由比ヶ浜から帰館すると、「初日だから早く帰って休みなさい」と鶴の一声を受け、帰ることになった。

とはいえ今日は政子さんと話をして、由比ヶ浜に行っただけだし、疲れてもないんだけど‥‥‥。

結局、何にもしていなかった。
取り立てて言えば、頃合を見計って女房さんが部屋の入り口に置いてくれたお茶を、手渡したくらいだろうか。
‥‥‥これは仕事と言えないよね。

幾ら何でもこのままではいけない、明日から考えなくては。


あと、気になる事はもう一つ。
政子さんが、私と他の女の人を顔を合わせないよう徹底している理由。

気付かないフリをしたけれど、私が敢えて黙ってたのはきっと見抜かれてる。
だって、幾らなんでも護衛の人以外誰一人訪れないなんて不自然だ。


「課題は山積みか。忠信にに相談‥‥‥って、ダメ。これは私の仕事だから、自分で考えなきゃ」


此処は大鳥城でも、平泉でもない、鎌倉だ。
戦の為にやって来たんだ。
忠信だって忙しいんだから。
甘えずに強くなると決めたばかりなのに、早速頼ってどうするの。

歩きながら色々反省していた私は、朝のように人目を気にすることなく帰ることが出来た。












邸に着くと出迎えてくれた女房さんに改めて挨拶した。

聞けば、この邸に仕える女房さんは三人。
皆御曹司が誘ったという。
平泉から着いてきた人は二人で、どちらも外出中の為に邸に居ないらしい。

それを教えてくれたのが、この人。


「私は鎌倉で生まれ育ったのですが、家族を火事で失い行き倒れ寸前だった時に、九郎様にお声を掛けていただきました」


居場所を失くした彼女に、邸での仕事を任せたのが御曹司。

私とそう変わらない年頃で愛想が良い人だ。


なんと、彼女達はたった三人で、御曹司一行の(何人か知らないけど)大所帯を支えている。


「私に出来る事があったら何でも言ってください」


役に立てることがあるかも(料理以外で)。
そう思い申し出ると揃って首を振られた。


「ご心配に及びません。私達以外にも厨を任された専任の者もおりますし、仕事は細々としたことだけですので、然程大変でもありませんから」

「そ、そうなんだ。‥‥えっと、じゃあ、これからも宜しくお願いします」

「畏まりました。それでは」


足音を立てずに立ち去る背中を見送ってから、宛がわれた一室に戻る。
力が抜けてへたりと座りこんだ。
そっと息を吐く。
見れば、震える指先。

まだ、と溜息を吐く。
忠信が帰ってくるまでにこの震えをどうにかしなくては。


「‥‥‥もう、終わったことなのに」


息を忘れたように、なぜか呼吸が苦しい。
その代わりに激しい鼓動がが耳の奥で暴れる。

まだ、克服できていない自分が我ながら情けない。
‥‥‥強く。今すぐにでも、強くなりたい。
そう思うのに。


邸の奥とはいえ、熱くて室を開け放していたら、がらんとした建物に忙しげな足音が小さく、ずっと聞こえている。
その音に、柱にもたれたまま心地よい睡魔に襲われた。





───どれくらい時間が経ったのだろう。
四半刻か、それとも半刻位だろうか。

遠くでざわめく声が聞こえ、眼が覚めた。
誰か帰ってきたらしい。
変な態勢で眠ってしまったからか重くなった身体を起こし、玄関へ出向いた。


「‥‥え?」

「顔に何かついてるの?」

「いや、顔じゃなくて。‥‥‥お帰りなさい、忠信。和泉も一緒だったからちょっとびっくりしたの」

「ただいま。驚くも何も、話する約束だっただろ。だから連れてきた」

「あまり待たせちゃうのも悪いから、忠信殿について来ちゃった。ごめんね」


ふわふわと笑う和泉の笑顔は、この時代にそぐわない。
武士の中にこんなに柔らかそうな人が居たら、私なら真っ先に狙う、間違いなく。


「それはいいけど、何に『ごめん』?」

「だって僕がいると『お帰りなさいあ・な・た』『ただいまお・ま・え』の挨拶が出来なくなるでしょ?お邪魔かなって」

「‥‥‥」

「‥‥‥そんな挨拶なんてしないわよ」

「そうなの?あ、僕が気になるんだったら言ってね。隅っこで気配消すから」

「‥‥‥」


和泉って、こんな奴だったのか。

ほら気付いてよ。
忠信なんてものすっごく冷えた眼差しで和泉を見てる。
馬鹿?って顔してるってば。


「由比ヶ浜に行かないか?浜辺なら、聞き耳も立てにくい。」


無視することに決めたらしい忠信が私の手を取った。


「え?ああ、うん。そうだね」


確かに、邸の中だと聞かれてしまう恐れがある。
今から話す内容は極秘だ。
尤も、聞かれても、誰一人信じないだろうけど。


「行こう、楓。和泉も」

「うん」

「‥‥‥やっぱりお邪魔虫気分が抜けないなぁ、僕」


忠信に繋がれた手を見て、和泉がぼやいた。




 

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