49、諂い上手な刑部様からの頂き物










戦が始まる。

西と東がぶつかり、争う。






ついに大きな戦が始まってしまうという事は、大谷様より頂いたこの白藤の着物としばしお別れとなりましょう。戦になれば私は黒き装束を身に纏い、面を付け


私は表からは消える。


それは戦いに向かう為
乱世で戦い、主を守る為。







「(頂いたこの綺麗な着物、次に着れるのはいつになるでしょう)」


この戦がいつ終わるのかなんて考えてはいけない、早く終わってしまえばいいなんて思ってはいけない。考える暇があるならば戦で一人でも多くの兵を減らせと隊長より言われている。



残酷になれと、言われた。



ただ、主に従い

必要ならば邪魔な者を始末せよと、










「目・顔・喉・心臓・脇腹・膝・脛・後頭部・手首……えっと、あとは」


屋敷にある大谷様のお部屋で綺麗に洗った包帯を巻いて、桐箱に片付けながら呟いていた。






「人体の急所か」

「大谷様」


大谷様が城の執務室からこちらのお部屋に戻られ、机の前に座ったので、桐箱を持ち私は大谷様の側にいつものように腰を下ろした。






「出会った頃に大谷様から教わった人体の急所にございます」

「覚えておるのか」

「ええ、とても為になります」

「ぬしは裁縫や炊事より兵の方に向いているのやもしれぬ」

「ふふ、女とて侮れませんよ?大谷様。政務お疲れ様でございました」

「軍は整った、じきに出陣致す」

「かしこまりました、私めはいつでも心構えは整っております」

「戦場に多くの血が流れようぞ、はてさてどれほど生き残れるのか」

「大谷様の後ろにはわが部隊が付いております、いつでもご命令を」

「ぬしは……しばしの間に恐ろしい娘になったものよなァ、昔はもう少し可愛げがあったであろう」


大谷様はそう言いながら、机の上の煙管に手を伸ばした。だが私は大谷様よりも先に煙管に手を伸ばしそれを阻止した。





「……。」

「あら大谷様?これまでにいつ私を可愛いなどとお褒め下さいましたか」

「ヒヒッ、ぬしは可愛げのある娘よ、われは実に実に可愛いと思うておる、故にその煙管をわれに返すがよい」

「全く、心のこもっていないお口でございますね」


はぁ……とため息を吐きながら「申し訳ございません」と大谷様に言い、煙管を大谷様の手に返した。







「ぬしは可愛げのある娘よ、真にそう思うておる」


煙を吐きながら、
大谷様は私に言った。




「そうですか、しかし大谷様は可愛げのある女子(おなご)より、気品があり頭も良く、見目美しい方がお好みでしょう?」

「否定はせぬが」

「大谷様は女子(おなご)を誑(たぶら)かすのがお上手いでしょう、とても慣れていらっしゃるようで、瀬戸内の巫女様もそうだったように、私めも是非とも大谷様に誑かさせたいものです」

「ほう、われが慣れておると……また驚きの節穴よ、しかしわれがぬしを誑かすか、実に愉快な例え話よ、ぬしは難しい事を申すなァ」

「いえいえ、お口の上手い大谷様でしたら私などの心を揺さぶるなど容易な事と思います」

「……しばし待て、言葉が思いつかぬ」



われがこの娘を口説き落とすような口上手い言葉と、難しい事を言うものよなァ






「大谷様?お言葉が見つからぬほど難しい事でしたら無理にとは言いませぬ、私は先程の可愛げがあるという言葉だけで充分にございますよ」

「……腑に落ちぬ、では娘よ手を出せ」

「手でございますか?」


一体、何でしょう?
煙管の灰は落とさないで下さいまし、






大谷様は、机の引き出しを開け何かの包みを取り出したかと思えば、その包みを私の手の上に置いた。





「これは……?」

「ぬしにやろう」

「?」



一体何を、と包みを開けると
中には赤い櫛が包まれていた。


蝶の形をした綺麗な石が埋め込まれていて、日の光が当たるとキラキラと輝いていた。








「……まぁ、美しい櫛にございますね」

「ぬしが使え」

「これを私めに?」

「はて、女子(おなご)は櫛を貰うと喜ぶと聞いていたが見当違いであったか」

「いえ、とても嬉しいです、こんなにも綺麗な櫛を頂けるなんて」

「……。」

「ああ、これでは女子(おなご)はころりと大谷様に誑かされてしまいますね、女の欲しがる物をさり気なく渡すとは、流石大谷様、お上手にございます」

「われは女に小物を与えたりはせぬ」

「ですがこれは」

「以前、妻にやろうとした物よ」

「……そうでございましたか」

「……。」

「けれど綺麗な櫛にございます、こんなにも良い物ならば奥方様もさぞ喜んだ事でしょう」

「……。」

「大谷様?」


ずっと黙ったままの大谷様が気になり、声をかけると、ふう……っと大谷様は煙を吹いた。







「……。」

「あの、大谷様?この櫛は本当に私が頂戴してもよろしいのですか?」

「ぬしに」

「は、はい」

「ぬしに渡そうと用意させた」

「え、奥方様にではなく……?」

「あれに物はやっておらぬ」

「大谷様は……女中の私めに、この櫛を用意して下さったのですか?」

「要らぬと申すならば速やかに返却されよ、じきに娶る妻の機嫌取りにでも使うまでよ」

「お言葉ですが大谷様、これは「今」、「私」が、大谷様から頂いた櫛にございます。この櫛はいずれ来られる奥方様の物にはなりませぬ、その方には別の物をご用意下さいませ」



大谷様にそう言って、
再び綺麗な色と飾りの櫛を見つめた。



綺麗な赤に、綺麗な蝶、



とてもとても、美しいです。



この白い石の蝶は、まるで大谷様の兜飾りのようでとても素敵にございます。






「……。」

『(うっとり)』

「(はてさて……)」






この娘でも、こんな表情をするのか。


その顔はまるで好い人から贈り物を貰ったかのような顔ではないか。そんなに頬を染めんでもよい、いつものように凛とした態度でいれば良いだろう。それがぬしでぬしの良い所であってぬしの存在意義というものであろう。淑やかであれ、上品であれ、主に従うだけのただの女であれ、しかしぬしは何故、




何故、そのような

「女の顔」をしているのか








「大谷様」

「なんぞ」

「とても気に入りました、この櫛、大事に使わせて頂きます」

「さようか」

「やはり大谷様は女子(おなご)を誑かすのが上手いですね、これでは放っておかない女もおりましょう、あの巫女様もを誑かす大谷様はお上手な殿方にございます」

「われは女狂いではない、粗相の無い男と称するな娘よ」

「では紳士的な方にございます」

「……ぬしも撫で声で擦り寄れば少しは男がやってくるであろうに」

「猫は飼い主にしか撫で声を出しませんよ」

「はて、飼い主と」



一体誰の事を言っておるのか。


しかし、この娘もそのへんの女と変わらぬ一面があったとは。



美しい物ひとつで、こんなにも喜ぶとは……欲の無い娘と思っておったが。







「大谷様から頂いた櫛……綺麗な櫛」

「……。」



戦前だというのに、
少々浮かれ過ぎではないか娘よ。


この娘が近々、返り血で染まるなど
一体誰が思うだろうか。





「……ヒヒッ」






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