現代の福島県福島市に位置する『舘の山』。
大鳥城を含む一帯を指す地域のことをそう呼ぶのだけど、北国だけあって夜の訪れが早い。

初夏でも日の入りはとても早く、夜になれば気温が急激に下がるのだ。


そう───私が辿りついた舘の山は現在、初夏。


私の世界では秋だったのに、これから夏が訪れるのだから、何だか不思議だ。


「基治さんも乙和さんも相変わらず仲がいいんだね」


さっきの一騒動を思い出せば、未だにくすくすと笑ってしまう。


「まぁね。毎日ああだと流石に誰も止める気は起きないよ」

「‥‥そうなんだ」


燭台に火を灯しながら四郎が溜息を吐く。
息がかかった炎がゆらりと揺れ、一瞬だけ影を点した彼の横顔にことりと胸が鳴る。


あれから、じゃれあう二人を放置したまま立ち上がった四郎に促されて、案内されたのは見覚えのある一室だった。
見覚えがあるのも当然。
以前使わせて貰っていた部屋が、調度も何もかもそのままの状態で残っているのだから。
しかも埃が見当たらない。


「‥‥部屋、誰かが掃除してくれてたんだね」

「え?‥‥ああ、志津がさ」

「志津さんが?」


女房頭の志津さん。
厳しくて、相手が若い女房であろうと城主であろうと構わずびしばし怒る、志津さん。


「あんたが帰って来た時に困るだろうから、って言ってた」

「志津さん‥‥」


その事にすら感動してしまう私は、どれだけ涙もろいのか。


「志津だけでなく皆、平泉でのこと信じてなかった。俺も‥‥あまり話してないから」


独り言に近い呟き。
また、胸が痛む。
どんな気持ちから話さずにいたのだろう。

‥‥ショック、だったのかな。

それとも、説明するのが面倒なだけかもしれない。

四郎ならそれも有り得なくない、と思ってしまい、そんな自分に苦笑した。



そこまで考えて、ふと気付く。



そういえば私、さっき何をした?


嬉しさのあまり抱き着いて。

‥‥キス、してしまった、よね?



瞬間、さぁっと血の気が引く。

うわぁ‥。
冷静になってみれば、私ってば相当大胆だ。
勢いって恐ろしい。

確かに四郎は拒まなかった。

いやいや、でも拒むのが面倒だったり。
‥‥だって、四郎だし。


確かに逢えればそれだけでいい、なんてずっと思っていたけど。

まさか本当に叶うなんて思っていなかった私は、逢った後にも問題が残ってるなんて考えもしなかった。


「楓?」


‥‥実際、私は彼にどう思われているんだろう。
そんな贅沢な考えに直面するなんて。


「疲れた?変な顔してるけど」

「っ!‥へ、変なって失礼な‥‥」


まさか思い出して恥ずかしい思いをした挙句あなたの態度が謎で悩んでます、と言える筈もない。
お蔭で中途半端な呟きを落とすのみ。

それをどう受け取ったのか、四郎が溜息を吐いた。


「‥‥ああ、帰りたいんだ?」

「!?」


息が、止まる。

綺麗な唇から紡がれたのは天気の話の様にさらりとした声で。
驚いたなんてものではなかった。
肝がすうっと冷えていく。

言葉をなくしてしまったその間にも、四郎は視線を寄越さないまま淡々と続ける。


「確かに、あんたの居場所は此処じゃないしね。不慮の事故とはいえ、二度も不慣れな土地に来れば流石に堪えるよな」

「な、何言ってるの四郎、だって私は‥‥」

「母上から聞いたけど、あんたの住む世界は戦がないんだろう?それならさ」


多分、次の言葉は分かってしまう。

震える瞼を無理に開いて、四郎と視線を合わせた。



「方法があるなら、このまま帰った方が幸せになれる」

「‥‥‥っ」


膝の上で、拳を作ってる手はきっと白くなっている。
それ位ぎゅっと力を入れなければ、堪えられなくなりそうだ。


 

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