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あれから御曹司にも四郎にも会うことのないまま、その日を迎えた。





「まぁ、お綺麗ですわ」

「よくお似合いですこと」


髪の長さが足りないからと、『かもじ』と呼ばれる付け毛を付けてくれた女房さん達のにこやかさ。

始終誉めそやされる言葉達に、ありがとう、と微笑むことでどうにか返す。

私は、重たすぎる十二単の鮮やかな色に囲まれていた。


「緊張なさっておいでですのね。何とお可愛らしいこと」

「何もご心配召される事はありませんわ。全て殿方にお任せになればよろしいのです」

「あ‥‥はい」


年配の女房さん達がくすくす笑いながら目配せしあう。

屋敷、いや周りの話だと、平泉の人達が浮かれているらしい。
そんな中、私の心だけが取り残されていた。


「楓様?お疲れでございますか?」


私の顔に紅を刷きながら、心配そうに名を呼ぶのは若桜さん。
先日お里から帰ってきてからというもの、今日の準備の為に奔走してくれていた。


「ちょっと緊張してるだけ。若桜さんこそ、帰ったばかりで疲れてるでしょう?忙しくさせてごめんね」

「何を仰います。楓様の一大事の前にお暇を頂戴させて頂き、感謝しておりますわ」


彼女が里帰りしたことで、母君の容態も安定したらしい。

娘に会えて安心したんだろう。

無理にでも帰ってもらって、本当によかった。
私の罪悪感もわずかだけど慰められたから。

若桜さんに自分を重ねて、自己満足に浸るなんて、最低かも知れないけれども。


‥‥‥母に心配かけてるのは私も同じ。



思い出さないようにしても、こうしてふとした瞬間、心が痛む。



「楓様?」

「あ‥‥うん、大丈夫」


心の痛みに蓋をする。
やめよう、今考えてもどうしようもない。
今日は喜ばしい日なんだから。


「着物が重くて歩けるか微妙だけどね」

「まぁ、楓様ったら」

「ごゆっくりお歩きくださいませ。私達がしっかりお手を引きましょう」

「ありがとう。しっかり引っ張ってくださいね」


どっと笑い声が起こる。


「失礼。楓殿、お迎えに上がりました」

「あら、あのお声は三郎継信様のようですわね」


御簾越しの声に「今行きます」と返事をして、立ち上がる。



大丈夫。

もう、覚悟は決めた。













日差しが少しだけ西に傾き、雲が太陽の姿を覆い始める。


「ひと雨来そうな空だね」


足を止めると、斜め後ろで若桜さんもまた歩みを止めた。


「ええ。夜には降りそうですね」


それに気付いたのか、十歩程前をゆく三郎くんもまた立ち止まる。
すっかり着込んで準備を終えた私を呼びに来てくれたのは三郎くんだ。

御簾から出て来た私に柔らかく、そして優しい、あの笑顔を浮かべてくれた。


「三郎くんの顔を見て安心した、ありがとう」

「楓殿‥‥。私こそ、こうして楓殿をお迎え出来る役目を光栄に思ってます」


三郎くんがにこりと笑う。
この穏やかな空気に、いつも癒されていた。
癒されて、励まされた。

いつまでも、この優しい日溜まりの笑顔でいて欲しいと願う。


「若桜さんも、今までありがとう」

「光栄ですわ」


振り返れば、若桜さんが笑い、それから俯いた。
そして一つ息を吐くと、顔を上げる。


「‥‥‥楓様。今、ひとつだけ申し上げても宜しいでしょうか?」

「いいよ。何?」


若桜さんの両手が、私のそれを包む。


「私は、貴女様にお会い出来て嬉しく思います」


ぎゅ、と。熱を感じる。


「心から、神仏に感謝しておりますわ」

「‥‥ありがとう」


いつになく若桜さんの言葉が強い。
暫く、儚げな笑顔に見入っていた。













頃は夕闇。
本来なら夕陽か、一番星が煌く時間だろう。

生憎と今は太陽が姿を隠し、夜とは違う色で空が曇っている。



宴が始まったのは半刻ほど前。


まず思ったのは、思っていた披露宴とは違うんだというものだった。

そもそもこの時代には結婚式という概念はない。

ここでの結婚とは、男が女の家に三日間通い、三日目の朝に女側の親が用意した『三日夜の餅』という白い餅を三つ食べるというもの。


そう平泉の女房さん達に聞いていたけれど、今日のそれはまた違った。

一番近いのは、教科書に載っていた絵みたいな『宴』だ。




私を含め、女性は御簾の中にいる。

ただ私だけが他の女の人とは違う御簾の中に座った。
燭の明かりが私の両隣に配されていた。

御簾の外から、私の姿が見えるようになっている。


部屋の中央、上座に御曹司の源義経、その隣に御館の姿。

二人の姿を挟んでコの字型に、御館の親族やお抱え武士らしい人達が並んで座っている。

真ん中あたりにいるのはきっと三郎くん。
そしてその隣に座っているのは‥‥基治さんだ。
いつ、大鳥城から来てくれたんだろう。


「‥‥‥っ」


基治さんは、三郎くんそっくりの眼を静かに細め、私を見ているようで。
懐かしさで一杯になった。

‥‥‥乙和さんも、向こう側の御簾の中にいるのだろうか。

会いたい。

やっぱり二人は私にとって、慕わしい人達。

話をしたい。
大鳥城に帰りたい、と思わせてくれる。


目元が潤みそうになったから、無理に視線を外した。
そうしてずらした視線の先に、もっと泣きそうになるけれど。


「四郎‥‥」


こちらに背を向けて座る、あれは間違いなく彼だ。

背中で良かった。

顔を見ればきっと辛かった。


「あ‥‥ねえ、あの人は?」


誤魔化す為に、背後の若桜さんに尋ねる声が、少し震えた。


「あのお方は総領様ですわ」

「総領、って事は藤原泰衡さんだよね。国衡さん‥西木戸さんの弟の」


確か国衡兄上の弟が正室から生まれているので、跡継ぎという意味で総領と呼ばれているらしい。


「ええ。そして総領様のお隣が国衡様、そして弟君の忠衡様。そして忠衡様からみっつ隣にお座りのお方が、伊勢三郎吉盛様」


室内より御簾の中が明るい為、室内にいる人達の顔が見えにくい。
見覚えのある国衡兄上からゆっくり辿っていけば、両隣の若い武士が泰衡さんと忠衡さんらしき人が分かった。

そして、若桜さんの言う『伊勢吉盛』さんは、いかにも体格の良さそうな男の人。
御曹司の家来なら、何処かで見たかもしれないけど。
今一覚えていない。


「三郎吉盛様は、九郎様のご忠臣の一人に御座います。何でも、九郎様が平泉入りなさる前からのご縁だそうですわ」

「じゃあ、弁慶さんと一緒に来たんだね」

「ええ。お二人の仲はあまりよろしくないそうですけれど」

「そ、そうなんだ」


背後で鈴を転がすような軽やかな笑い声。
彼女は何かと物知りだと感心するやら、無知な自分が情けないやら。

伊勢三郎吉盛、さんか‥‥‥これから上手くやっていけるのかな。

彼だけでない。
御曹司の周りの人達ともこれから、会う機会も増えるだろうし。



‥‥‥これから?



私、此処で、この世界で。


一生を終えるんだろうか。






俯いたちょうどその時、正面に人の気配。


「楓様、どうぞ」


女の人の声と共に御簾の下が少し捲られ、高杯が滑り出されてきた。
漆器製の四角の盆に、一本の脚の台が付いている。

その上に乗せられた小鉢みたいな杯。
慣れないアルコールの匂いが仄かに漂うことから、中身は酒で間違いない。


‥‥宴の前に聞かされたことを思い出す。


顔を上げればさっきまでの賑やかさが嘘のように、静まり返っている。
こちらに意識を向けている、いくつもの気配。

まるで度胸を試されているみたいだ。


「‥‥‥」


手に取った杯の中で、燭の明かりを水紋が小さく揺らめかせていた。


これを飲み干せば宴が終わる。
飲み干した時に、私は御曹司の側室になるのだ。


私の時代でいうならこれは、三々九度の杯と同じ意味合いのものだろう。


「楓様?」



未来に広がるのは、後戻りが出来ない道。



「‥‥うん」



おぉ、と歓声が上がる中、初めて口にした酒の苦さにくらりと眩暈がした。




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