奥州の冬。
まだ本格的な冬は訪れてないらしいけど、一言で言うなら、早冬でもとんでもなく寒い。
気温は朝と昼で殆ど変わらない。

奥州は白くて寒い、冬の国。

朝、眼が醒めてぼんやりと天井を見つめ、此処が平泉なんだと確認するのも、かれこれ十日目になる。
つまり、御館の客人として迎えられて、十日。


「‥‥‥何してるの?」


今朝の目覚めの景色に嫌な予感を覚えた。
目の前に、顔。

最初に会ったときに私を「知らぬ」と言ってくれた、あの顔。
眼を開けた瞬間驚きすぎて言葉も出ない状態から、よく口を開けたもんだ、私は。


「何故起きる」


そんな私の顔を真上から覗き込んでる男は、何故か責め口調。
え、何故って。
私何か間違えてる?
そのまま首を振り左右を見る。
此処は私に宛がわれた室内の、「私の」布団の上で。
少なくとも枕元に胡坐を組んで顔を近づけている彼の部屋じゃなくて‥‥。

ああ、またか。


「何、する気だったのよ?」


自分のものとは思えない低い声が喉から出ると、彼は私に顔を近づけ、ふと笑った。
その距離、約10センチ。

吐息が唇を掠める。


「そなたに目覚めの挨拶をな」

「せっ‥!セクハラ御曹司っ!!」


‥‥‥朝の白景色に、鈍い音が響いた。












朝餉はいつも皆で食べる。
この時代の食膳は至ってシンプルで、ご飯と漬物と汁物。それから一品。
炊きたてのご飯に醤(ひしお)と呼ばれる物をお箸で乗せて食べるんだけど、これが凄く美味しい。
醤って簡単に言えば醤油や味噌になる前の醗酵した大豆。
現代で言う「もろみ」みたいなもので、とても美味しい。


「御曹司。頬、冷やさなくていいんですか?」


絶対に眼を向けまいと決めた、つまり背を向けているとある一角。
背後から、四郎の怪訝な声が聞こえる。


「気にするな。すぐに引く」

「頬?‥‥お、御曹司!まさか闇討ちでは‥‥!?」

「落ち着け継信‥‥これは猫だ」


三郎くんが慌てて立ち上がった気配と、それを宥める声。
何が猫よ、失礼な。
クスクス笑う気配にムッとしたけど、相手にしちゃダメだ。無視無視。


「あ、おかわりお願いしていいですか?」

「はい、結構でございますよ」


彼らを無視してお茶碗を差し出すと、初老に差し掛かった女房さんがにっこり笑った。


「たくさんお召し上がり下さいませ」

「ありがとうございます」


ほかほか湯気の出る茶碗と、にっこり笑顔の女房さん。
不意に志津さんを思い出した。
もっとも、志津さんはもっと厳しい人だけど。
こんな風に笑ったりしないけど。
ほろっとしてしまい、何だか無性に会いたくなった。

‥‥ああ、この感傷に浸っておきたい。


「恐れながら御曹司、継信の目は誤魔化せませぬ。その腫れは猫の力では到底不可能」

「継信‥‥分かっているなら察しろ」


三郎くんが呆れている。


「という事は、また女を泣かせたんですか?罪なお方だ」


四郎がやれやれと肩を竦めている。


「ふ、分かるか忠信?些か激しい女だがな、可愛い奴よ」


‥‥箸を持つ手が、震えた。

同時にがしゃん、と音がする。
その音に、つい見るまいと思っていた一角を向いてしまった。
どうやらそれは三郎くんが立ち上がった拍子に倒れた茶碗から、生まれた音らしい。


「御曹司、真実をお聞かせ願いたい」

「真実?」

「ええ。その痣、並の力ではありませぬ。女人とは建前、実の所は我々に極秘で早朝から一戦交えたのでは?」

「なら、相手は歴戦の猛者って所ですね、御曹司」

「失礼ね!そんな怪力じゃないわよ!」


思わず怒鳴ってしまった。

‥‥一瞬、空白の間が空いた。


「あ、やっぱり楓か」

「かっ‥‥楓殿っ!?」


その後。
腰に手を当てながら、失礼な奴ら三人組と対峙した。


「良いではないか、私の相手をするのが役目であろう?」

「ただの話し相手!冗談じゃない!」

「ははは、楓殿は激しいな!」


頬に青痣が痛々しいながら爆笑する忌々しい男、源九郎義経。


「あぁぁぁ!!か、楓殿でしたか!?申し訳ない!しかし見事な拳の入れ方で‥‥‥っ!」


謝っているのか感心しているのか、多分混乱しているんだろう、佐藤三郎継信。
‥‥ここは、武士に褒められたと喜ぶべきなんだろうか。
そりゃぁ手加減なしだったけど。

一気に脱力しかかった私。

黙々と箸を動かす一人と目が合った。


「良かったじゃない。兄上に猛者って認められてさ」

「‥‥‥っ、馬鹿!」


黙々と箸を動かす佐藤四郎忠信。

微妙な空気の中、「あら、お櫃が空ですね。替えをお持ちしましょう」とそそくさと部屋を出た女房さんの動きだけが妙に鮮明だった。


それは私が、この(セクハラ)御曹司の話し相手として秀衡様の前で紹介されてから、十日後の朝の風景。



  

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