1歩ずつ | ナノ


▽ 5話


「あ」
『…っ!』

保健室のドアを開けると人がいた。
おかしいなぁ、私がここを出たときは伊代さんしかいなかったのに。

廊下に人がいない授業中の今、ほんのちょっとお手洗いに出てただけなのに戻ってきたら伊代さんがいなくて代わりに男の子が…。
同じく授業中に保健室に入ってきた私に少し驚いたのか、私の方を見たその視線が嫌で、でももう少しで授業が終わるから廊下には戻れなくて。
私は下を向いたまま早足で一番奥のベッドのあるところまで行く。

「待って」

つもりだった。
横を通り過ぎたときに掛けられたその声に足を止めてしまって、手で掴まれてるわけじゃないからこのまま無視してベッドに潜り込むことだって出来たけどやっぱり無視するのは気が引ける。

「君同じクラスの人だよね?」
『……』
「この間はごめんな。泣かせるつもりはなかったんだけど」

そんな言葉に恐る恐ると少しだけ顔を上げると高尾くんだった。
どうしよう、やっぱり誤解されたまま。
何も悪くないのに謝らせるなんて…私最低な人だ。

『あ、の…』

ちょっとしか見なかったけど、初めて話しかけてくれた時の表情とは打って変わった曇った顔と本当に申し訳ないといった声のトーンにギュッと拳を握る。

『な、泣いてない、です。この間も、その…入学式の、ときも』
「ホント?」
「ごめんごめん、絆創膏あったわ」

その問にコクコクと首を振ったそのとき伊代さんが戻ってきて、私はそれに乗じて目的の場所へと再び足を進めてベッドへと潜り込んだ。
逃げてごめんなさい。
でも本当に泣いてないんです…ちゃんと伝わってくれたのかな?


――――
―――


失礼しました。なんて声と一緒にドアが閉まる音がした。
帰った…かな。
恐る恐るカーテンを開けようとすると、それより先に勢いよくカーテンが開かれて心臓が飛び出るかと思ったけど、目の前にいた人が伊代さんで少し安心。

「高尾くんと何か喋った?」
『あ、えっと…』

伊代さんの問いに喋ってないと言ったら嘘だけど、喋ったと言えるほども喋ってはいないと思うし…なんて話したら伊代さんはうんうんと頷いて微笑んだ。

「進歩したねぇ、涼香ちゃん」
『そう、ですか?』
「だって人がいるだけの教室に入れなかったのに他人と話すことができたんだから」
『う、まあそうですけど…無視するのは気が引けただけで…』
「それでも十分な進歩よ」

もうすぐ教室復帰できたりして。なんて言った伊代さんに、私が考えただけでも怖い。と返せば苦笑いが返ってきた。

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