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漫画の締め切りから解放された私は、
ひたすら部屋の掃除をしていた。
「うん、綺麗になった」
学校から帰っても特にする事がなく
リビングやダイニング、
自室やトイレやバスルームなど
ありとあらゆる場所の掃除をした。
ちなみに一静君の部屋は掃除していない。
ほらだって男子高校生ってほらアレじゃん。
よく部屋を勝手に掃除した母親と喧嘩してる、ああいうイメージがあるから下手に入る事が出来ない。
ちなみに私は掃除が好きだ。
漫画を描いている時は、他の事には何も手に付かない私だが、手が空けばこうやって掃除をひたすらする。無駄に広いこのマンションの一室を綺麗にするのは大変だが、やり甲斐はある。
掃除が終わったら、
洗濯して、
晩御飯の支度をする。
これでも一人で暮らしていたんだ、家事は苦手ではない。一静君程ではないが、料理だって一応出来る。
「あ……料理上手なヒロインっていうのもいいな」
晩御飯のビーフシチューを煮込みながら、次の漫画に登場させたい主人公を考えていた。
料理上手なヒロインで
とにかく優しくて
どこか大人っぽくて
さりげなく気が利いて
「……ああ、これ一静君だ」
次のヒロインは一静君をモデルにしようかな一静君だったら素敵なヒロインになれる。料理上手だから男の胃袋も掴んで、大人っぽいから色々な人にモテて、
私なんかよりずっと……。
「ただいま、葵さん」
「一静君は素敵な女の子になれるよ!」
「ごめん、俺男の子だから」
「あ、おかえり一静君」
「ただいま」
部活で少し遅れて帰ってきた一静君が私の前に困った顔で寄ってきた。今日はビーフシチューだよ、と伝えると「美味しそうだね」と笑顔で言ってくれた。
「ところでどうして俺は素敵な女の子になれるの?」
「ああ、さっきの事だったら忘れて?」
「気になるけど?」
「うーん、あのね、実は次の漫画のヒロインを考えていたんだけど一静君みたいな女の子だったら良いヒロインになるなぁって思ったの」
「俺がヒロイン?」
「うん、きっと素敵なヒロインになれる」
「……あんまり嬉しくないけど、葵さんがそういうなら良いかな」
「モデルにしても?」
「いいよ」
「一静君は優しいね、女の子にモテそう」
「残念だけどモテないね」
「そう?」
火を止めて、晩御飯を配膳した。
その間に一静君は着替えに自分の部屋に行って、戻ってきて私の手伝いをしてくれた。やっぱり優しい!
作ったビーフシチューも一静君は美味しいと言ってくれたし、後片付けも手伝ってくれた。
「一静君、本当に出来た息子さんだね」
「ん?」
「世の中のお母さんは一静君みたいな息子が欲しいんじゃないかなって思った」
「例えを聞くと、葵さんがお母さんの立場に聞こえるな」
「一静、いつもありがとう」
「どうしたの急に」
「お母さんの気持ちになって言ってみた」
「どうだった?」
「私、お母さんじゃないから変な感じになった。慣れない事はするもんじゃないね、一静君の要領の良さと気の利く所を褒めたかったんだけど」
「それは褒め過ぎじゃないかなぁ、要領の良さは分からないけど、俺は好きでやってるだけだし」
「一静君、本当にモテてないの?」
「モテないねぇ」
「世の中の女の子は一静君の魅力に気付かないのか」
こんなにも優しくて、出来た子だというのに
。おっといけない、また母親視点になった。
「葵さんも要領良いでしょ、料理も上手だし、優しいし、可愛いし、モテないの?」
「料理は自信あるけど可愛くないよ?」
そう言って、一静君が洗ってくれたお皿達を拭いていった。
「(私のどこがモテるというんだ)」
漫画にしか興味ないし、
学校ではよく寝ちゃうし、
髪も手入れ出来ないからこんなだし、
お洒落なんて絵の中でしか発揮しないし、
喋り方も女の子っぽくないし、
恋の匂いがすればすぐネタ帳に書くし、
恋する漫画を描いているくせに
自分に「恋」という文字は欠片もない!
「私に恋はまだまだ早い」
「少女漫画家なのにね」
「こういう恋がしたいっていう引き出しはいっぱいあるんだけど、願望は全て漫画の中で充分だよ」
「ふーん」
そっか、と一静君は呟いた。
「一静君はすぐに彼女作れそうだね」
もし一静君に彼女が出来たらデートの様子とか感想とか教えてくれないかな?それは流石にプライベートだから聞いたら怒られるかな?
「俺は彼女作る予定もないし、いらないかな」
「そうなの?」
「……今はバレーがしたいから」
「ああ、そっかそうだよね。レギュラー争いとか練習とか大変だもんね」
「……。」
「一静君?」
「……そうだね」
「?」
どうしたんだろ?
やっぱり彼女欲しいのか?
「葵さんは?」
「彼氏?うん、私も彼氏は今すぐ欲しいわけじゃないし、今は漫画で精一杯!」
「一緒だな」
「一緒だね」
(私に恋はまだまだ早い!)
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