19
目指すは王子様(イケメン)!
「及川君!」
「あ、君は……どうも」
放課後、部活に向かう途中らしい及川君を見つけたので声をかけてみた。隣に岩泉君が「あ、松川の……」と言っていた。
「ん?」
「松川の親戚だろ?違うのか?」
「そうだよ、一静君から聞いたの?松川一静君の親戚の松川葵です、よろしく」
「あ、岩泉一です、よろしくな」
「岩泉君って有名だから知ってるよ」
「え、マジか。俺って有名なのか」
「うん、いつも及川君も影に隠れてるけど男らしくて格好良いよねって女子生徒の中では高評価です」
「及川の影、ねぇ」
俺がモテないのは
やっぱり及川のせいかよクソが。
「岩ちゃんなんで俺を睨むの!?だいたい何の用?俺を呼んだって事は俺に用があるんじゃないの?部活に遅れるといけないから早く用件どーぞ」
「ああ、ごめんね、ちょっと及川君にお願いがあって」
「お願い?」
「及川君の写真を撮りたいんだけど、いいかな?」
「ああ、写真ね、別にいいよ。じゃあ岩ちゃん写真撮っ……」
……パシャ!
「え?」
「及川君、次はこう横向きに」
「えっ」
「次はそのまま目線をこっちに」
「……こう?」
「うん、次は微笑みを下さい」
「(にこっ)」
「ありがとう!モデルがいいから写真写りが良いね!」
「え、ああ、そう?っていうか一緒に撮らなくて良いの?」
「え?一緒に?何で?」
「なんでって……俺と一緒に写真を撮りたいんじゃないの?」
いつもファンの女の子達は「一緒に写真撮って下さい!」って言ってくるからてっきり一緒に撮りたいんだと思ったんだけど、違うの?
ファンの女の子ってそうじゃないの??
「私は及川君の写真が欲しかっただけだけど?えっと……一緒に撮った方がいいの?」
「え、いや、俺からお願いするのはちょっと違うっていうか、あれ?俺のファンなんだよね?」
「ん?」
「え?」
どうゆう事なの?
「俺さー……思ったんだけどよ、別に及川のファンじゃないんじゃねーか?及川の事そんなに好きって感じには見えねぇし」
「ええっ!そうなの!?」
「及川君のファン?うーん、どうなんだろ、顔は参考になるからずっと見ていたいけど」
「参考?」
「うん、漫画の」
「漫画?」
「青城の王子様である及川君をモデルに漫画を描こうと思ってて、それで設定を作ったり、写真が欲しかったりしたんだけど……迷惑だったかな?」
「え……じゃあ俺の事好きじゃないの?」
「え?顔は好きだよ。とても参考になるし」
「!?」
はっきりそう言われ、ずーんと及川は落ち込んだ。結局今までの彼女の行動は、ファンだからや好意があるからなどではなく、ただの漫画のモデルにちょうど良かったからというだけ。
「写真撮らせてくれてありがとうね、岩泉君、及川君部活頑張ってね」
「おう」
「……うん」
二人は笑顔で駆けて行く葵を見て、体育館へと向かった。その間も及川はずーんと落ち込んでいた。
「なんだろう……この敗北感、失恋したような何かを失った気持ちは、いや失恋じゃないよ決して違うよ。岩ちゃんこの気持ち分かる?」
「知るか」
「岩ちゃん冷たい」
「つーか結局お前、あの子の事に惚れてたんじゃねーの?」
「俺が?まさか」
うん、まさかそんな俺がそんな簡単に惚れるなんて、そりゃあ人懐っこいし、俺を見つけてすぐに駆け寄ってくる所とか、俺の事を色々と聞いてきたりする所とか、
なんていうその……ちょっと可愛いなーって思う時はたまにあったけどさ。
たまにね、たまに
「断じて、好きとかっていうのとは違うからね」
「そーかよ」
岩泉は、バレーボールを持ってひたすらサーブを打ちまくる及川を適当に相手した。及川のその様子はどこか腑に落ちなくバレーで気を紛らわせているように見えた。
「なに?及川の奴、機嫌悪いの?」
「なんか及川の様子おかしくね?」
流石にいつもとどこか違う及川の様子に気付いた松川と花巻が岩泉に話しかけてきた。
「で?なんかあった?」
「あー……及川がさ」
「「うん」」
岩泉の言葉に、二人は耳を傾けた。
「失恋したらしい」
「「え」」
予想通り、二人は驚いていた。
「失恋?なに及川って好きな女いたの?ていうか彼女いたの?失恋って誰に?俺知ってる?」
花巻の問いに岩泉は面倒そうに口を開いた。
「松川の親戚の……えっと松川葵に」
「え、葵ちゃん?マジで?」
及川って葵ちゃんの事好きだったわけ?え、でも葵ちゃんは松川と良い感じだし。ああだから失恋?
「松川知ってた?」
「知らない。え、ちょっと待ってそれ初耳なんだけど、及川は葵さんの事好きだったの?」
「本人は否定してるけどそういう事だろ、松川葵が及川の事を……なんだっけ?漫画?のモデル対象にしか見てないって知った途端に、ああやって落ち込んでるつーか、荒れてる」
「あーうん、荒れてんな」
花巻は遠くでサーブをひたすらに打っている及川の姿を見て少しだけ同情した。ほんの少しだけ。
「(ほらやっぱり、葵ちゃんは及川の事、眼中にも無かったじゃん)」
「花巻、お前なんで笑ってんだ?」
岩泉は、くく……と笑う花巻を不審そうに見た。花巻は「いや、別に」と答えたが、
相変わらず笑っていた。
「なぁ、松川」
「なに、花巻」
「良かったな、葵ちゃん取られなくて」
「別に葵さんは俺のじゃないけど」
「やっぱりさ、葵ちゃんは及川の事なんとも思ってなかったわけだろ、及川の勘違いだったし」
「……そうみたいダネ」
「あれ?不満?」
松川って葵ちゃんの事好きじゃないの?あの仲良しぶりを見ていると、てっきりそうだと思ってたんだけど?
「なぁ松川」
「ん?」
「本当はさ、葵ちゃんが及川の事を好きだったらどうしてた?」
「別に、どうもしない」
「えっ」
「葵さんが及川の事を恋愛対象として良いって言うなら俺は全力で応援する」
「お、大人だなー……いいのかよ惚れた女取られても、俺だったら全力で奪い取る」
「俺も花巻みたいに動けたら良いと思うよ、でも葵さんが嫌がる事はしたくない、彼女が幸せなら俺はそれでいい」
「なんだよお前、本当に高校生かよ」
大人ぶってんじゃねぇよ。
俺と同い年に見えなくなってきた。
あーちくしょう、松川に勝てる気がしねぇ。あれだ、大人っぽさでは全敗しそう。なーんかいつも余裕があるんだよなぁ松川って、
「どう見ても俺は高校生だろ、まぁ制服が似合わないのは仕方ないとして」
「ああ、それは自覚してたのか」
「まぁな」
俺だってよく大人っぽいって言われるけど、全然、そんな事ないと思っている。だって、好きな女の前じゃ理性が保てないし普通に嫉妬だってするし、焦ったりもする。
及川が失恋したって聞いて、
実は俺も笑いそうになった。
及川が葵さんに気があるのは薄々気付いていたけど、けどそれは及川がそれを自覚する前にもう全部終わっていたっぽいから安心した。
及川が失恋して、
ざまあみろ、と思ったのは内緒だ。
「(俺はそんなに心の綺麗な人間じゃない)」
ただ、葵さんの事になると、少し俺の真っ黒な部分が漏れてしまうくらいであって。
うん、大丈夫。
いつもの俺と変わりない。
「そういえば松川、漫画のモデルって何の事?」
「あれ、葵さんは少女漫画家だって言わなかった?」
「マジか」
(松川君の同居人の話を詳しく教えて下さい)
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