今日は胡散晴らしに年上の従兄弟、秀衡と遊ぶ予定だった。
───正しくは、秀衡『で』遊ぶ、とも言う。

兎に角、歳の離れた幼馴染の青年の館を訪ねた乙和は、遊びついでに愚痴を漏らそうと、従兄の住む館へやってきたのだが。


「乙和様、申し訳ありませぬ。主様は先程お出掛けになられました」

「‥‥そう。仕方ありません。庭で待たせて貰っても良いかしら?」

「勿論にございます」


顔馴染みの女房から館の主の不在を聞き、溜息をひとつ零し、


「では帰られたら、いつもの場所に居ると伝えてください」


そう言い庭に降りたのが半刻前。


手入れの行き届いた庭の一番隅には、申し分程度に垣根がある。
奥は庭師が手を付けていないのか、手付かずの木々が不揃いに生えたままだ。
奥まで人目が届かぬと言え不自然な一角。
そうと知りつつ庭師が手を入れない理由は唯ひとつ。

館の主が溺愛する血縁の姫が望むから。

うっそうと茂る雑木と、重たげで薄寒い空気を愛する。
そんな風変わりな姫の為に。















「秀衡兄様はきっと遅くなるでしょうね」


人でなく一輪だけ咲いた椿の花に話しかけたのは一人の女───と呼ぶには些か幼く、少女と呼ぶ頃はとうに過ぎている娘。

彼女の姓は藤原、名は乙和おとわ

『黄金の都』と呼ばれて久しい平泉を治める奥州藤原氏の一族であり、三代目頭領の従妹姫にあたる。


その姿は、一度眼にすると忘れられないと言う。


貴族を知らぬ民の十人中八人が、「姫君」を想像するとしたら恐らくこんな姿。

流れる清水の如き豊かな黒髪。
長い睫毛が縁取る濡れ気味の憂いを含んだ眼差し。
扇すら重たげに思える様な白く華奢な指や、細身にも係わらず女らしさを示す豊かな胸や腰つき。

いっそ儚げで触れるのを躊躇うほどなのに、ふるいつきたくなる美貌。

そんな乙和を望む豪族や貴族は多く、奥州だけでなく遠く京から使者が訪れたこともあるという。

黄金の都・平泉の富を求める者。
藤原氏との縁戚を願う者。
そして奥州一の美姫を乞う者と、様々な欲が渦を巻く。

彼女の縁談が、周囲の者によって吟味に吟味を重ねたのは有名な話だ。







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