浅黒い肌。
きゅっと釣り上がった眼と、よく動く口元。

なかなかの美人なのは言うまでもない。
同じ美女でも、大鳥城の義母上が白い雪に映える大輪の椿の印象なら、───この人は南国に咲く大輪の花のようなイメージ。


政子さんに、忠信について嬉しそうにあれこれと尋ねられた。
私も言える範囲だけ答えた。

‥‥‥それにしても、好きな食べ物とか聞いてどうするんだろう?

あれかな?
忠信は一種のアイドルで、プロフィールを知りたいファンの真理とか。
考えてもキリがないからそういうことにしておこう。


それから、政子さんの独壇場だった。

どこぞの何とかという武士がイケメンだとか。

御所のお薦めスポットとか。

鎌倉で流行の甘味の話など。

時代が違っても、女同士の話題ってそう変わらないらしい。
そう思うと楽しくて、私もつられて笑った。

‥‥そうこうしているうちに時間は経ち、話題が鎌倉の海へ。


「まぁ!由比ヶ浜を見た事がないの?まぁまぁ大変!案内しなくてはね」

「ええっ!?いえそんな滅相もない!」

「遠慮なんていらないのよ?」


いやいや、流石に畏れ多いです。

丁重にお断りして、散歩に出かけるなら私は館(小御所というらしい)で留守番しますと口を開こうとした時、


「恐れながら御台所様。散策ならばその者でなく、馴染みの侍女をお付けください。御所様より特に厳重な警護を申し付かっておりますので、どうかご容赦を」


濡れ縁から届いた言葉で、空気が一変した。

何処かで聞き耳を立てていたのか。
いつの間にか濡れ縁には、膝をつき畏まる護衛らしい男の姿が。


今の、意味はなに?

出仕初日の女は、信用出来ない?
護身術の心得が必要とか?
それにしては、ちらっとだけ向けられた視線が強過ぎる。

───そう考えていた私を余所に、厳しい声が室内に響いた。


「この者は佐藤忠信殿の妻女。それを知っての発言か」


政子さんの言葉遣いもがらりと変わっている。


「無論に御座います。奥州者を迂闊に近づけてはなりませぬ」


奥州者?

その、聞き捨てならない言葉。


「‥‥‥どういう、意味ですか」


明らかに含まれた侮蔑の意を汲み取り、ゆっくりと聞き返した。
良い意味であるわけがない。

男の視線が私に。
疑った眼──違う、これは軽蔑。
そんなものを向けられる謂れはない。むっとした。


「‥‥‥意味も何も、九郎殿は平泉から参られた。それに佐藤は元々奥州藤原の郎党ではないか。お前も間者として送り込まれたのかもしれぬ」

「なっ‥‥」

「お黙り!」


鋭い一声。
政子さんは濡れ縁までにじり寄ると膝をつき、男に扇をびしりと突きつけた。


「この娘は私が呼び寄せた者。言葉を弁えよ!」

「で、ですが!」

「奥州、それが何と?そなたもあの下らぬ噂を鵜呑みにするの。あれは誤報であると御所さまから聞いたであろう?」


下らぬ噂‥‥‥。
忠信に命じて確認を取ったというあの『噂』のことだ。


───奥州藤原一族、平清盛の命により佐殿追討の請文を提出したとの風説あり。


つまり、『平家と結託して頼朝を討つ』という内容の手紙を出したという事実無根の噂。
それは藤原秀衡(御館)がはっきりと否定した。
頼朝も端から噂なんて信じていなかったと、忠信から聞いている。


それでも、火の無い所に煙は立たない、と思うのが人の常。

二人の会話から察するに、此処にはまだ疑っている人が多いのだろう。



―――奥州が攻め入ってくる。

―――源義経の一行は、鎌倉追討の為に送り込まれた間者だ。

―――そんな間者の嫁を、側近く置くのは危険だ。



泣きたくなった。

‥‥‥御曹司も忠信達も、此処ではきっとこんな眼で見られている。
こんな環境に置かれていたなんて知らなかった。


鎌倉に入った時から感じていた視線は、女からだけじゃなかったんだね。


「そなたは御所さまのお言葉を疑う気か?それは不敬と見做して良いのね?」


聞きようによっては脅迫にも取れる言葉を、この人はきつく上がった眼差しで問いかける。

針の様な怒りを隠そうともしない人。
私は自分の感情も一時忘れ、政子さんを見ていた。


「めめ、滅相もございませぬ!我が命、御所さまに捧げて戦う所存なれば疑いなど!」


冷や汗を掻く男を尻目に、政子さんは言質を取ったと言わんばかりににやりと笑う。


「そう。‥‥‥では、今の発言はこの娘、いえ楓が許せば忘れましょう。今此処でそなたを失うのは、御所様にとって大きな損失になりますからね」


たたき落として、拾い上げる。‥‥‥なんて上手いフォローなんだろう。
男がこの言葉に感じ入ったのは一目瞭然だ。


「っ!‥‥ははっ」


感激の余り涙声で「すまなかった!」と頭を下げながら、この人は肩を震わせていた。


「い、いえ、もういいですから‥‥」


勢いに私が後ずさりするほどだ。
泣かないで欲しい。引くから。


「さ、日が暮れないうちに行きましょう。警護はそなたに任せれば安心ですね」

「お任せくだされ!我が命をかけて御台所様と女房殿をお守り致しまする!」


‥‥‥え、私って女房だったの?












新しく開拓し始めた街に相応しい舗装したての砂利道を歩く。

一歩前に政子さん、そして私。
後ろに見え隠れするようについてきている護衛は、さっきの男だ。

ぎらぎらと照りつける残暑の太陽は、首筋を焦がすように熱い。


後に頼朝が妻の安産を祈願して造ったという、『若宮大路』は、この時点でまだ影もなかった。
若宮大路を造るきっかけとなった二人目の子が生まれるのは一年後の夏。
逆算すると、妊娠が発覚するのは数ヶ月先のこと。

───何もないこの砂利が、来年には大きな道になるんだ。

その時私はどんな気持ちで大路を見るのだろう。


「さあ、もうすぐよ」


政子さんが言ったとおり、御所を出たときには遠くの煌きだった海面が、ひとっ走りで水に触れる距離まで近付いた。


「これが、鎌倉の海‥‥‥」

「ええ。これが鎌倉の海。由比ヶ浜。私が生まれ育った伊豆も、同じ海で繋がっているのよ」


波の音。
潮のにおい。
晴天と、海の青。

私の知っている神戸の海とは全く違う。
抜けるような、青。


「そなたが来たら一番に見せようと思っていたのよねぇ」


暫くのあいだ、言葉もなく見惚れている私を見て、政子さんは満足気に笑った。


「本当はもう少し日が暮れ始めてからの海が綺麗なのよ?遠くの海に赤い光が映ってねぇ、それでいて波打ち際は白いの。真っ白ではなく朱に近い白。そのうち見せてあげるわね」

「はい。‥‥‥ありがとうございます」


頭を下げる。
さっき庇ってくれたお礼も込めて、心から。

この人がどんな思惑を持って、最初から親切にしてくれるのか。それは分からない。

純粋な好意───では、ないと思う。この人はそんなに甘くない。
鎌倉へ呼んでくれた事もそう、きっと何か理由がある。

それでも、感謝を覚えているのは真実だ。


「楓は子供が好きかしら?」

「え?あ、はい」


───子供。
大鳥城に残した四郎の顔が浮かんで、切なさにぎゅっと唇を噛んだ。


「そう。よかった」


咄嗟に頷いた言葉が、思いも寄らない縁を生むとは露知らず。

 

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