「あの、『りょうじ』って‥?」

「令旨とは皇子や皇后など、今上帝の御身内が発布された命令を指します。以仁王は安徳天皇の叔父上にあたりますから」


安徳天皇の父君のお兄さんに当たる人か。


興味がないのが理由で、政治の話どころか、今の天皇の名前すら知らない私。

そんな私に呆れるでもなく、ほっとさせる笑顔で説明してくれる三郎くん。

それは御曹司も同じで、嫌な顔ひとつせずに教えてくれる。


「先日、安徳天皇の祖父君にあたる後白河法王が、平家によって幽閉されてな」

「幽閉?そんな事するなんて‥‥」

「その時、以仁王も長年知行なされてた領地を没収された」

「以仁王はいたくお悲しみになり、このまま平家の横暴が続く事を憂えられました。そしてついに御決心なされたのです」

「決心?」

「同じく平家に圧せられ、各地にて力を温存している我ら源氏と共に、平家を打倒すべきだとな」


‥‥‥ああ。


「じゃあ、御曹司も?」

「ああ、私も源氏の子だ。湧き上がる思いを抑え切れん。御館の御許しが出れば、今すぐにもと思っている」

「‥‥‥そう、なんだ」


喜色を顕に頷く御曹司。



十七年間生きていた、あの日々とは違うんだ。

ここがどんなに平和に思えても。
時は流れている。

戦、なくして生きて行けない時代なのだと。


「楓殿、どうかこの事はご内密に願います」

「‥あ、うん。もちろん」

「頼むぞ。───話がついた所で宴を始めようではないか。花が散ってしまう」


離れた所で控えていた人達に聞こえる様、声音をあげた御曹司。
その途端、がらりと空気を変え忙しくなる人達の姿。

再び用意を終えた女房さん達も、一旦決められた席に着いた。


「弁慶!忠信!お前達も座るがいい」


にこやかに笑う御曹司の言葉にも、無言で従う二人。
何だかよく似ている。

四郎も普段はあまり話さないらしいし、弁慶さんも寡黙なイメージだし。

さっき見た時は二人で話し込んでいたみたいだけど、会話が成立したんだろうか。


「何だお前達、その仏頂面は?可愛げの欠片もないと、折角の桜も色褪せてしまう」

「‥‥‥」

「俺が笑えば良いんですか?」


御曹司の背後に弁慶さんが座り、三郎くんの隣に四郎が腰を落とす。

上座を見立てて設えたらしい席に御曹司、その斜め隣に私。
私の正面に、四郎がいる。


「止めろ忠信、酒が不味くなる。どうせなら美姫が良いな、楓」

「私がなに?」


その後何もなかったように、満開の桜を愛でる宴が広げられても。


「桜にも負けぬそなたの美しい笑みをみせてくれぬか?───この私の為に」

「うわ‥‥、鳥肌が立ったんだけどどうしよう三郎くん」

「鳥肌ですか?母上に頂いた肌の万病に効く軟膏で宜しければ、後でお渡ししますが」

「継信。お前な‥‥‥」

「‥‥えっと、ありがたいんだけど、ちょっと意味が違うような‥」


ボケてるのか本気なのか分判別つかない三郎くんに、後で軟膏を貰う約束をしている間も、ずっと。

胸を占める、不安。


未来のことも。

そして今、会話どころか視線すら合わせてくれない、彼のことも‥‥。






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