1歩ずつ | ナノ


▽ 6話


『あ…』

冷蔵庫を開け、しまったと肩を落とす。
中は空と言っても過言じゃないほど物がなかった。
東京に来てからというもの、とにかく人が多くて、私はあまり外へ出たくはないため、買い物はほとんど学校帰りに済ませていたのだけれど…。
最近はストレスのせいか、学校では保健室登校をしているものの行き帰りは人の目を気にし続け、学校でもまったく人とすれ違うことがないはずもなく常に気を張っている私は精神的に疲れが出るもので。
冷蔵庫にはまだ食材はあるし。なんてここ何日か買い物をせずにいた結果がこれである。

『こんなことになるなら買い物行っといたらよかったなぁ…』

運のないことに今日は土曜日。ほとんどの学生や大人の休日。
つまり外へ行けばいつも以上の人がいるわけで、とっても憂鬱だ。
それでも今日明日となにも食べずにいられるはずもないので、仕方なく私は外へ踏み出した。

目に映るのは人人人。
うわぁ…なんてちょっと口から漏れてしまったけど、ぽつり、呟いた声に誰が反応することもなく、雑踏の中わいわいきゃいきゃいと通り過ぎていく私と同じくらいの男女や、はしゃぐ子どもの音に呑まれた。
みんな携帯だのスマホだの、自分の隣にいる人くらいにしか目を向けずにいることは百も承知。
でもこの人でごった返している中、誰一人私を見てない、視界に入ってないなんてこともないわけで、やっぱり怖い私はなるべく人の多い通りを避けてすすむ。


――――
―――


……重たい。

両手いっぱいに袋を抱える私は宛ら安売りの商品を買いだめしに来た主婦のようだと思う。
重いわ人はいるわで家に帰ることすら億劫だ。
かと言ってタクシーは高いし、何より怖い。
気楽に話を振ってくる運転手さんも話を振ってこない運転手さんとの妙に重く感じる沈黙も。
電車なんてもっての外だし、それほどの距離もないから仕方なく歩く。
ああ、もう早く帰りたい。
青い猫型ロボットがポケットから出すどこにでも行けるドアが欲しい。

「重たそうだね持ってあげようかー?」
『っ!…、………!』
「家は?あっち?そっち?」

ズン、といきなり肩が重くなって、真横からする聞きなれない声に体が強ばった。
色んな恐怖に苛まれながらも頑張って結構です。なんて何回も言っても肩に回された手はよけてくれなくて、やっぱり東京になんか来なきゃよかったと後悔する。

『も、あの…いいです、から…』
「えー親切なんだから受け取ってよー」

よりにもよって人が苦手な私じゃなくても、人ならそこら辺にたくさんいるじゃない…なんて嫌でも思ってしまうほど今日はほとほとついていない。
そんなたくさんいる人は見て見ぬふりを決め込んでいるようだ。
私だって人が苦手じゃかったとしてもこの状況で見ず知らずの人を助けるなんてきっとしない。
だから自分でなんとかしなきゃいけないけど…どうしよう怖い。

できることなら振りほどいて逃げたい。
でも両手いっぱいに重い荷物を持ってるし、相手は男の人だし、気のせいかだんだん回されてる腕に力が入ってる気がするし…怖すぎて体が動いてくれない。
全く離れてくれない相手に恐怖がピークに達した私は情けなくも泣いてしまった。

「あー!ちょっとお兄さん、何女の子泣かせてんのー?」
「は!?なんだよお前」
「はいはい、汚い手で触らない!」

少し大きいんじゃないかってくらいの声が聞こえたと思えば、今まで乗せられていた肩の重さがなくなった。
多分、今聞こえた舌打ちはさっきまでしつこかった人のだと思う。

「大丈夫?」
『あの、あ、ありがとう…ございました』
「あれ、えーっと…涼香ちゃん?」
『…え?』

呼ばれた名前は確かに私の名前で。
でも私の名前を知ってる人なんて秀徳じゃあ緑間くんくらいしかいないだろうし、でもその声は緑間くんじゃなくて。
かと言って聞いたことのない声でもなく、おずおずと顔を上げると、

『…た、たか…っ』

ロクに話したこともない私が名前を呼んでもいいのだろうかと途中で口を噤んだ私を気にする仕草さえなく、バチリと目を合わせた彼にやっぱり!と言われた。

「てか大丈夫?怖かったっしょ?」
『あ、だ、大丈夫…です』

そういえば名前言ったかななんて思ったけど、大方緑間くんから聞いたんだろう。

『!!』

ひた、と何かが頬に触れてビックリして思い切り顔を上げた。

「ごめん、平気?」

なんて聞かれたけど答える間もなく目元をゴシゴシ擦られて。
ああ、今度は本当に泣いてるとこ見られちゃったな…

そのあと、重そうだし途中まででも送っていくよ?なんて言われたけど、これ以上迷惑も掛けられないし、感謝の気持ちと断りの言葉を言って、早く家へ帰りたかった私は少し早歩きで帰ってきた。
…もう絶対休みの日に出かけたくない。


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