吹雪いてきた視界の中でも迷う事のない手に引かれて、歩く。
辺りは日がなく薄闇に包まれ、しかも木々の中。
それでも立ち止まらず進む御曹司の背中。
普段のだらしなさが影を潜めるだけで、こんなに頼もしく見えるなんて卑怯。
「ふ、あやつらしい」
「何が?」
前でくすりと笑いながら落ちた一言に、私は首を傾げる。
「見るが良い」と示された正面に視線を向けると、いつの間にか先には館の門構えがあり、その前でほんのり明かりが揺れていた。
「探し回っていると予想していたのだがな」
御曹司がその明かりに声をかければ、涼やかな応えが返ってくる。
「探し回ろうとする兄上や西木戸殿をお止めしたのは貴方でしょう?私が迎えに行くと仰って。兄上達は卒倒しておりましたよ」
あれ?話が見えない。
三郎くんや国衡さんが卒倒していたのは、御曹司が外に出たから?
私がでたからじゃなく?
って事は、あの時、さり気なく責任を転嫁されたような気がする。
「‥ねぇ、御曹司」
「楓、細かい事を気にするでない。‥‥それより、忠信も見たか?国衡は兎も角として、継信の焦る姿を。あれは滅多に見られぬ」
‥‥あ、微妙に話を逸らされた。
まぁ、もういいか。
「ええ。その隙を突いて貴方が逃げ出したのも。発狂しそうな兄上を、俺と西木戸殿でお止めするのは大変でしたので」
御曹司の呼びかけに答えながら松明を手に、仏頂面の人物。
彼が門扉から身体を起こせば、黒い髪が揺れる。
「そうか。大儀であった」
「はぁ‥‥弁慶殿が帰っていないのが幸いでしたね。今回の件が知られたら、一晩説教は免れませんよ」
「うっ、思い出させるな!全く持って嫌味な奴だな。だからお前は性質が悪いんだ、忠信」
「この程度で嫌味だと仰るなら、行き先位は教えて下さい。それより中に入ってください。‥‥‥楓も」
四郎の眼差しが、御曹司から繋がれたままの手を辿り、私の腕を辿って視線が合った。
温度も感情も伝えない真っ直ぐな瞳が細められる。
「あの、ごめんなさい、四郎!」
「‥‥‥別に。俺は心配してた訳じゃないから」
また、怒らせた?まだ、怒ってる?
一体私の何が彼を怒らせたのか。
考えてもどうしても解らない。
「ねぇ、四郎、私ね──」
「いつまで外にいる気?」
「え?いつまでって‥」
「寒いんだけど。入ればって言ってるだろ?」
「そんなこと言ってな、─‥‥わっ!?」
くすりと笑う御曹司の手が離れ、代わりに背を、とん、と強めに押された。
前につんのめった私。
転ぶ、その衝撃を予想して目を瞑った‥‥‥けれど。
「楓、忠信はそなたを心配しているらしい。素直に従ってやれ」
「‥‥どう聞けばそうなるんですか」
実際に訪れたのは肩を支えられるという、予想と違った感覚。
「私は真実を言ったまでだ。こうすればそなたの気も良くなるだろう、忠信?」
「意味が解りません」
確かに。
四郎が機嫌悪いのは同意する。
けれど、だからと言ってなぜ私を押しやるんだ。
「楓は確かに返したぞ。私は継信の説教でも聞いて来よう」
「あ、だったら私も行く!」
だって、私が館を抜け出した所為で皆に迷惑をかけたんだから。
四郎の腕から身体を起こせば、すでに館の中に足を踏み入れた御曹司が肩越しに振り向いた。
「そうだな。ならば分担しよう」
「分担って?」
「楓は忠信の機嫌を取ってくれ。継信と国衡は私が受け持とう」
「機嫌‥‥え?四郎の?」
説教の分担?そんなものでいいんだろうか‥。
「それで良いな、忠信」
「御曹司こそ宜しいんですか?前に、兄上の説教は面倒だと仰っていましたが」
「たまには聞いてやらねば、奴も拗ねるだろう」
「‥‥然様ですか」
「では任せたぞ」
ぽかんとしたままの私と四郎を残したまま、御曹司の姿が館の中に消えた。
「‥‥何なんだ、あの方は」
「‥‥‥うん」
ぽつんと落ちた四郎の呟きに同意しつつも、心の中がじんわり暖かい。
気を使ってくれたんだ。
かなり強引だったけど、四郎と話ができるように。
本当は、優しい人なんだね。
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