25
「あ、葵ちゃんだ」
「あ、花巻君だ」
夏休みを迎えて、残念な事に一教科だけ補習になった私はこうしてわざわざ夏休みに学校に来ている。私服で来ても良いという事だが、そもそも補習の為に学校に来たくはない。学生の夏休みというのはとても貴重であると私は思う。
教室には私と花巻君を含めて10人程集まっていた。補習は午前中のみで、用意されている課題をこなせば終わった人から帰っていいらしい。
「葵ちゃんも追試もダメだった系?」
「うん、数学だけダメだった系、一静君に教えて貰ったんだけどね、ギリギリ4点足りなかった」
一静君にせっかく教えて貰ったのに
凄く落ち込んでいたなぁ一静君。
申し訳なくて、私は何度も謝ったんだけど、
……一静君は無言でずっと項垂れてたし。
悪い事しちゃったなぁ。
「でも花巻君って勉強出来そうなのに補習?」
「今回がたまたま悪かっただけだし、俺は数学と国語、追試でもギリギリ20点だけ点数が足りなかった」
「……それもうギリギリって言わない」
「松川に勉強を教えて貰おうと思ったんだけど忙しいからって断られたんだよなぁ、そっか葵ちゃんに勉強を教えていたのか」
「ごめんね、一静君をずっと借りちゃってて……勉強を教えて貰ったおかげで私は補習をなんとか一教科に抑えれたし」
「まぁ俺の場合は松川に教えて貰っていたとしても補習を逃れられるとは限らなかったしな、とりあえずさっさと課題終わらせよーぜ」
「そだね」
補習生徒が集められた教室では、みんな各々喋りながら課題のプリントをやり始めた。教室には見張りの先生はおらず個々それぞれ自由に課題をこなしていた。早い人はもう提出して教室を出て行っていた。
……くそう、私も早く終わらせたい。
「あれ?そういえば今日ってバレー部は練習がある日じゃないの?一静君は今日部活あるって言ってたし、花巻君もジャージ着てるし」
「そうなんだよなぁ、でも俺は補習があるから部活に参加出来ないし……けど早く部活に行きたい、とりあえず今日は午後から出る予定」
「そうなんだ、終わりそう?」
ちなみに私はもう課題の半分は終わっている。
テスト範囲から出題されているみたいで、一静君と一緒に勉強した問題ばかりなので意外にもスムーズに進んでいる。これなら早く帰れそうだ。
「問題解くの面倒臭ぇ。漢字書くの面倒臭ぇ……バレーしたい」
「……花巻君」
「これいつになったら終わるんだ?」
「そんなに難しい?」
教室にいた生徒達には一人、また一人と課題を終わらせて教室から出て行った。かくいう私も課題のプリントはとっくに終わり、提出して帰ろうかな……と思っていた。しかし花巻君が苦戦しているのを見てなかなか帰れずにいた。
そしていつの間にか
教室には私と花巻君だけになった。
「花巻君、私のでよければ課題写す?」
「……いいのか?」
「丸写しは良くないと思うけど、国語の課題はもう終わったんでしょ?」
「国語はなんとか終わった、けど」
「部活、遅れちゃうでしょ?午後からじゃなくて本当は今すぐ行きたいんじゃないかな、って思って」
「……葵ちゃん(感動)」
プリントを渡すと花巻君は「ありがとう!」と言って、私が終わらせた数学のプリントを写し始めた。すぐに写し終えた花巻君は国語と一緒に数学の課題を提出した。
私も課題のプリントを提出して、部活に行ける事を嬉しそうにしている花巻君と一緒に教室を出た。
「そういえば葵ちゃんってこのまま帰る?」
「そのつもりだけど?」
「ちょこっとバレー部の見学していかない?松川もいるし」
「え、夏休み中なのに部活の見学してもいいの?練習の邪魔にならない?」
「だーいじょうぶ!どうせ今日も及川目当ての女子生徒が結構な人数で見学しに来てるし、最近は他校の女子生徒も来てるみたいだし?」
「及川君、相変わらず人気だねぇ」
「んできっと今日も岩泉がキレてるw」
「大変だね、岩泉君」
「それで松川がキレた岩泉を落ち着かせてる」
「ああ、一静君はそういうポジションなんだ」
「まぁたまに、基本的に松川は口を出したりフォローしたりとかあんまりしないかな、傍観者っていうの?面倒見が良いのかと思いきや、松川ってすっげーサバサバ系だし」
「え、そうなの?一静君って優しくない?」
家ではお手伝いしてくれるし、
何かと私を気にかけてくれるし、
凄く優しいと思うけど?
「松川が優しいのは女子と葵ちゃんだけだと思う。だって俺らにはたまに冷たい時あるし」
「へぇ」
なんだか私の知らなかった一静君の一面を知った気分。意外とサバサバ系なのか一静君は。
「あれ?花巻、補習終わったのか?」
体育館に入ると、案の定機嫌の悪そうな岩泉君がいた。バレーボールは人に投げてはいけませんよ岩泉君。
及川君、今度は何をしたんだろう。
「ってあれ?松川?なんでここに?」
「私も補習組でした。ねぇ岩泉君、少しの間練習を見学してもいい?」
「いいけど、流れ弾とか危ないから上で見るようにしろよ」
岩泉君が頭上を見上げると、及川君目当てなのか女子生徒が何人か見学に来ているようだった。けど何人かの視線を辿ると及川君の方を見ているのは全員ではなかった。
「……また増えてる」
「バレー部ってモテるね」
「は?どうせ及川目当てだろ、クッソ」
「(岩泉君、自分も女の子達に見られているって気が付いていないのかな)」
大丈夫だよ岩泉君、
岩泉君の事を見ている女の子も結構いるよ。
岩泉君、モテてるよ?
さて、
上でゆっくりと見学させてもらおうかな。
……うわ、女の子いっぱいだな。みんな夏休みにわざわざ学校に来るとか凄いな、まぁそういう私も来てるけど(補習で)
「あれ、葵?」
「あれ?何してんの?」
話しかけられたので誰かと思えば、
女子バレー部の友人がいた。
「ん?今日部活は?」
「今は休憩時間だから男子のバレー見てる、これから練習試合だってさ」
「へぇ、じゃあ花巻君ギリギリ間に合ったかな」
「ああ、アンタら補習組か。大変だねぇ夏休みにまで学校来て勉強しなくちゃいけないから」
「あと4日も補習とかしんどいよ……」
ちなみに今日は月曜日。
私は金曜日までずっと補習になってしまった。しかし補習に参加すれば赤点分の単位は貰えるので留年の心配はなくなる。
……けど次回からはちゃんとテスト勉強をしよう。一静君にも迷惑かけられないし。
「お、試合始まった」
「あれ?花巻君と一静君は出てないのかな、コートにいない」
「やっぱり一年はたまにしか試合に出して貰えないよね……うちもそうだし」
「そうなんだ」
残念、久しぶりにバレーしてる一静君が見れるかと思ったのに。
「あ、花巻君がいるー」
「補習終わったんだって」
「松川君と喋ってる、あの二人仲良いよね」
「二人共超かっこいいー」
「松川って大人っぽいよね」
「わかるー」
「(ん?)」
おやおや?
おやおやおやおや?
隣にいる女子生徒の集団が
キャッキャと練習試合を見てはしゃいでいた。
そこの彼女達、どうやら松川家の一静君の大人っぽい魅力に気付いてくれたみたいだね。
「(うん、及川君は確かにイケメンだけど……うちの一静君も負けてない。大人っぽいオーラあるし、身長も高い方だし、かっこいいよね)」
あと優しいし、気が利くし。
「及川もカッコいいけど、花巻とか松川も背が高いしヤバイよね」
「この前さ、日直で松川と一緒だったんだけど、黒板消すのに手が届かなくて困ってたら松川が「こーいうのは男にやらせればいいよ、まぁ手が届かなくて困ってる姿も可愛いかったけどね」とか言ってたんだよね、何アイツまじイケメン。あやうく惚れそうになったわ」
「さりげなくイケメン臭漂わせてるよね」
「なんなのあの大人の余裕……あ、同い年か」
「……。」
う、うん。
一静君は優しいし、気が利くし……
困ってる女の子がいたら手伝ったりするよね。
「松川君って良い体してるよねー」
「分かるー、なんかエロい」
「あれで高一とか将来怖いわね」
「彼女居ないなら告っちゃえば?」
「(一静君、高評価だなぁ……)」
知らない間に、知らないところで一静君は過大評価されていました。
嬉しいような、悔しいような。
ん?悔しい??
なんで悔しいの?
一静君が優しいのは知っていたし、
他の女子生徒から良い風に見られているならいいじゃん、嬉しい事じゃん。
胸張って喜べばいいのに……何で?
「……。」
ふと、一静君の方を見下ろすと彼は私に気が付いたのか、小さく手を上げていた。同じように私も小さく手を上げると、彼は隣に居た花巻君に話しかけられて何か言っていた。花巻君に何を言われたんだろう?
「あ、花巻君と一静君がコートに入るみたい」
「ほんとだ。男バレの監督は一年でも積極的にコートに入れる人みたいだね」
「……。」
ふと隣を見れば、コートに入った一静君や花巻君を見る女子生徒達。
一静君を見ているのは、きっと私だけじゃない
ねぇ一静君は、私を見たの?
それとも別の女の子を見ていたの?
「(……痛い痛い、)」
なんだか胸の辺りがチクチクする。
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