1歩ずつ | ナノ


▽ 4話


どうしよう、どうしよう、どうしよう

かれこれ1時間くらいこの5文字が頭で回っている。
理由は伊代さんが会議に出てしまったから。
今はお昼休みも終わって生徒が訪れる率も低いけど、やっぱり人が入ってきたらと考えると怖い。

しかも伊代さんがいつ頃帰ってくるか曖昧で、いつもは授業のノートのコピーを伊代さんから受け渡して貰っているけど、今日は伊代さんが帰ってこなかったらそのノートをいつも取ってくれている本人…緑間くんから直接受け取らなくてはならない。
幸いにも彼とは同じ中学に通っていて面識も少なくはないため、他の人に比べればまだ大丈夫な方ではあるけど、やっぱり他人は他人、恐怖心はある。

『お願い伊代さん帰ってきて…』

ベッドを覆うようにシャッとカーテンを閉めて、ベッドの上で祈る。

ああ、もう嫌だなぁこの体質。
折角高校へ進学して変わろうと思ったのに、チャンスもあったのに…涼ちゃんいないから大丈夫だと思ったんだけどな…。

ベッドの上で体育座りをして、膝に額を乗せた際に垂れ下がってきた髪を一束つかんだ。
髪もわざわざ黒く染めて目立たないようにしたのに…無意味になっちゃったかな。

あの時逃げなかったらどうなってたんだろう。
普通に「大丈夫だった?」なんて声かけられたりして…なんてないか。
会って1日、1回も話したことがない人に話しかける人なんて。

そこでふと入学式の日に話しかけてくれた人を思い出した。
私が久しぶりに話した人だからすごく印象に残ってる。
高尾くん。あの人だったら席が隣だしもしかして…いや、話したなんて言ってもほんとに少しだし、きっと私が泣いたって勘違いしてるだろうし、気まずくて話しかけてなんてくないんだろうな。
まずあったとしてもどう返したらいいか分からない。
「大丈夫」だけだったら素っ気ない?冷たい?でも他に何を言えばいいの?
でもそれ以前に、きっと吃って「大丈夫」って言葉すらなかなか出せないだろうし。
なにこの子?なんて思われる前に逃げてよかったのかも。
……いやいや、これじゃあ変われないんだって!

バッ!と顔を上げた途端、ノック音とドアが開かれる音が聞こえた。
どうしよう、誰?そういえば今何時?
時計を探したいけど自分で閉めたカーテンの所為で時計が見えない。
放課前なら知らない人、放課後なら緑間くん。
伊代さんはドアを開けるときに必ず涼香ちゃんと呼んでくれるから、今入ってきた人は伊代さんではない。

「涼香、いるか?」
『み、緑間、くん…?』

そう聞けばそうだ。と返ってきて、知らない人じゃなかったことにホッと胸を撫で下ろした。
でもカーテンを開けた時に目が合うと反射的に顔を俯けてしまう。

『あ、あり、がと・・・ごめん、なさい』

やっぱり上手く話せないや。

「……ここにはあいつもいないし、帝光から来た奴も少ない。少なくともクラスに帝光出身は俺とお前だけなのだから逃げないで堂々といれば良かったのだよ」
『それはその、後悔、してるよ…でも私、う、上手く話せないし…それに…』
「そんなことは知っている」

目を合わせることも、人に見られることも怖い。
そう言う前に遮られた。

「治そうと必死なのは分かるが、全員に自分を良く見てもらおうなんて考えは間違いだ。どう八方美人に振舞っても近づかない奴は近づかないし、近づく奴は近づいてくる。だから…」
「緑間遅ぇーよ。てか先生いねーじゃん、なに長居してん…ん?」
『ひっ…!』

緑間くんの後ろから知らない人が顔を出してきたのにビックリして思わず悲鳴をあげてしまった。
ごめんなさい、何もしてないのに…。
でもその人はそんな私の小さな悲鳴が聞こえなかったのかじっと私を凝視してくる。
嫌だやめて見ないで。
鼻の奥がツンとして目が熱くなってくるのを感じると、その人は焦りだした。

「え、ちょ!?泣かないで!」

あ、どうしよう高尾くんだ…私また泣きそうになるなんて失礼すぎる…

「外で待っていろと言っただろ」
「だってお前遅いから…」
「はぁ…すまないな。とりあえず俺が言いたいのはお前は気にしすぎだということだ。じゃあノートは渡したからな」

その声にコクコクと頷くだけで。
緑間くんはそのまま高尾くんを引きずって出て行った。

『泣いてない…のに』


――――
―――


緑間に引きずられて保健室の外に出た。
やべぇ、どうしようあの子俺見て泣いてたよな!?

「緑間、俺ちょっと」
「待て」

謝ってくるわ。とドアノブに手を掛ける前に止められる。

「あいつは泣いてないしお前のせいじゃないのだよ」
「え、じゃあ何?緑間泣かせたの?」
「それも違うのだよ馬鹿め。それに泣いてないと言っただろう」

いやいやでも明らかに涙目で…って…あれ、そういえば前もこんなことあったような気がする。
あの落ち着いた黒い髪に、それには少し不釣り合いで明るい黄色の、怯えているような目………そうだ、うちのクラスの空き席のあの子と同じだ。

「なあさっきの子って俺が前泣かせた子?」
「そうだが。あいつは泣いてないのだよ」
「いや、まー泣いてないのかもしんねーけど…何で分かんのお前」

前回も今回も。
前回に至っては緑間はあの場に居合わせてなかったはずなんだけど?
…ていうか無視か!
さっさと前へ進んでいく背中にぶつける。

そうだ、緑間が言うとおり俺のせいじゃなかったらどうしてあの子は学校…教室に来ねーの?なんて聞いてみたけどどうせまた

「自分で聞けばいい」

無視すんだろーな。なんて…ん?

「聞けばいいって…まず俺あの子の名前知らねーし」
「黄瀬涼香」
「は?」
「あいつは涼香だ」

それはあまりにも唐突で、一度歩みを止めた緑間が再び歩き始めるまで俺は少し呆けた。

涼香ちゃん…か。
つっても学校には来てるって言ってたけど、いつもどこにいるのかわかんねーし。
入学式の日も今日も俺を見て怖がってるみたいだったし、俺の所為じゃないって言われても少し気まずいって。

つーか黄瀬ってなんか聞いたことあんだけど…なんだっけ?


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