「‥‥で?」

「え?」


半ば拉致される形で連れてこられたのは、現在不機嫌に正面に座っている四郎の私室。
問い返せば、物凄く深い溜息を吐かれてしまった。


「さっきの何だよ?‥‥疲れる」

「ご、ごめん‥‥」

「絶対意味分かってないだろ、あんた」

「う‥‥だから聞こうかなって思ってたんだけど、その、いざ口にしたらそんな空気じゃなくなったって言うか」

「当たり前だ」


返す私の言葉はあっさりと切られる。

四郎の眼差しが怖いのに、怒っているのとは少し違う気がした。
と言っても何となくそう思うだけなんだけど。

そう言えば手を引かれて行くとき、後ろから「若さが羨ましいですなぁ」なんて聞こえた。
あの言葉で、益々四郎の足が速くなって‥‥。


「‥‥ひとつ、お尋ねしますが四郎さん?」


意を決して顔を上げた。


「えっと‥‥『やや』って言うのは、物事の大小を示す際に使われる『微量』さ加減を表す言葉じゃ‥‥なかったり、する?」

「‥‥そんな事だろうと思った」

「やっぱり違うんだ」


やや多めに、とか。
やや近付く、とか。

私の時代では『匙加減』の単語なんだけど、やっぱり此処では違ったみたいだ。

まぁ『やや欲しい』と言えば分かるなんて、乙和さんも不思議な注文をするものだとは思ってはいたんだけど。


「じゃあ、ややって何なの?」


四郎がまた目を見開いて、それからこちらを見遣った。

その視線がやけに凛としているから、落ち着かない。
四郎に呆れられたのではないかと、やたらドキドキしているこの心すら見透かされている様な、そんな眼差し。


「わ、私、基治さんと乙和さんに何も恩を返せてないじゃない?だからせめてプレゼント‥‥あ、贈り物をね、したいんだけど何も思い浮かばなくて、だから欲しいものを聞いてみたんだよ」

「‥‥‥」

「乙和さん、三郎くんか四郎にしか尋ねちゃダメだなんて言うからうおかしいなってちょっと思ったんだけど‥‥」

「俺‥‥と、三郎兄上に?‥‥‥まさかあんた、三郎兄上にも会った?」

「うん。三郎くん、中庭で鍛錬中だったから」


素直に頷くやいなや、両肩を掴まれた。
ぐっと近付く常盤緑が、真っ直ぐに私を射抜く。


「ちょ、ちょっと近いって!?」


仮にも。
仮にも好きな人に至近距離で見つめられて、ドキドキしない人はいない。

触れられた箇所から、身体全てに熱が伝わる。


「やだ四郎、離して‥っ!」

「‥‥三郎兄上にも同じこと、聞いたの?」


肩が、痛い。


「──っ!き、聞いたよ!そしたら真っ赤になって逃げちゃうし、どうしようって思ったの!」


状況を説明すれば理解してもらえるだろうか。
そんな思いで、私の頭の中は一杯で。


彼が今どう思っているかなんて、知らないまま必死に喋る。

四郎もまた別の意味で頭を抱えているんだと、知らずに。


「‥‥‥あんたさ、子供が欲しいんだ?」

「へ?」

「子が欲しいと言ってたんだよ、さっきから」

「‥‥‥‥え、と?」

「やや、とは赤児のこと」










───やや欲しい?‥‥って、結局何が欲しいんですか?

───あら?‥‥あらあら、まぁそうなの。‥‥‥うふふ。

───乙和さん?

───楓は何も考えずとも、そのまま伝えれば良いのですよ。あの子達なら分かりますわ。

───はぁ‥‥。

───沢山いたほうが、あの方も喜ばれましょう。









「つまり‥‥」


こくん、と自らの喉が嚥下する音が聞こえる。


つまり、私が三郎くんや四郎に言っていたのは‥‥。


「私、やや欲しいって‥‥‥子供が欲しいって、言ってたことになる?」

「白昼堂々と大声でね」


四郎がしっかりと頷いたのは見間違えようもなく。



「う、‥‥‥っ!!──っ!?」

「兄上も気の毒だったね」



直後、声にならない悲鳴が真昼の大鳥城に響き渡った。






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