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「……発表しまーす」
「ん?」
夏休み前のとある休日に、ソファーに倒れ込むように力尽き……寝転がっていた葵さんがゆっくり起き上がって俺の方を見て口を開いた。とりあえず読んでいたバレーの雑誌を閉じて、葵さんの隣に移動して座った。
「はい、どうぞ」
「私は今日からしばらく部屋に引きこもります。いつもの連載の原稿にプラスで夏増刊号の仕事が入りましたー……要は超ハードです、ギリギリです」
「ああ……そうなんだ、じゃあ全力でサポートするよ?何かあったら言ってね」
「一静君はいつも優しいね、締め切りが近い時は一静君に家事とかほとんど任せっきりで申し訳ないです……でも漫画は締め切りまでに遅れずに描き上げたくて」
「分かってるよ。俺は葵さんのおかげで好きな事をやらせて貰ってるから葵さんも好きな事をやればいいと思うよ、気にしないで……っていうか無理はしないでね」
彼女の頭をポンポンっと触ると、
「ありがとう」と言って、にへらと笑った。
ああもう可愛いなぁ。
「一静君とか及川君のおかげでネタはいっぱい出来たからあとはひたすら描くだけなの」
「ん?俺って何かネタ提供した?」
「うん、ちゅーの仕方とか男の嫉妬?とかあと色々と助かった」
「……ああ」
それか。出来れば「嫉妬」の方は忘れて欲しいけど、まぁ仕方ない。
「恋愛ストーリーに四苦八苦してた私だけど、リアルなストーリーが描けようで気合いが入るよ!」
「……葵さん」
「ん?」
「キスしてもいい?」
「え、何で??」
「したくなった」
「え、キスって急にしたくなるものなの?」
「うん」
ぐいっと顔を近付けて、彼女を見下ろすと葵さんは何か考えているようだった。
……ていうか、逃げないんだ?
それってしても良いって事でいい?してもいいならするけど、俺はしたいから。
「ねぇ、一静君」
「ん?」
キスをしていいかなと思って、唇をゆっくりと彼女に合わせようとした。
「好き同士じゃなくても、キスってするんだね」
「……。」
彼女の言葉に、俺の体はぴたりと止まった。俺と葵さんの距離は約数センチ。
「えっと……」
「私、てっきりキスっていうのは恋人同士とか愛し合っている者同士がするって調べて分かったんだけど、実際はそうじゃなくてもするんだね」
「……。」
「そういえば外国じゃあキスは挨拶だもんね、納得!」
「……。」
俺の止まった体は、再び動き出して
もう少しで合わさりそうだった唇は彼女から離れた、体もゆっくりと申し訳なさそうに離れた。このままキスをしてはいけないと俺の中の何かが本能で感じたからだ。
「葵さん」
「ん?」
「ごめんなさい」
「なんで一静君は謝ったの?」
「キスしようとしてごめんなさい」
「ん? うん、うん??」
「深く考えなくていいから」
「わかった」
そう言うと彼女は「じゃあ原稿描いて来るね」と言って部屋へとこもってしまった。いつもの事だけど、葵さんが部屋に引きこもってしまうと俺は少し寂しかったりする。仕事だから仕方ないと分かってはいるんだけど。
「(無理して体調を崩さないといいけど)」
読みかけの雑誌を手にして、続きを開いた。
シンと静かになったリビングは一人だと広く感じた。そういえば葵さんはここに一人で住んでいたんだっけ?
一人にしては広いな……この部屋。
2LDKのマンションに女子高生が一人ってどうなんだろ、俺が言うのもなんだけど葵さんの親っていうのは結構放任主義だなと思う。それか葵さんが歳の割にしっかりしているかのどっちか。
「(そういえば俺、いつまでここに住むんだろ?)」
もしかして、高校卒業と同時に自立?
大学は行った方がいいのか?
その前に俺は大学に行けるんだろうか?
卒業後に就職なら自立した方がいいのかな。
考えたら、頭が痛くなった。
高校でバレーの事ばかり考えているわけにもいかない。進路をどうするか考えないと。
「卒業……か」
葵さんは卒業後はどうするんだろうか、
大学に行くとか聞いた事ないけど…。
でも彼女の事だから漫画家は続けそうだな。
なんていうか……。
葵さんと離れたくないな。
この数ヶ月で俺は彼女を大事に思っている。
葵さんに世話になっている恩だとか
そういうのが含まれているのは否定しないけど。
それでも、俺は色々ひっくるめて
葵さんの事を好きになったんだと思う。
彼女に、俺の事を見て欲しいなんて
そんなのいつでも思っている。
だから、
(彼女と、ずっとこのまま一緒に居たい)
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