手に摘みていつしかも見む紫の
 ねに通ひける野辺の若草






「はぁ‥‥」

「沢山いたほうが、あの方も喜ばれましょう」


そうですか、と頷きながらやや不安な面持ちで上座に座る女性を見た。
やんわりと微笑む大鳥城の女主、乙和さんは今日は一段と機嫌がよろしそうだ。

背後に百合や牡丹や薔薇を添えても、決して花達に負けないだろう麗しい立ち居振る舞い。
こんなに綺麗な人もいるんだなぁと、何度見ても思う。


「あの、でも仰る意味がよく分か」

「楓さえその気でしたら、三郎と四郎のどちらでも構いませんわ」

「ですから乙和さん、意味が」

「うふふ、楽しみにしておりますわね!」

「‥‥‥はい」


結局、肝心な質問は聞けぬまま強制的に会話は終わった。

‥‥そのまま退室した私は、後になってあんな思いをするなんて夢にも思わずにいた。












乙和さんはどっちにお願いしてもいい、と言った。


「‥‥とすると、三郎くんかな」


それはどちらかに優劣があるとかでなく、単純に親切な人物を選んだだけ。

だって、四郎にお願い事するとたまにすっごく嫌な顔されるし。
最後には何だかんだと言いながらちゃんと聞いてくれるんだけど。

‥‥結局、どっちでもいいんだけど。


「あ、三郎くん丁度いい所にいた!」

「‥楓殿?何かありましたか」


部屋を出て、城の中をぶらぶらと歩いていたら早速出会った鍛錬中の三郎くん。
手を止めて爽やかな笑顔で振り向いてくれた。


「お願いがあるんだけどね」

「お願いですか?」

「うん、実は‥‥‥」



───?











現在私は途方に暮れるという、珍しい思いを味わっている。


「逃げられた‥‥」


三郎くんに乙和さんの言葉をそのまま伝えたら、そりゃぁもう凄い勢いで走って行った。
あの三郎くんに逃げられた。
あの、優しくて親切で、可愛い、三郎くんに、逃げられたのだから。


そんなに変な事言ったっけ?


「あの言葉‥‥意味が違うのかな」


私が受け取った意味と、この時代で使われる意味と、ギャップがあるのかもしれない。
時代が変遷する中で言葉も文化も変化を遂げていくもの。

私は普段何気なく使う言葉に首を傾げられた事もあったし、その逆も然り。

だとすれば‥‥他の人に聞いてみるしかないか。


「いたいた!四郎!」

「‥‥‥」

「おや、楓ではないか。四郎様を探していたのか?」

「こんにちは。そうなんです、ちょっと用があって‥‥‥って」


探していたもう一人の協力者予備軍もとい四郎が、無言で振り返るのにも慣れた。
誰かが近くにいる時、無愛想で素っ気ないのが彼の普通。

代わりに挨拶してくれたのは最近よく喋る佐藤家の家臣の一人で、とっても気さくなオジサマ。
三郎くんと四郎のお兄さん、つまり佐藤家の嫡男に仕えている人だったっけ。



「お話中にごめんなさい」


ふと四郎の手元を見ると、そこには図面らしき書簡が握られている。
もしかして大事な話をしていたのかもしれない。


「いやいや、今終えた所だから構わんよ。四郎様もこちらでご異存ありませんな?」

「うん。早急に頼む」

「では早速城に戻って手配しましょうかな」

「で、あんたは何の用?」


話し終えた四郎が、今度は私に問いかけてくる。
いきなり話が変わるものだから、驚いてしまって。


「え‥‥あ、え、えっとね!欲しいものあるんだけど協力してくれる?」


さっきまで意味を聞こうと思ったのも忘れ、気付けば乙和さんに教えられたままを口にしていた。


「父上か母上に頼めば」

「いや‥‥その乙和さんが私にお願いしてきたの。私にしか用意出来ないんだって‥‥」

「‥‥母上がね。何?」

「それがね、やや欲しいって」


その途端、四郎が固まった。


「えぇと‥‥し、四郎?」

「‥‥‥」



あれ?
返事もせず目を見開いたままびしりと固まる四郎はとってもレア‥‥じゃなくて!

四郎の肩越しに足を止めてこちらを振り返った驚いた表情のオジサマの顔も見える。
あ、まだ城の中に帰ってなかったんだ‥‥でもなくて!

まさか私、変なこと言ってる!?やっぱり!?


「──はぁっ!?」

「ひっ!ご、ごめん!」

「はははは!こりゃ大変だ!」


四郎が珍しく声を上げたのと、オジサマが豪快に笑い出したのとほぼ同時。


「そりゃぁ今すぐにも叶えてあげませんとなぁ!四郎様!」

「───っ!!来いよもう!」

「ええっ!四郎!?」


からかう様に笑うオジサマに埒があかないと思ったのか、乱暴に私の手を引っ張り早足で城の中へ戻っていく四郎。

‥‥前を歩く彼の横顔が赤いことに、とてつもなく嫌な予感がした。




 

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