!しかし魔王も死んだ。その時、この国がなくなり、租特に無防備に晒されたのだ!それを大いなる力と尊厳を持ち立ち上がられたのが秀吉様である!」
三成様の声に、城内や屋敷に居たもの達はぞろぞろとお言葉を聞こうと外に出て来ていた。私達も外に出ましょうかと大谷様に聞くと「よい」と言われ、その場を動く事はなかった。
しかし顔は依然と上を見上げたまま。
「秀吉様はこの国を変えようとした。何者にも穢されない強き国に、この日ノ本は秀吉様により統べられひとつになる事で強固で万弱な国家になると誰もが信じていた。だがその秀吉様はもういない。徳川家康が裏切り、秀吉様を殺した!」
「……。」
「(半兵衛様も、どこかで三成様の言葉を聞いているのでしょうか)」
半兵衛様は徳川を、どう思っているのでしょうか。三成様のように復讐をと考えているのでしょうか。
「この国を再び戦いの螺旋へと引き戻したのだ。裏切った者に真実はない!今の私にはこの大きな軍を率いるには相応しくないかもしれない、私は大将としては空虚だ。しかしこんな私を信じてくれる者達がいた。」
「三成、ぬしは」
「大谷様、私は大谷様も三成様も信じております」
「無論」
大谷様は、私の方を向いて
……ヒヒッと笑った。
「私はその者達に感謝しよう!そして共に約束を交わして欲しい、命の全てを捧げ戦い、そして勝利すると、成すべき事はひとつ!東の旗が掲げた偽りの絆に断罪を!家康に死を!!決戦の地は関ヶ原だ!」
今この国は二つに割れている。
この日ノ本をひとつにする為に
今、戦いが始まろうとしている。
「この国の未来、これから先を」
「われと三成の後ろに付いてくるか娘よ」
「もはや答える言葉など必要ないでしょう」
戦いが始まる。
西軍と東軍の戦いが。
関ヶ原の合戦
開幕