───溜め息ばかりが生まれる。



奥州の夏は短い。
石那坂に父上が築いた大鳥城。
三つの川が堀の役目をしているこの城を、幼少の頃から誇りに思っている。
川沿いに生える楓の、赤子の手の形をした葉は緑。もうすぐ赤く色付くだろう。
夏は京や摂津とは違い、朝夕が涼しく過ごせる。
昼間の暑さは厳しくとも、日陰で休めば健やかな風に暑気も忘れる程には快適と言えrると思う。


「四郎様、どちらへ?」

「いつもと同じだよ。どうかした?」

「左様でございますか。では、お後に柑子をお召し上がり下さい。冷やしておきます」

「へぇ。柑子?随分早いな」

「ええ。早蒔きの種から栽培された極早生の柑子だそうですわ。御館から賜りましたの」


笑うと目元に皺の出来る乳母の名は、志津。気心の知れた志津に、俺は眼を見張った。


「‥‥‥御館みたちが?」


御館のご好意が珍しい訳ではない。
ただ、「今」のこの時を見計らって贈って下さった事が問題。
まさか。


「ええ。可憐なるお客人と共に食せ、と言伝られてますわ」

「‥‥‥やっぱり」


ひた隠してる積もりはないが、こうも筒抜けだと面白くない。
溜め息が生まれた。


「御館は大層お喜びなのでしょう。ご家令殿の話し振りですと、漸く四郎にも春が来た。隠して置きたいほど惚れておるわ、と、手を打っていらっしゃったようですから」

「志津‥‥‥そんなんじゃないって否定してくれた?」

「勿論でございますとも。今はただのお客人でございます、と申し上げておきましたわ」

「‥‥‥今はじゃないだろ。ずっとただの客人でしかないよ。出て行く迄のね」

「さぁ、それはどうでしょうね」


頭を抱えたくなる俺に、志津が笑いながら「さぁ、速く行かれませ。日が暮れます」と背を押すので、これ以上の話を諦め足を進めた。










暑さが鍛錬に適していると教えてくれたのは、敬愛する兄上。

武士に取って集中を欠く事は即ち命取り。
故に、意識が傾きやすい暑気の中で鍛錬を積むと良い。

その言葉を守り今日も昼下がりに庭へ降り立ったが、既に当の兄上の姿がそこにあった。


「四郎か、客人のご様子は」

「相変わらずです、三郎兄上」


相変わらず、あの女は喧しい。
そう含めたつもりだが、気の優しい兄上には通じなかったらしい。


「そうか。女人の身で一人旅とは大変だったんだろう。疲れが取れるまでゆっくり休んで頂く様、頼む」

「‥‥‥勿論です」


まだ対面していない女を思い遣って、眉間に皺を寄せる兄上。
そんな表情を女房に見られれば、「嫁候補か」と騒がれるのに。
‥‥忠告しようとしたが、取り合えず口を噤んだ。

俺の客人とは、先日拾わざるを得なくなった女の事。

奇妙な装束を纏った女は、頓珍漢な遣り取りの果てにあろう事か意識を閉ざした。
放置したいが、流石に城主の息子が城下でその様な外道を働けない。
理由が武士の誇り所以でない辺り、俺らしくもあり、笑えるが。


「三郎兄上、手合わせをお願い致します」

「承知した。来い、四郎!」


その瞬間、童顔とも言える兄上の眼が、鋭い光を放つ。
刃を潰した太刀を振り上げれば、頭の中は無に染まった。




 

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