47、魔王の妹・お市奪還任務





夕刻、黒い影が動いていた。




「いやー……急に旦那に呼び出されたから何かと思えば駿府城に忍び込むとは、こりゃまた無茶な任務だねぇ」

「何故、私まで……」

「だってかすがは軍神さんから武田のお目付け役を言い遣ってるんだから、これも主の命令ってヤツでしょ?」

「フンッ、謙信様のご命令でなければ貴様達に協力など!だいたい何故コイツも一緒にいるんだッ」

「(ん?)」


一緒に隣を走っている私を、くノ一のかすがが睨んできた。(実際、私は影を使って移動しているから走っていない)




「え?なんでって大谷のところの部隊の奴だからいるでしょ、流石に俺達だけでっていうわけにもいかないし」

「それは知っている!コイツはあの時の変なお面の奴だろ!何故我々と一緒にいるんだ!」

「だってこれ大谷さんからの任務だし、そりゃあ部隊の一人くらい付いてくるでしょ、俺達だけで任務に行かせてくれるはずもないしねぇ」

「何を飄々と言っているッ、コイツの同行の目的は私達を見張る事ではないのか!?」

「(……それも言われてはいますけどね)」


用心深いくノ一さんの言っている事の半分は当たっています。ほら、大谷様って心配性ですし。武田の猿(ましら)や天海様のご様子などを見張り、報告せよと仰せられている。






「大丈夫だって、今は味方なんだし」

「私はそんな簡単に信用はせん!」

「お言葉ですがくノ一さん」

「なッ、喋った!?」

「いや、そりゃ喋るでしょ。どっかの伝説の忍びじゃないんだから」

「そ、そんな事は分かっている!それで、一体なんだ大谷の忍び、私に言いたい事でもあるのか?指図なら受けないぞ」

「指図など致しません。先ほどから私を信用しないと仰っていますが、私も貴方達を信用しておりません、信用するは我が主様のみ、しかし仰せつかった任務は貴方達と同じに御座います、どうか最後までご同行をお願い致します」

「……やけに礼儀正しい奴だな」

「そうだねぇ(まぁ中身は大谷さんの世話係の女だなんて思わないだろうなぁ)」

「(駿府城はこの先でしょうか?)」


真田様と織田軍、天海様と
忍び二人と共に駿府城へと向かった。







私達が、駿府城に着いたのは

夜中になった頃だった。




「(夜、ですか。けど夜中の方が忍び易いし、影も多いから私としては動き易いですね)」

「織田軍はここで待機、某と佐助は城内へ忍び込む」

「はいはい、でもかすがは別行動するってどっか行っちゃったよ」

「さ、左様でござるか、致し方あるまい。しかしお市殿は城の何処に……」

「そこにいる兵に聞けば良いでしょう」

「天海殿?」

「(?)」


天海様が駿府城の見張りの兵に近付いて、何をするかと思えば、大きな鎌を見張りの兵の首にあてがい



「お市様はどこにいますか?言わなければ体と首が永遠にさよならとなりますよ?」


と聞いていた(脅していた)







「ち、地下牢に……!」

「そうですか、ありがとう」


そう言って天海様は見張りの兵の首を落とした。兵は絶命し呆気なく倒れた。






「さて、地下牢へ行きましょうか」

「あ、ああ……わかったござる」

「申し訳ありませんが、私は別に動きます」

「え、なに言っての葵、おっと」

思わず葵の名前を呼んでしまい、佐助は咄嗟に口を塞いだ。






「別に動くってアンタなぁ…」

「佐助さん」

「ん?」

「残念ながらお市様は地下牢には居ませんよ。行くならば多勢で……待機している織田軍を引き連れて向かって下さい、徳川は罠を張っているかもしれませんのでお気をつけて」

「アンタ、姫さんの居場所を知ってんのか」

「声が、聞こえるのです、悲しい声が」

「は?……声?」

「本当ならば貴方達の動向を見張っていたいところですが……私にもやらねばならぬ事があるのです」

「やらねばならぬ事?」

「ではまた」

「え、おいちょっと!」


佐助さんの呼びかけを無視して、私は自分の影の中に入り、その場から離れた。










開け根の国、根のやしろ

尋ね訪ねて 幾千里

あなた離れて 閻魔様

明日の行方を 尋ねや来られ









「!」

駿府城の中に忍び込み、地下牢のさらに下へと進んで行くと、歌が聞こえた。






「…これは、この声は、お市様?」



ずっと私の闇に聞こえていた声と同じ声が聞こえ、私は歌がする方へ向かった。








恋の行方を 尋ねや来られ

彷徨い入れ 底の宿

背(せな)や震わせ 胸抱(むねいだ)き

腸(はら)を喰らうは 彼(か)の根っこ





「……お市様、どうか悲しまないで下さい、私はここにいます、話し相手ならこの私が」


地下へ下ると、
見えてきたのは大きな部屋。







「死にゆく呻き 華のよう……」

「お市、様?」



大きな部屋の中には、

黒く大きな手を自身の周りに湧き出しているお市様の姿があった。


しかしその闇の黒い手にはクナイや刀が刺さっていて、お市様は部屋の中で身動きが取れないようだった。






「……誰?そこのいるのは」

「お市様、私です」

「知らない顔……でも声は聞いた事ある」


お市様は私が面をしているせいで、
私が誰か分からないようだった。






「……貴方、市を苛めるの?」

「お市様、私は……」

「やめて、痛いのは嫌なの、やめて」


お市様は刀が刺さった黒い手を震わせていた。どうやらこの刀が痛いらしい。


ならば、と私は黒い手に刺さっている刀を抜こうとした。



しかし、
抜く前に黒い手が暴れ始めた。






「やめて、やめて……やめて」

「……くッ」


なんとか襲いかかる黒い手を避けたが、流石にこんなにも大きな黒い手を避け続けるというのも難しい事であり、


気付くと、
黒い手が私の目の前にあった






「!」


避け切れないッ!と、私の黒い手が目の前の手を防ごうとしたが、

どこからかクナイが飛んで来て、
お市様の黒い手に刺さった。






「何をしているッ!逃げるぞ!」

「貴女は……」


いつの間にか部屋の中に、かすがというくノ一がクナイを構えていて、私に逃げるぞと言った。


しかし、私は
お市様を放って置く事が出来なかった。







「おい、お前!」

「……ッ!」

私も自身の影から黒い手を出して、お市様の暴れる闇と対峙した。どうか落ち着いて下さいお市様。私に気付いて下さい。






「……やめて、やめて、苛めないで」

「お市様、私ですッ、葵です……!」

「……葵、葵…?」

「……はい、葵です」

「……どこ、葵、どこなの」

「お市様?」



私の名前に反応しているものの、私が葵だと気付いていない、というより周りが見えていないようだった。




「……ぐッ」

暴れる黒い手をなんとか避けながら、お市様の名前を何度も呼んだが、私の方を向いては下さらなかった。






「おい、早く逃げるぞ!何をしているんだ!」

「お市様を、お助けしないと……」

「こんな状況で助けられるものか!大暴れしているんだぞ!ここは一度引くぞっ」

「引きません、お市様をお助けします」

「お前ッ!」

「お市様ッ、私の声が聞こえますか!」




私は黒い手を避けながら、
お市様に向かって呼びかけた。






「……葵、聞こえる、貴女の声が、葵、どこなの……お願い、市と、」

「……ッ」

「どうして、どうして、葵、誰が貴女を、隠しているの?」



黒い手は更に大きくなり、天井をすり抜けて行った。そしてバキバキと天井が破壊される音がした。






「しまった……このままでは、天井がッ」

「だから早く逃げろと言ったんだ私は」

「……。」

「な、なんだッ!」

「いえ、私に逃げろと言うわりには、貴女は逃げなかったんですね、私に構っていなければ逃げる時間は充分にあったと思いますが」

「……べ、別に良いだろッ!」

「貴女はお優しい方ですね」

「う、うるさい!」

「……流石にここは逃げますかッ」


崩れ落ちてくる天井を見上げ、この部屋に居ては不味いと、部屋から出た。
そして大きな音がして、部屋の天井が瓦礫と共に落ちてきた。





「……あれはッ」


天井から落ちて来たのは、瓦礫だけではなく多くの兵士達も上から落ちてきた。


かすが曰く、この上は地下牢らしい。




……地下牢?


という事は……。








「よっと、」

「ふべしッ!」


華麗に着地した佐助さんと、
着地出来ずに床と挨拶した真田様も一緒になって落ちてきた。




「む!?ここは一体ッ!?」

「うーん?どうやら地下牢の下にも隠し部屋があったみたいだねぇ、ってあれ?なんでお前らここにいんの?」

「う、うるさい」

「佐助さん、地下牢はどうでした?」

「あれ葵?あー、うん、言った通り地下牢は徳川の罠だったよ、それに織田軍の兵士はほとんどやられた」

「……もしや、その織田軍の兵士というのは、あれでしょうか」



私の視線の先には、織田軍の兵士の死体を喰らうお市様の黒い手。上から落ちてきた兵士達を黒い手で掴んで闇に取り込んでいるようだった。


その様子はなんというか……捕食?






「うっわぁ…葵の黒い手の方がまだ可愛い気があるなぁこりゃあ」

「私の闇はあんなに暴れたりしません」

「む!?お市殿は一体何を……!」


私達は再び、
暴れるお市様の方を見た。





「ああ、散っていく、全部、全部、散っていく、ふふふ……」

「さぁ、お市様の礎となりなさい」


天海様はまだ生きていた織田軍の兵士達を大鎌で惨殺していった。首を跳ね、胴体を斬り、無残な死体が増えていた。



「なッ、天海殿!?一体何を!」

「ああ喜びなさい、貴方達は織田の復活の礎となるのです、さぁ、死になさい!さぁ!」

「は?!織田の復活だって!?何言っちゃってんのアンタッ!ていうかアンタ何者……!?」

「天海殿!織田軍の兵士達を殺して何をする気でござるか!」

「お市様、どうか私の声を聞いて下さい!」

「ふふふ、もはや聞こえていませんよ、織田の配下だった者は全て元より第六天魔王の血肉、その血肉をこの浮き世と現世の狭間にいるお市様へと注ぎ、信長公のお体を!魂を!蘇らせるのです……!」

「第六天魔王の復活……!?」


そんな事をする為にお市様や
織田軍の兵士達を利用して……。





「血迷われたかッ!天海殿!」

「血迷う?何も知らぬ者が私の邪魔をするな!」

「されどッ!味方を斬るなどッ!」

「……うわッ!」

「かすがッ!!」

「!」


天海様に気を取られているうちに、かすががお市の黒い手に捕まってしまった。





「おやおや、それを食べても美味しくないですよ、お市様」

「かすが、今助ける!ッうおっと!」


佐助さんはかすがを助ける為に近付こうとしたが、無数の黒い手に阻まれて近付く事も出来なかった。






「……お市様、どうか、私の声を聞いて下さい」


私の足元には影が大きく広がり、そして黒い闇は手となり、私の影から無数に湧き出てきた。それは大きくなり、お市様の黒い手とぶつかり合った。






「葵ッ!かすがを助けてくれ!」

「……。」


佐助さんの声が聞こえ、私はかすがを掴んでいる黒い手に向かい、闇の黒い手を伸ばした。力技となってしまったが、お市様の黒い手は怯み、掴んでいたかすがを離した。






「恩にきる!」

落ちてきたかすがを佐助は受け止めた。








「やはり、やはり、やはり!貴方のその闇は冥界の闇の力!それは第六天魔王の復活に欠かせないもの!見つけました、見つけましたよッ!さぁ私と共に信長公の復活の儀を行いましょう!」

「いいえ天海様、私はそのような任務は命令されておりませぬ」

「では私が命令しましょう!私の手を取り、一緒に信長公を復活させ、共に歩きましょう!貴方は必要なのです!」

「……必要?」

「ええ!第六天魔王をこの世に蘇らせましょう!貴方はその為にいるのです! 」

「お断り致します」

「……おや」

「私に命令出来る方は、ただお一人のみに御座います、誰が貴方のような方の命令など聞くものですか」

「ふふ、そうですか、しかしいずれ貴方は私の手元に来るでしょう、それまで是非、死なないで下さいね」


ククク……と笑いながら、
天海様は私にそう言った。







「……葵!ここは引き際だ!さっさと逃げるよ!」


気を失ったかすがを担いだ佐助さんは私にそう言ったが、私はどうしてもお市様を救いたかった。





「お市様!お市様!」

「……葵、葵なの?」

「はい、私は貴女に会いに来ました」

「……葵、葵の声、貴女が葵なのね、市に会いに……嬉しい」

「お市様……!」

「葵!!何してんの!さっさと逃げるよ!」

「!」


飛んで来た佐助さんに腕で抱きかかえられ、その場から離れてしまった。




「降ろして下さい佐助さんッ、まだお市様とお話を!」

「はぁ!?アンタ何言ってんのッ!ここ崩れて来てるのが見えないわけ!?それにあのお市さんと戦うにしても分が悪すぎる!ここは引くよ!」

「……ッ」


遠くなっていくお市様の悲しい顔を見つめながら、私達は駿府城から脱出した。












「佐助さん、一人で走れます」

「……はいはい、じゃあ大阪まで急ぐよ」

「はい」




お市様の悲しい顔を脳裏に浮かびながら、気を失っているかすがを抱える佐助さんと馬に乗った真田様と共に大阪城へと向かった。






私は、
お市様を救う事が出来なかった。





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