「後は泰衡と忠衡って弟がいるけど、そのうち会うと思うよ。忠衡は君より年下だから弟になるかな」


まぁ適当に宜しくしてやってくれ。

お兄ちゃんの顔で笑った、西木戸さ‥‥国衡兄上、に丁寧に礼をして部屋を出た。













外はもう、茜色。
冬の雪国は夜になるのも早い。
昇り始めの、東の空に浮かぶ月を見た。

西の空にはまだ、夕暮れの太陽が空との別れを惜しんでいる。



結局、藤原家の養子となった私は、此処で冬を越すことに。


『奥州の冬は厳しいので、早めに戻られた方が良い』


大鳥城を出立する前に三郎くんが言った言葉は、実現せずにいる。

私の家は、平泉になるんだろうか。
今一実感が湧かない。

大鳥城に帰る、なんて選択肢がもう、ないのかな。



「‥‥馬鹿みたい」


呟きを落とした。


そもそも、帰る場所がどこにあるというの。

この時代に生まれてもいない私が。



「‥‥寂しいのかな、私」



輝き始める前の月に訊ねても、答えがないと知りつつ、落とす言葉。



「何が?」

「うわっ!?」


月が答えた。

あっ、と思って声のした方を振り返れば、流れるような濡れ羽色が視界に飛び込む。


「色気の欠片もない声だね」

「‥‥‥し、四郎!‥って、いつも後ろからいきなり!びっくりするじゃない」

「人を化け物の様に見るなよ。さっきから呼んでたんだけど」

「そ、そうなの?ごめん、ちょっと考え事してたから」

「‥‥ふぅん」


いつもの様に素っ気無く頷く。
なんだか眉間が険しいんだけど、気の所為だろうか。


「西木戸殿に呼ばれたみたいだけど、何か言われたの?」

「私?国衡兄上と呼べって命令されちゃった。恐れ多いって言ったら、そんな堅苦しい事を気にしてたら石になるぞ、って」

「あぁ、言うだろうな」

「あとね、佐藤家は漬物石だって」

「‥‥‥全く。親しみゆえの言葉だと分かってるけどさ、あの方にはいつも困るよ」

「あはは、確かに私も困ったよ」


どうやらあの人は、四郎達にも同じ事を言っているらしい。

きっと私に言ったのと同じ言葉を、四郎や三郎君に言っては呆れさせて。
四郎は今みたいに溜め息だけで終わるだろうけど、三郎くんはどんな反応をするのかな。

そうやって遊んでいる人なのかと思うと、おかしくなった。


「‥佐藤家の皆は、すっごく優しいのにね」


思い出してへらりと笑ったのに、胸がぎゅっと苦しくなる。


「此処に居ていいって‥‥私の、親代わりだって思えばいいって‥‥」











『寂しく思う時はいつでもおいでなさい。私はもう、あなたの母上の代わりなのですから』

『改めずとも良いがの、乙和の申す通りじゃ』















家族なのだと言ってくれた。

‥‥家族。私の。


私の本当の家族には、もう、会えないだろうから。
お父さんにも、お母さんにも。

だから、寂しくないように‥‥。



「馬鹿だな、花音」


俯いた頭の上から声が降ってきた。


「あんたにとって、父上と母上は親の代わりなのか?」

「‥‥え」

「代わりだと思え。そう言われて、はいそうですかって両親の代用品として見られるものなのか?」

「‥そんなこと、ない」

「事情は知らないし聞かない。親に会えない子供など珍しくもないからな。ただ今のあんたの言葉には呆れるね」


四郎との距離は変わらず少し離れたまま。
けれど、問いかける強い目の力が私を押さえつけているかの様に、動く事も出来ない。


「‥‥父上も母上も、軽く見られていると思うと不憫だ」

「そ、そんなことないっ!軽くなんて見たことっ」


基治さんと乙和さんを軽く見た事なんて一度もない。

思わずかっとなり叫んだ私に、視線が突き刺さる。


「ふざけるな」


‥‥ふざけてなんて、ないよ。

そう言いたかったのに。
夕暮れの光を受けて赤みを帯びた瞳の前では、口を開くことも出来ないまま。
踵を返すその背中を見ていた。

瞼がほんの少しでも閉じれば、今にも零れそうな雫を落とさないように必死で唇を噛む。

泣きそうに、なる。






四郎は明らかに怒っていて。



なのに、哀しんでいるように見えた。






『呆れる』って言った時、一瞬だけ

俯いたから。






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