22
「葵さん…?」
葵さんの部屋をノックして、
ゆっくり彼女の部屋へとお邪魔した。
ベッドで眠っている葵さんの顔を伺うと、どうやら眠っているようだった。熱が少しでも下がっているかなとふと葵さんの額に手を当ててみると、まだ熱はあるようだった。
「一静君、?」
「あ、ごめん。起こした?」
自分の名前を呼んだ葵さんに近付いて小声で言った。起こしてしまったので申し訳ないと思いながら彼女の頭をゆっくりと撫でた。
「……。」
「葵さん?」
どうやら彼女はまた眠ってしまったらしい。熱もまだ高いし、まだ辛いようだ。
早く元気になって欲しい。そしてまたいつものように一緒に居て欲しい。一緒に御飯を食べたり一緒に出かけたりしたい。
辛い時は頼って欲しい。
我儘だって言って欲しい。
「葵さん、何かして欲しい事があったら何でも言って」
俺は葵さんの為なら何だってするから。
葵さんはしっかりしてるからあんまり俺を頼ろうとはしてくれないけど。
手を伸ばして欲しいといつも思う。
俺も男だし、好きな人には頼って欲しい。
「(俺じゃ頼りないのかな)」
どうしても弱気になってしまう。
だってやっぱり俺は葵さんにとって親戚の松川君に過ぎないから。それ以上の関係を望んでいるのは俺だけかもしれない、と思ってしまう。
キスしたいし、触りたいと思う。
それはやっぱり、好きだからであって。
でもキスは好き同士がするものじゃないの?と葵さんに聞かれた時はショックだった。
好きなのは俺だけだったんだと、
そう言われた気がした。
唇を合わせたからといって、心が合わさったわけじゃない。むしろ何も変わっていない。これは葵さんが鈍感なのか、それとも俺がちゃんと自分の気持ちを言わないのがいけないのか。
「葵さん」
「……ん」
「!」
葵さんの顔を覗いていると、
彼女の目がゆっくりと開いた。
「……一静君」
「おはよ、葵さん」
「今、何時?」
「17時半くらい、大丈夫?」
「うー……。」
「まだ調子悪いみたいだね」
「……。」
「薬取ってくる。あ、ゼリー食べる?」
「……一静君」
「ん?」
薬を取りに行こうと立ち上がろうとしたら、葵さんが俺の服を掴んでいた。
「葵さん?」
「いっせ、い、くん」
「……っ」
熱がまだ下がっていないせいか、頬が火照っている彼女を見て、立ち上がるのをやめて葵さんに近付いた。
葵さんはぼんやりした様子で俺をジッと見ていた。正直言って俺はその顔を見て落ち着かなくなった。出来ればこの場から逃げ出したい。
このままだと何かしそうになるから。
「葵さん、服から手を離して」
そう言うと、しゅん……とした表情で葵さんは俺の服から手を離してくれた。違う、俺は嫌でそう言ったんじゃない。離してくれないと逃げ出せないし、これ以上は理性と戦えそうにない。
「葵さん、ちょっと待ってて」
「一静、君」
「何?他に欲しいものある?」
「……ない」
「でも」
「……いて」
「え?」
「一緒に、いて」
「え?」
彼女は今、なんて言った?聞き間違いでなければ、葵さんは俺に一緒に居て欲しいと言った?
「え、いや……え?」
「……一静君、お願い」
「……っ」
火照った顔の葵さんは息づかいも荒く、そんな彼女を見て俺の理性はどこかへ飛んで行った。
多分、もう帰ってこない所に行ってしまった。
俺はベッドで横になっている葵さんの唇に自分のを合わせた。してはいけない事だと分かっていたはずなのに俺は止める事が出来なかった。触れてみると熱を持っているせいかいつもより温もりを感じた。我慢出来なくて葵さんの中に舌を絡めた。
体調を崩している葵さんに俺はなんて事をしているんだと自分に言い問いつつも、それを止める事出来なかった。
だってやっぱり好きだし。
「……んっ」
「……。」
これ以上はやばいと思い、唇を離した。
このままだと押し倒して何をするか分からない。リビングには花巻と岩泉がいるし、何より今は良くても後が怖い。葵さんに嫌われたくはない。平手打ちや晩御飯抜きくらいならまだいい、嫌われる事は絶対に嫌だ。嫌われたら俺もう立ち直れない。
「……一静、くん」
「……ごめん」
「……。」
「?」
急に静かになった葵さんの顔を覗いて見ると、彼女はうとうとしていた。
「……眠い」
「今はしっかり寝よう、後でまた見にくるから」
「わかった……おやすみ」
「おやすみ」
葵さんの頭をもう一度ゆっくり撫でて、彼女の部屋を出た。リビングに戻ると、花巻に「松川、顔赤いけど風邪?」と言われてしまった。
そりゃまぁ俺も結構、動揺していたし。
葵さんがあまりにも可愛いかったから顔も赤くなったのかもしれない。
「松川、どうだった?」
岩泉に聞かれて、ハッとした。
まだ顔が赤いかもしれないと気にしながらリビングにあるソファーに座った。
「葵さん、まだ熱があったよ」
「そっか、本当に風邪か?」
「分からない、やっぱり心配だから明日病院に行くよ」
「だな」
そんな話をしていると、またインターホンが鳴った。今日はやけに来客が多いな……と思いながら誰だろうと見ると、知らない男のようだった。
葵さんの担当である小湊さんは昼頃に来たから、そういう類の人では無いだろう。それに今来た彼は青城の制服を着ている。けど俺はこの男を知らない。
「誰だ?」
花巻も知らないようで、とりあえず出てみるか?と岩泉が言ったので玄関に向かって扉を開いた。
「……どちらさま?」
扉を開けるとやはりそこに居たのは、青城の制服を着た男だった。そして俺の顔を見るなり驚いていた。なんだその顔は、俺が出てくると思わなかったのか?
「え、あの……ここは松川さんのお家で間違いないですか?」
「そうだけど、君は?」
「えっと、松川さんと同じクラスの影川です……今日松川さんが休んだのでプリントやノートを届けに来ました」
「葵さんと同じクラス?ああ、わざわざありがとう」
「あの、すみません」
「ん?」
プリントとノートを彼から受けとると、
まだ何かあるのか話しかけられた。
俺より背の低い彼は俺をジッと見ていた。
「あ、もしかして松川さんのお兄さん、ですか?」
「違うけど?」
っていうか俺……君と同い年なんだけど。そんなに年上に見えるのかな。(後ろで聞いていた花巻の笑う声が聞こえた)
「え、じゃあ……?」
「兄じゃないけど、俺はここに住んでる。大丈夫、ちゃんとこれは彼女に渡しておくよ」
「あの、お兄さんじゃないなら、松川さんとどういうご関係ですか?どうして一緒に住んで……。」
「内緒」
悪戯心で、ニヤッと笑って彼にそう言うと、影川君という彼は何を想像したのか真っ赤な顔になった。一体何を想像したんだ。純情だなぁ彼は。
「え、っとあの、松川さんにお大事に、とお伝え下さい。あの、俺はこれで……。」
「ああ、うん。わざわざ家まで来てくれてありがとう」
軽く手を振って、
真っ赤な顔をした彼を見送った。
きっと彼は葵さんの事が好きなのかもしれない、ふとそう思ったと同時に少し嫌な気持ちにもなった。クラスでの葵さんの交友関係は詳しくは知らないけど、彼ともそれなりに仲がいいのかもしれない。こうやって届けてくれるという事は家が近いからか、それとも好意的だからか。
「とりあえず花巻、笑うのそろそろやめてくんない?」
「松川、お前やっぱり同い年に見えないわwお兄さんて、同い年なのにお兄さんて(笑)」
「まぁ、自分でも分かってる」
「つーか、今の奴すっげぇお前にビビってたぞ?普通に親戚だって言えば良かったんじゃねーか?」
「「分かってないな岩泉は」」
「……お、おう?」
花巻と松川に同時に言われ、岩泉は少し引いた。申し訳なさそうに口を閉ざしてしまった。
「葵さんの交友関係ってどうなんだろ」
「つか知らないのかよ」
「あんまりそういう話しないから」
出会った時は忙しいからって恋愛事に興味ない様子だったけど、最近は彼氏を作ってみようかなと言い出したから余計に心配になってきた。
(最近、心配事が増えた気がする)
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