夏山の影を茂みや たまほこの
道行く人も立ち止まるらむ
「‥‥‥だい───か‥」
さわさわと頬を撫でる。
さっきまで凄く暑かったから、涼しい風がホッとする。
アスファルトに照り付ける日差しに、バテそうだったから。
‥‥涼しいと言うより、妙に寒いけれど。
「‥‥‥意識はあるか」
そう言えば、占いの結果はどうだった?
あの変な看板。
私にしては珍しく、興味を惹かれて店に入って‥‥‥。
そう言えば。
中に居たあの男の人は、誰?
「‥‥‥‥ん‥‥」
「あぁ、気付いた?」
「え‥?‥‥っ!!きゃ‥‥──っ!?」
眼を開けると、目の前に顔。
思わず仰け反りって悲鳴を上げかけた私の口は、塞がれる。
「落ち着いて。あんたはここで倒れていた。たまたま通り縋った俺が発見しただけで、声をかけた他は何もしていない。───分かった?」
落ち着いた声音には、嘘が感じられない。
それがパニックに陥りかけた私をあっさり静めてくれた。
こくこくと何度も頷く。
「そう?じゃ、離すよ」
満足そうに笑うと、ホッとしたのか口を塞ぐ手を離してくれた。
ちらりと視界をよぎった手のひらは、思いのほか大きくて。
口に触れた感触は堅くて。
男の人を感じさせる、手。
そして‥‥‥なんて、綺麗な人なんだろう‥。
こんな綺麗な人、初めて見る。
男の人に免疫が殆どない私は、初めての感触に動悸が激しくなりながら、上半身を起こした。
「‥‥‥ありがとう」
「別に」
至近距離でふと笑う。
雨に濡れたような雫を含む、濡羽色の髪。
黒に、ほんの少し色を足せばこんな色になるのだろうか。
黒に近いのに、染まりきれず主張する艶。
その髪が柔らかく風に揺れていた。
「あなたは‥‥」
「忠信」
「忠信?さん?」
「忠信でいい。そっちは?」
いけない。
思わず見惚れてしまっていた事に気付き、顔が熱くなる。
「私?花音」
「ふぅん。花音さ、何処の者?」
「え?‥何処って‥‥神戸だけど」
「こうべ?‥‥聞いたことはないが」
「な、何言ってるの?神戸だよ、神戸。知らないはずないでしょ?」
忠信こそ何処の田舎者なのだろうか。
そもそも、此処は神戸ではない‥‥とか?
神戸にこんな草原があったか不明だし、限りなく後者に近い気がしたけれど。
「俺を馬鹿にしているのか知らないけど、そんな地名を聞いたことはない。それにあんた、奇妙な衣装だよな。都の白拍子はそれが流行ってるの?」
「しらびょうし‥‥?」
ポンポンと飛び交う言葉に頭がついていけない。
私、変な恰好していた?
自分の服を見ても、取り立てておかしな点はない。
いたって普通のセーラー服に紺のハイソックスだ。
「何処かおかし‥‥?‥え?」
おかしな点を聞こうとして硬直する。
この美人さんの服装が、変だ。
いや、着物着てるからといって別に可笑しいわけじゃない。
‥‥‥可笑しくない、けれど。
腰に佩いている、その黒く長いモノは。
「‥‥刀?」
腰の刀は、今の日本じゃ銃刀法違反ではないだろうか。
それともレプリカ?
「これは元服した時に父上から賜った。俺の愛刀だ」
「ちょっと待って。銃刀法も知らないの?今の日本では刀なんて持ち歩けないの。変なこと言わないで」
「は?あんたこそ何言っているんだ。武士が刀を持たないなど考えられないじゃないか」
‥‥‥‥ああ、もう。
これで益々意味が解らなくなってしまった。
この人、頭大丈夫かしら?
「あ、おい!?」
疲れたのか。
再び襲ってくる眩暈に意識が呑まれて行く。
せっかく顔がいいのにちょっと頭が‥‥なんて、忠信は可哀相。
大人しく眠りに誘われる私はこの時、真面目に彼を心配していた。
そう言えば、あの店のマスターっぽい人も顔はいいのに勿体無かったと。
いろんな意味で勿体無いと、思っていた。
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