「やっぱり自分でやる」
「自分で出来るんだ?」
「俺を何だと思ってるの?」
「はいはい、佐藤忠信様でしょ」
「‥‥‥あんたにその名は呼ばれたくないって、言わなかった?」
何なんだ、この難しい坊ちゃんは。
最初に忠信と名乗ったくせに、そう呼べば「呼ぶな」という。
まぁ当然といえば当然だけれど。
この時代の名前は難しくて、私の様に姓と名で区別されていない。
例えば隣に座っている忠信。
彼の名は「佐藤四郎忠信」といい、佐藤家当主の四番目の男子に当たる。
とは言え長男と次男は母親が違うらしいから、この時代の婚姻制度もややこしいなって思うんだけれど。
彼の場合、姓は『佐藤』。
もちろん家名のこと。
そして幼少期から呼ばれている名前が、『四郎』。
これは通称で、この時代では字という。
ちなみに、すぐ上のお兄さんの字は『三郎』なのだそうだ。
そして、『忠信』が佐藤家での正式な名前に当たる。
これを『諱』と呼ぶんだけど、この時代の日本では諱を口に出すことは憚られるそうだ。
諱を呼ぶのは親兄弟や、仕える主君など目上の人らしいから、彼の言い分も尤もだけど。
‥‥それにしても、この人はたまに分からない。
「気が変わったな。剥いてよ、花音」
「ちょっと、私の事もその名前で呼ばないでくれる?自分だけズルイ」
「はいはい、我が侭な女。‥‥‥この柑子を剥いて頂けますか、楓殿?」
普段、人前で見せるきらきらの笑顔と、優しい口調で私の字を呼ぶ。
基治さんに付けて貰った『楓』の名を。
これが私の新しい名前。
「仕方ないから剥いてあげる」
「それは良かった。手が柑子の汁で汚れるのは遠慮したいので」
「‥‥四郎、喧嘩売ってるでしょ」
「とんでもない。楓殿に喧嘩を売れば、俺など一溜まりもないでしょう」
いつもこんな王子様を演じていて疲れないのかしら。
四郎の手から柑子を奪い取りながら、少しだけこの人に同情した。
どうして皆、気付かないんだろう。
この人、綺麗だけど困った性格しているのに。
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