翌朝、しかも早朝。

鍛錬場から帰ってきた忠信に叩き起こされた私。ぼうっとしながら佐藤兄弟と朝の膳を共にした。
この邸には何人か女房さんが仕えてくれていて、衣食住の心配はないらしい。
舘の山と同じく味付けが若干濃いけれどとても美味な朝ご飯。
うん、幸せ。

‥‥‥幸せだ、けれど。


「私も今晩からご飯作るの手伝うべきだよね?」


このまま女房さんに甘えていていいものか、その辺の事情に詳しくない。

私も女だし、此処では忠信も城主の息子ではなく御曹司の一郎党に過ぎない。
大鳥城に居た頃手伝わせて貰えなかったのは仕方ない。
でも、鎌倉ではあの頃とは事情が違う。
私は進んで手伝うべきではないだろうか。

そう思って二人に告げると、何故か彼らの箸がぴたりと止まった。


「‥‥‥え、楓殿が?」

「そうだよ三郎くん。私も少しは役に立ちたいし‥‥‥って忠信、何よその顔」

「毒殺は遠慮する」

「うん、表へ出ようか」


成敗してやりたい。

私だって、私だって、それなりに料理ぐらい出来る。‥‥‥多分‥‥いや恐らく。
そりゃ確かに、謎の物体を産みだした記憶もるけど。
大鳥城時代の微笑ましい思い出だ。

そんな細かいことに気を囚われていては、大物になれないんだから。

人間だから、失敗だってするの。
失敗を積み重ねて、人は成長して花開くの。


「花開く前に他人の命を摘んだら意味がないよね」

「忠信!気持ちはわかっ、い、いやそうでなく!‥‥‥楓殿はお気になさらずとも良いのですよ。貴女の仕事は他にありますし、余計、いやお気遣いいただかなくとも」


思考を読むな忠信。
それと三郎くん、フォローになっていない。

二人まとめてよほど説教してやろうかと思ったけれど、時間がない今は舌打ちだけで終わらせてあげた。
代わりに心の中で固く誓う。

──いつか極上料理でこいつらを昇天させてやる、と。









目的地は同じなので一緒に邸を出た私達は、楽しく雑談しながら歩いていた、途中までは。

睨むような視線が半端なくぶつかってくるのだ。

主に、端から見れば『佐藤兄弟を侍らせて歩く』私への。

その視線も御所に入ると、オマケ付きとくる。
オマケとは、お約束のアレだ。
御所で働く女の人達が数人固まり、こちらを見てはひそひそ内緒話をしている状態。

‥‥‥嫉妬だ。


「どうした、楓?」

「うん?ちょっと緊張、してるのかな」


苦笑しながら誤魔化す。
私ってば馬鹿だ。まだ出仕もしていないうちから、心配させてどうするの。


「大丈夫ですよ。楓殿ならばきっとすぐに慣れます」

「何かあったらすぐに言って、俺がどうにかする」

「私も尽力しましょう。楓殿は私の大切な義妹いもうとですから」

「‥‥‥ありがとう」


これはもう、私自身のトラウマの問題。

私の『戦』だ。
頑張るのは自分。戦うのも、向き合うのも、全部。


「負けないよ」


強くなりたい。

あまりに弱かった自分を変えたい。
いつまでも忠信に依存していたらきっとこの先生きていけなくなる。

この先、心が折れてしまわないように。

彼を、支えられる人でありたいから。














御台所様、北条政子はよく喋る人という印象を受けた。

他の人は出払っていて、室内には私と彼女だけ。
何故女房の姿が一人も見当たらないのか。後に理由を知ることとなるものの、今の私に想像すら付かなかった。


「まあ!まあまあ!そなたが忠信殿の?──まあ!」

「は、はい!楓と申します、至らぬ所もございますが宜しく申し上げ──」

「本当に実在したとはねぇ。あれは出任せじゃなかったんだねぇ」

「──ま、す‥‥‥はい?」


頼朝の時と同じく緊張しながら挨拶しようとしたら、何故か意味不明の言葉を掛けられ、現在私は石宜しく固まっている。

しかも床についた両手を押し抱かれ、ぶっちぎりの笑顔付き。

‥‥それよりも、実在って何?
出任せじゃない?
話の流れ的に私の事だろうけれど、何故ツチノコ的な扱いなのだろう。


ぽかんとしている私に、目の前に座る浅黒い肌の女性──北条政子さんが「そなたは聞いてないでしょうけど」と苦笑しながら説明してくれた。


「いえね。忠信殿が鎌倉に来て以来、一番の人気なのよ。忠信殿はほら、あの容貌で、浮ついた部分のない実直な人でしょう?御所の女達がすっかり騒いでしまって。そなたも想像付くでしょうけれど」

「‥‥‥それは、はい」


御所に来る道程だけで、嫌というほど分かりました。

母譲りの綺麗な顔の威力は半端じゃない。
大鳥城でも平泉でも、老若問わず女の人の視線を必ずと言っていい位奪ってしまう。

女を寄せ付けない空気と『女嫌い』という噂に、今までは守られていただけだ。遠巻きに騒がれていただけで。

鎌倉は初めての土地だからか、余計に騒がれているんだろう。


「うちの女房達もねぇ煩くて、こちらも困っていたわけなのよ?やれ妾でいいとか、一夜でいいから寵愛を受けたいとか言い出す者までいる始末で」

「‥‥はい」


つまり、平泉での御曹司状態なのか。
想像できるだけに聞いていてあまりいい気分じゃない。
あまりというか、聞きたくないのが本音だけれど。
それをこの人に言える立場じゃない。


「そんな経緯があったものだから、忠信殿がどう思っているか気になって。寝所の警護について一度話したい、と御所様に適当なお願いをして、呼んで貰ったのよ。近くで見ると本当に溜息が出るほど美丈夫ねぇ、彼は」


思い出したのか、ほんのりと頬を染める政子さん。
高貴な人に夫を褒められて喜ぶべきか、それとも少しだけ拗ねて見せるべきか。
考えて、結局は曖昧に笑っておいた。


「困っている?と尋ねたの。そうしたら真面目な顔で頷いてねぇ。──元より器用でないし、手に入らぬと一度は諦めかけた女を妻に迎えたから。って」


真顔で惚気を聞かされたのは初めてで、こちらが恥ずかしかったわぁ。
と政子さんが続けた。


「‥‥‥え、っと」


私のいない所で、しかも高貴な人に。そんなこと言ってたんだ。
私も恥ずかしい。
それよりももっと嬉しい。


「私って昔っからお節介な性分でねぇ、よく父を呆れさせてたのよ。そんな惚気を聞かされたら、離れ離れにさせて置けないでしょ。だから九郎殿に相談を持ちかけてねぇ」


──会わせてやりたい、と。
御曹司と三郎くんを呼んで、私を呼び寄せる口実を考えたのだと。


「政子さん‥‥」

「まあ、それは建前ね。本音は楓、そなたを見たかっただけなのよ」

「え、建前ですか?」

「そなたを独占して、忠信殿の反応を見たいというのもありかしらねぇ。なんてね、おほほほ」


おほほほ、ってそんな。

この人の話し相手なんて私に務まるの?
荷が重過ぎやしない?

真剣に考えてしまった、お世話役初日の午前。
 

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