‥‥のは正解で、
「ほら、楓様は紅梅色がお似合いだと思っておりました。お可愛らしい」
「楓様ってば普段は着飾って下さらないのですもの。御館から賜ったお着物が勿体無うございますわ」
「折角ですからお髪も整えましょう。椿油もご用意しておりますので」
たっぷり一刻(二時間)は、若桜を始め女房さん達に遊ばれ‥‥もとい、支度された。
西木戸さんを待たせているのに。
と抗議しても、仕方ないでしょう、と返ってくる。
待たせるのなんてさも当たり前のように。
この時代、貴族の姫が身分の高い人に挨拶する前に身だしなみを整えるのは当然のことで。
苛々と待つのは貴族の男としてたしなみに欠ける、という傾向でもあるらしい。
奥州藤原氏はかの平家や源氏ですら長きに渡って手を出せなかったほどの、豪族。
佐藤家みたいな武家社会なのかな、なんて今まで思っていたけれど。
館内では誰もが水干や直衣に身を包み、女房さん達は皆十二単らしき衣装だし。
実際は佐藤家とは少し違って、雅な部分も多い気がする。
大鳥城は、城内でも武士の人達が具足を付けたままで歩いていたもの。
短い間だったけど女房の真似事をしていた私も、少し上等な小袖姿だったし。
「完成ですわ」
若桜の声に我に返れば、正面の鏡に映る十二単な私の姿。
‥‥‥なんと言うか。
「まぁ、お可愛らしい!」
やんやと囃し立ててくれる彼女達に悪いけれど、こっそり溜め息を吐く。
なんと言うか、美人で衣装に負けない容貌の人達。
その中央にいる私は浮いている。
これじゃぁまるで七五三のようだった。
「君が楓殿だね。こんなに可愛い子だったなんて予想外だよ」
「いやとんでもない!‥‥じゃなかった。ええと、初めまして西木戸さん!先日御館の御厚意で」
「あ、堅苦しい挨拶はいいよ。俺は藤原国衡。国衡って呼んでね」
「え、くに‥?」
私の挨拶を遮った言葉に、心臓が飛び出しそうになった。
西木戸‥‥藤原国衡さん。
御館である秀衡さんの長男。
奥州藤原氏の一族というか、中心人物だ。
正室の子ではなく庶子であったために、家督相続は異母弟に譲っている。
けれど、優れた武勇と気さくな人柄は一族の中でも特に慕われているらしく、京の貴族を母に持つ弟よりも人気があるらしい。
と、着替えている間に女房さん達から聞いた。
‥‥‥うん、確かに気さくな人だ。
「いえいえそんな滅相も!その呼び方は不敬ですから‥っ!」
あわあわと手を振っている私に、西木戸さんはうーんと唸り出す。
その何て事のない仕草も柔らかく見せる所が、なんだか憎めない気がする。
「もしかして諱(いみな)がどうとか気にして‥‥あぁそうか、君って佐藤んとこの堅物兄弟と懇意にしてたっけ?」
「は、はい。大鳥城でお世話になっていましたけど」
佐藤家と諱、つまり本名を呼ぶのと、どんな関係があるのだろう。
「そっか成る程。あそこの一族は堅苦しいもんなー」
「‥‥‥は?」
「乙和殿が輿入れされてから幾分ましになったらしいけどさー、継信も忠信も小煩いだろ?何処の頑固親父なんだか」
「え、と‥‥頑固‥‥オヤジ?」
「一族郎党揃って頑固で堅物で有名じゃないか。戦時は心強いが、平時は漬物石の代わりにしか役に立たんと思っているんだけど、どう思う?」
「つ、漬物石!?」
「それでも君は九郎と仲良いって聞いたからまだ安心してたんだがなぁ。やはり佐藤の教育は侮れないや」
「御曹司とは全くちっとも一切仲良くありません。ってあのですから、西木戸さん?」
「あ、即答で否定?九郎を振る女の子なんて初めて見たよ。面白いなぁ、君」
この人は一体何を言いたいんだろう。
九郎‥‥‥って、確か、半ば変態と化している某御曹司の事だ。
うん、それだけは分かった。
あとはとんでもなく爽やかに、意味不明の言葉を発していた気がする。
「‥‥うん、君にならあいつを任せられるかな」
「‥?あいつ、とは?」
「こっちの話だから気にしないでいいって。それより」
ぽかんとしている私を見て、にこにこと人好きのする笑顔を向けて。
「俺、男兄弟だったから妹が出来て嬉しいよ。宜しく」
「よっ‥‥よろしくお願いします!」
暖かく歓迎してくれる言葉が嬉しい。
──基治さんと乙和さんのくれた、暖かさに似ていたから。
大鳥城で、得体も知れない怪しい人物であっただろう私を優しく受け止めてくれた、あの人達に。
零れそうな何かを堪える為に、拳を握った。
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