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「ただいま」
買い物から帰ると、
見覚えのないスニーカーが玄関にあった。
「おかえり葵さん」
「おかえり〜葵ちゃん」
「あ、花巻君」
リビングに向かうとソファーに座る花巻君の姿があった。制服姿という事は学校からそのまま松川家に来たらしい。
まぁ、うち学校から近いからね。
「今日は部活無かったんだね」
この時間に家にいる事はそういう事だろう。エコバッグに入った食材を冷蔵庫の中に入れながら二人に話しかけた。
「体育館の定期点検があるとかで部活無くなってさ、んで松川んちに遊びに来た」
「そうなんだ、ゆっくりしていってね花巻君」
「ありがと葵ちゃん」
そう言って花巻君はリビングの机の上に置いてあった今月号の少女コミックを読んでいた。男子高校生が少女漫画を読んでる姿は、やっぱり違和感あるなあと思ったけどあえて何も言わない事にした。
「葵ちゃんてさー」
「ん?」
ガラスのコップに麦茶をいれて、三人分の飲み物をリビングのテーブルの所へ持って行くと花巻君に話しかけられた。
「いつからこういう漫画描いてんの?」
「んーっと、描いた漫画を投稿するようになったのは中学に入ってからだよ、何度目かの投稿でやっと賞を取って、連載の話を頂いたのは中三の時」
「へー……って事は葵ちゃんて中学ん時、恋愛経験が豊富だったんだな、中学の時の彼氏とは別れちゃったの?」
「うん?私そんなに恋愛経験豊富じゃないよ?彼氏もいたことないし」
「は、いやでも少女漫画描いてるわけだし、このキスのシーンとか恋愛感情とかリアルだし、こういうのってひと通りの恋愛をしてないと描けないんじゃないの?中学の時の葵ちゃんってどうだったの?」
「んー、中学の時は好きな人いたけど、そこまで経験があるわけじゃないよ?分からない事だらけだからネットで調べたり、友達に聞いたりして漫画の参考にしてたよ」
「あー、なるほど。情報源はネットか」
「(葵さん、好きな人いたんだ)」
葵さんが持って来てくれた麦茶を、花巻と葵さんの会話を聞きながらソファーに座って飲んだ。
「でも流石にキスくらいは経験あるんじゃないの?少女漫画で一番大事なとこじゃん」
「え、えっと、それは」
「あ、やっぱりキスは経験あるんだ。なになに?どういう経緯でちゅーしたの?相手どんな奴?」
「で、でもそれは高校になってからで!中学の時ぜんっぜんそういう経験なかったし、そのっ」
「うん?……高校になってから?」
「うん、だからその」
「ああ、ふーん、なるほどね」
花巻はちらりと松川の方を見た。
涼しい顔でソファーに座り、足を組んでいるその男は、飲んでいるそれは本当に麦茶なのかと疑いたくなるほど大人っぽい姿だった。
「……。」
「なぁ松川、お前」
「……。」
「(松川お前、葵ちゃんとキスしたろ)」
ああ、今すぐ言いたい。
葵ちゃんとちゅーしたんだろって
松川を問い詰めたい
けど葵ちゃんの為に言わないでおこう。
ああでも、顔がにやけてしまう!
つーか松川よ、葵ちゃんに本当に手を出していたのか。おいこら聞こえないフリしてんじゃねーよ、俺と葵ちゃんの会話聞こえてただろ。
あれ?でもキスしたって事は
この二人って付き合ってんの?
「葵ちゃんって今彼氏いんの?」
「え?いないけど?」
「マジで?キスしたのに?別れたのか?」
「うん?私誰とも付き合ってないよ?」
「ん?」
「?」
「(え、なに、どういう事なの、葵ちゃんがキスした相手って松川じゃねーの?松川じゃなくてもキスしたのに付き合ってないとかそういうのアリなの?最近の高校生の恋愛って乱れてんの?)」
「花巻君?」
「じゃあ葵ちゃんはキス逃げされたって事?」
「キス逃げ……?」
「……っげほッ、ごほッ!」
「どうなの葵ちゃん?」
後ろで松川が麦茶でむせてたけど無視した。
なんだよやっぱり松川が葵ちゃんにキスしたって事でいいの?よく分かんねーんだけど
「うーん、でも漫画を描くときの参考になったし、私としてはメリットしかないんだけど」
「……漫画を描く参考にねぇ、葵ちゃんはちょっと身を漫画に捧げ過ぎだと思うけどな」
「そうなの?」
「(俺に聞かないで葵さん)」
松川は葵に向けられた視線を逸らして明後日の方向を向いた。
「うーん、でもそうだよね」
「「?」」
「やっぱりキスは好きな人同士でしなきゃダメだよね」
「まぁ、そうだな」
花巻はちらりと松川の方を見ると、良心が痛むのか松川は自分の顔を右手で覆って俯いていた。
(松川お前さ、順番が逆だろ)
(俺も男の子だからね)
(好きな子目の前にしたら手を出したくなるってか)
(花巻は違うのかよ)
(まぁ、理性が保てば……)
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