「ど、どうしよう四郎!?」

「まだ俺でよかったよ。あんたの勘違いだって気付けるから」

「三郎くんにも言っちゃったよ‥‥」

「ああ、‥‥‥そうだった。あんた馬鹿だね?」

「だ、だって!三郎くんでも四郎でもいいって。‥‥‥ま、まさか赤ちゃんだなんて知らなくて‥‥」



だから三郎くんが真っ赤になって脱兎の如く逃げ出したんだ。

‥‥‥ごめんなさい、三郎くん。

心の中で合掌するしか、今の私には出来なかった。


そこでふと、俯いた私の正面から、鋭い視線を感じて顔を上げて。


「‥‥四郎?」


‥‥さっきよりも不機嫌なんですけど。

やっぱり四郎の尊敬する純粋な三郎くんに余計なこと言ったから、怒っている‥‥?


「とりあえず、三郎兄上はないから」

「え、ないって?」


何がないんだろう?

立ち上がる四郎を眼で追いかけると、彼は部屋中の障子戸を閉め始めた。
ぱたん、ぱたんと音を立てる度、室内を照らす光が遮られてゆく。

そして全て閉め切ると、再び私の正面に座った。


「‥‥三郎兄上は、己の精神を鍛える為に女を近付けない。そう、誓願を立てられてる」

「三郎くんらしいね」

「だから無理。わかった?」

「う、うん」


昼間なのに薄暗い室内で、目の前の真顔はやけに迫力ある。
勢いに押され頷けば、四郎はふいと視線を逸らせた。

今の言葉、何処か引っかかりを覚える。


「‥‥あ」


ああ、そうだ。

三郎くんはないから。そう言ったんだけど‥‥。


「ねぇ、だったら四郎はいいの?」

「‥‥」


もう一度、横顔に問い掛けようとして、やめた。
障子戸を閉めた理由が分かったから。

‥‥四郎ってば。
うっすら暗い部屋じゃ隠せないよ。

紅潮した耳元を見れば、なんだか私まで熱くなった気がした。

ああ、こんな所も大好きだなぁなんて思う私なんだから、どうしようもない。


「ふふふ」

「何、気持ち悪い」

「四郎相手だったら子供欲しいって言っちゃってもいいんだ?言うじゃん」

「はぁ?」


双眸が僅かに上がる。
それが面白くて、もう少しからかおうと思った。

そんな私の目論見は直後瓦解することになる。


「‥‥そうだと言ったら?」


予想外の反応を返されて、今度は私が言葉に詰まる。
私がぽかんと次の言葉を待っていると、不意に長い指が頬に伸びてきた。


間近で見ると本当に整っている、端正な顔。
それから、鼓動の高鳴り。










「‥‥‥暑いね」


やけに長く感じた数十秒後。
開放されて、やっとの思いで紡いだ言葉に、四郎の笑い声が空気を奮わせた。


「夏が近いからだろ」

「四郎の手も熱いよ?」

「楓も熱い」


暑い熱いと言いながら、向かい合い繋ぎあった手を離せないでいる。

振り払われないこの繋がりが、心にほんのり光明を点した。

この熱がどうか気のせいでありませんように。







紫草の根に繋がる若草のような君を
 早く摘んでしまいたい
(源氏物語・若紫63)



20000hit記念、柚姫さまのリクエストで「楓と四郎のほのぼの話」の筈でしたが、蓋を開ければ何とも言えないものとなりました。
時期的には楓が舘の山に帰ってから、になります。
なので糖分は随分高め仕様(当サイト比)
和歌は有名な「源氏物語」から。歌=四郎の心境だと考えると、ちょっと不憫だと思いませんか(笑)

柚姫さま、おまたせしました!
そして皆様のお蔭で20000hitを迎えられたことに感謝しています。


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