※微妙にこれと同設定
「ただいま」
いつの間にか軋む音が耳に付くようになったドアをなんとか押し開けて帰宅する。今日の取り立ては割合順調だったから、俺の帰りはいつもより早い。浮いた時間で少し凝った夕飯を作ってみようか、なんて考えながら靴を脱ぐと、そこで、違和感。
「……臨也?」
部屋の電気は点いている。しかしいつもの、「おかえりー」なんて間延びした挨拶が、返ってこないのだ。珍しい。もしや眠っているのだろうか。廊下を過ぎ、部屋に踏み込んだ。
「ただいま……」
なんとなくもう一度呟いて、ソファの上に臨也を探す。しかし部屋をぐるりと見渡しても、奴の姿はない。
「……」
ぞくり、がらんどうに近い部屋に、何か得体の知れない恐れを感じて、俺はキッチンに歩を進めた。仄暗い空間。蛇口から水滴が落ちる音が断続的に響くのを、煩わしく思っていると不意に、暗闇の中横たわる何かの気配を感じる。まさか。
「…おい!」
慌ててその何かに近付けば、それはやはり臨也で。
「臨也、どうした、おい!!」
膝立ちになり奴を抱き起こす。焦りながら揺さ振ると、臨也の瞼はゆっくりと開いて、奥の瞳を覗かせた。その赤はどこかくすんでいるようにも見える。
「あ…シズ、ちゃ…」
「何があった、大丈夫か」
「……お、」
「お?」
臨也の唇が、はく、と頼りなげに動く。
「…おなか、すい、た……」
消え入りそうな声で告げられると同時に、奴の腹では虫がぐううと鳴いた。
「ごちそうさまでした!」
「……お粗末さまでした」
食卓に並べた皿を全て空にして、臨也は笑顔で手を合わせた。心なしかその頬はつやつやしているようにも見える。
腹を鳴らしたあの後くたりと気を失ってしまった臨也をソファに運ぶと、俺は急ピッチで夕飯を作り始めた。生憎、予定していたような手の込んだものを作っている暇はなかったのだが、冷蔵庫の中身を片っ端から使い切り、いつもよりボリュームのある夕飯を作ることができたのだから、結果的には良かったのだろうか。料理のできあがる匂いでもそもそと起き上がってきた臨也も、どうやら満足しているみたいだし。
「まさかこの俺が空腹で倒れることになろうとはね。一時はどうなることかと思ったよ」
「それはこっちの台詞だ…」
「キッチンまで行ったは良いけど、俺料理作れないしね。インスタントも好きじゃないから、ほんと、シズちゃんが早めに帰ってきてくれて助かったよー」
「ああそうかい」
鼻歌を歌いながら食器を重ねて流しに下げる臨也を横目に、俺は自分の分のおかずをもくもくと口に放る。時間の無い中、我ながら美味しくできたものだと思う。
「今までお腹が空いて倒れるなんてことなかったもの、びっくりしちゃった」
「ならデリバリーでも頼めば良かったじゃねえか」
「えー、でも俺の口もうシズちゃんの手料理仕様になっちゃったしー?今更君のご飯以外食べたくないし、ていうか一日一食で余裕だった俺が三食食べないと倒れるようになったのも、シズちゃんが作って食べさせるせいなんだから」
全く責任取ってって感じだよねえ。なんて食後の緑茶を啜る臨也に、俺は思わず噛んでいた飯を吹きそうになってしまった。危ねえ。
料理を美味いと言って貰えるのは嬉しい。ただ、普段からあんなにも俺に対して冷たいこいつが、ここまで褒めるとなると、嬉しいを通り越して何やら気恥ずかしくなってくる。火照った頬を隠すべく、冷たい麦茶をぐっと飲み干した。
「いやあ、シズちゃんは良いお嫁さんになるね!」
「……何馬鹿言ってやがる」
「ん?旦那さんが良かった?まあそれでも良いけど」
臨也は上機嫌で肘をついて俺を見つめた。普段にはないこのでれでれとした空気には、戸惑うしかない。多分こいつは久々の飯に浮かれているのだろう。そうだ。きっとそうに違いない。
「ねー、これからも毎日さ、俺にお味噌汁作ってくれるよね?」
輝きを取り戻した瞳の赤が、きゅっと細められる。プロポーズじみたその言葉にくらくらしながら、俺は食後のデザートは何にしてやろうかなんて、甘い考えを持ってしまうのだった。ああ、俺も絆されたもんだ!
依存じゃないです餌付けです
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静雄さんのご飯大好きすぎる臨也さんが書きたかったんだよ…嘘じゃないよ…
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