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「もう一度聞く、何しに来た?」
夏休みも終わりに近付いた今日この頃、
ただいま松川家の玄関には
よく知った男達が三人立っている。
一人は怒っていて、
一人は助けてくれと懇願し、
一人はへらへらと笑っている。
「……で?」
「及川が夏休みの宿題が半分も終わってねぇとか言い出してよ」
「そういう岩ちゃんも終わってないでしょ!」
「頼む松川!宿題を写させてくれ!!松川ならもう宿題が終わってるだろ!?」
「……。」
松川家の玄関で騒ぐ男三人にため息を吐いた
せっかくの部活休みで今日は一日中、葵さんと一緒に居られると思っていたのに、
いたのに、
……こいつらときたら。
よし、ここは葵さんに気付かれないうちにこの三人には帰ってもらうとしよう。
「あれ?みんな揃ってどうしたの?」
「!」
ひょっこりと葵さんが玄関に顔を出して来て、結局見つかってしまった。
ああもう何でこうなるんだ……!
今日は葵さんと一緒にDVD見たり、葵さんと一緒にお昼ご飯のパスタを作ったり、葵さんと一緒に買い物に行ったり、夜はどこか一緒に食べに行こうと思っていたのに、俺の中の計画は全て一瞬で消え去った。
「……チッ」
「……ひぃ!松川、お前顔、顔怖いって!眉間に皺寄ってるぞ!」
「空気の読める花巻なら分かってくれると思ってたんだけどなぁ」
「お、おう」
「みんなどうしたの?」
「あれ?君は確か……えっと、松つんの親戚の」
及川は葵の顔を見たが
名前を思い出せなかった。
「ん?」
「そうだ、葵ちゃんだ!葵ちゃんお願い!夏休みの宿題写させて!」
「あ、テメッ、ずりーぞ及川!おい松川、及川にだけは見せんなよ!コイツだけは自分の力でやらせるからな!」
「いや三人共帰って欲しいんだけど…」
「……とりあえず、中にどうぞ」
「!?」
葵さんが岩泉達にそう言ってしまい、三人は「お邪魔しまーす」と、遠慮なく松川家にお邪魔してきた。
これでもう今日の葵さんとの予定は丸潰れだ。けど俺は葵さんを攻めたりはしない、葵さんは優しいからな、悪いのは全部宿題片手に家に押しかけて来たコイツ等だ。
……覚えてろよ。
「松つんちって初めて来たけど……広っ!?なにこのソファー!かっこいい!なにこのテレビ大きいッ!!ていうかキッチン格好良い!!ていうかこのマンションってあれだよね高級マンションだよね!?」
「おいクソ及川、勝手に人んち動き回るなよ。」
「いやだって松つんち広いよ岩ちゃん!松つんってこんな良いところに住んでたの!?何なのセレブなの!?ブルジョアなの!?6階とか凄くない!?眺めめっちゃいい!岩ちゃん見てみなよ!」
「知ってる、花巻と何度か来てるしな」
「えっ」
「俺は先週遊びに来た。んで、松川と葵ちゃんと一緒にスマブラした」
「えっ!」
「花巻君のヨッシー超強かった!」
「いやいや、葵ちゃんのメタナイトも中々手強かった」
「何なのみんなして!俺も松つんちに遊びに来たかった!俺もスマブラしたかった!なんで俺も誘ってくれなかったのサ!」
「「だってお前彼女いたじゃん」」
「うっ……!」
「しかも彼女が出来た事を自慢して来やがって……クソが」
「何だっけ?年上のFカップだっけ?良かったですねぇ及川君、巨乳の彼女が出来て。爆発しろ」
「もう別れたよ!とっくに振られたよ!」
「ていうかお前ら何しに来たんだよ、宿題するんじゃねーの?」
自分の部屋から夏休みの宿題を取りに行ってリビングに戻るといつもの及川イジメが始まっていた。
いいぞ岩泉、花巻。
もっとやれ。俺が許す。
「花巻君、花巻君、宿題が終わったら今度はマリカーしよう」
「おう、俺クッパな」
「じゃあ私はカロンで、一静君は?」
「……キノピオで」
「じゃあ俺はマリオで」
「え!?ちょっとずるい!俺もマリカーしたいんだけど!」
「悪いな及川、このゲームは4人用なんだ」
「いやそこは代わってよマッキー!!」
「うるせぇぞ及川、じゃあお前ゴリラな」
「え、ちょ、ゴリラ!?せめてドンキーコングって言ってあげてよ!ていうかドンキーは嫌だよ!せめてピーチ姫を使わせて!」
「いや、及川はゴリラだろ」
「ああ、ゴリラだな」
「松つん!?マッキー!?」
何なのみんなして!あーもうさっさと宿題終わらせて全員に赤甲羅ぶつけてやる!覚えてろよ!
「ていうか松川、やっぱり夏休みの宿題は全部終わってたんだな」
岩泉が松川の宿題を見ると、課題になっていた夏休みの宿題は全て終わっていた。
「いや、ていうかあと一週間で夏休み終わりだし、普通は終わってるだろ」
「俺は部活で忙しかったんだよ」
「俺、岩泉と同じ部活のはずだけど」
「……及川よりは終わってる」
「うわ。及川真っ白だな、夏休み何やってたんだよ」
「俺なりに忙しかったんだよ!部活ばっかで彼女の機嫌を損ねちゃったからデートしたりとか、甥っ子のお守りとか!」
「振られたのにな」
「それは言わないで松つん!?」
俺だって……別れたくなかったけど、でも仕方ないじゃん部活は休めないし……と及川はシャーペンをくるくると回しながら呟いていた。
「葵ちゃん、これは?」
「ああ、これは教科書のこのページを見れば分かるよ、応用は一緒だから」
「あ、なるほどな。これであってる?」
「あってるよ、計算速いね花巻君」
「俺はやれば出来る子だからなっ!」
「……。」
ふと横を見れば花巻が葵さんに数学の課題を教わっていた。隣同士で座る二人の距離は近かった。
俺ですら滅多に葵さんとあんなに近く座ったりしない。教えて貰う為とはいえ…何だか腑に落ちない。宿題が終わったすぐその場所を代われ花巻。
「ちょっと松つん!教えてくれないなら写させてよ!」
「駄目だっつってんだろクソ及川!自分でやらねーとテストでえらい目にあうぞ」
「俺は赤点なんて取らないよ!」
「お前この前のテストギリギリだったじゃねぇか」
「う……あれは、その」
「教えてやっから喧嘩すんな二人共、ほら及川どこが分かんねーの?」
しばらく及川と岩泉の宿題を手伝ってやると、「終わったー!」と、花巻の声が聞こえた。
ある程度は自分で終わらせていたようで空白になっていた問題を葵さんから教わったようだ。
そして宿題が終わっている二人はいそいそと嬉しそうにゲームの準備をしていた。二人はとりあえずマリカーから始めるらしい。
その姿はとても仲が良さそうで、いや元々葵さんも花巻も人付き合いが上手く、コミュ力が高い、二人が仲良くなるのにそう時間はかからなかった。
けど仲の良い二人を見て、この二人がこのまま付き合ってしまったらどうしよう……と思ってしまう。
葵さんだって好きな人がいつか出来るだろうし、花巻だって葵さんを好きになるかもしれない。
もしそうなったら俺はどうする?
「(きっと俺は、)」
(いつもみたいに涼しい顔をして、見ているだけ)
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