それぞれの想い(1/2)
「お兄ちゃん!」
あれから少し寝てからりゅうはすぐに起きた。
隣に座っていた安室の姿を見て安心したようにニコリと笑った。その笑みに安室は困ったように笑い返した。
そして病室に居るのは退屈だと言い出したりゅうに「今日一日は念のため入院だぞ」と伝えれば「えー・・・」と不服そうな返事が返ってきたので、しょうがないな。と安室は苦笑いして庭にでも出るか?と外へと連れだしたのだ。
ベンチに腰掛ける安室のすぐ近くで迷い込んだであろう子猫とじゃれ合っているりゅうを安室は優しげに見つめていた。
「どうした?」
呼ばれて首を傾げればニョッと子猫を差し出され、慌てて受け取った。
「可愛いよね!」
ニコッと笑いながら横へと腰かけるりゅう。安室の腕の中で子猫はゴロゴロと喉を鳴らしていた。
「・・・お前は昔から猫が好きだったな」
「うん!お兄ちゃんは猫より犬の方が好きだったよね!」
「まぁな。けど猫も嫌いじゃない」
そう言いながら猫を一撫でしてりゅうへと渡せばベンチから離れて猫じゃらしなどで遊んでいた。
「お前、怖くないのか?」
普通、あんなことがあった後じゃあ怖くて外出たがらないと思うが・・・と零す安室に「ふふ」と笑うりゅう。
「怖くないよ。だって・・・」
「?」
「お兄ちゃんが護ってくれるんでしょ?」
「!!・・・あぁ、お前の事は俺が護るよ(白夜の代わりに俺がずっとお前を護る・・・)」
安室は一瞬驚いたような表情をした後、寂し気に笑った。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「・・・無理はしないでね?」
「え?」
「お兄ちゃん、なんか変だよ?私を見る目が凄く悲しそう・・・ねぇ、なんで?」
子猫を抱きかかえたまま、もう片方の手で安室の頬へと手を置くりゅう。
「そうか・・・?」
「うん・・・。なんだか凄く寂しそう・・・私が何か忘れてるから?沖矢さん達みたいにお兄ちゃんの事も何か忘れてるから・・・そんな悲しい顔してるの?」
「っ・・・違うよ、違うんだ。・・・嬉しいんだよ。お前が護れるなら俺は・・・」
お前に忘れられてても、どんなに拒絶されても護り続ける覚悟だった。いや、いっその事、俺の事なんて思い出す必要なんてない。そう思ってたのに・・・そう思ってたはずなのにっ・・・
「どんな形でもいいっ・・・お前にもう一度「お兄ちゃん」と呼んでもらえて・・・そんな風に俺に笑いかけてくれるお前が居て・・・」
嬉しいんだっ・・・。そう言って顔を俯かせる安室にりゅうは困ったように首を傾げた。
「んと・・どういうこと?」
私はずっとお兄ちゃんって呼んでるよ?と小さく呟くりゅうに安室は、顔を上げてフッと笑った。
「いいんだ。気にしないでくれ」
そう言いながらポンポンと頭を撫でる安室に「よく分かんないけど・・・まぁいいか」と呟き笑うりゅうがいた。
「なぁ、りゅう」
「んー?」
「・・・抱きしめてもいいか?」
「へ・・・・?」
いきなりの言葉にりゅうは間の抜けた返事を返した。
「一度だけでいい・・・」
「・・・珍しいね?いつもは私から抱き着くのに・・・」
そう言いながらりゅうは優しく笑い子猫を地面へと降ろし、両手を広げた。
それに導かれる様に安室はベンチから立ち上がりギュッとりゅうを抱きしめた。
抱きしめられている間、りゅうは安室の身体が少し震えているのに気がついたが、知らないふりをし、目を閉じた。
「・・・苦しいよ、お兄ちゃん」
ギュッと力を込めて抱きしめられて苦笑い気味に言えば「悪い」と一言返ってきたきり、二人とも無言で・・・・
解放された時はもう、安室はニコッと普通に笑っていて・・・
ただその笑顔がやはりどこか寂し気で・・・
喉が渇いたという事で子猫とさよならをして、場所を外からロビーの様な所へと移動して椅子に座った。
「・・・お兄ちゃん」
「ん?」
「私ね、怖い・・・」
「・・・しょうがないさ、あんなことがあったんだから」
「違うの・・・狙われてることも確かに怖いけど、でも・・違うの・・・」
「違う?」
顔を俯かせるりゅうに、安室は小さく首を傾げた。
「・・・沖矢さんって、どんな人?」
「沖矢?・・・怖いって沖矢が?何かされたのか!?」
「違う違う!何もされてないし!どっちかっていうと凄く・・・すごく・・・」
優しくて・・・と語尾が小さくなっていくりゅうに、安室は安心させるように微笑んで頭を撫でた。
「ゆっくりでいい・・・」
「ん。・・・あのね、あの人、私の事を自分の命に代えても護るって・・・」
「・・・そうか」
「・・・それが怖くてっ・・・」
「りゅう・・・」
「言葉通りっ・・・電車のホームに突き落とされた時っ・・・目の前まで電車が迫ってるのに何の迷いもなくあの人っ・・・」
飛び降りて自分より先に私を避難場所にっ・・・と言葉を詰まらせながら話し出すりゅうの頭をソッと撫でる安室。
「私なんかのっ・・為に簡単にっ・・命を投げ出すんじゃないかってっ・・・居なくなっちゃうんじゃないかってっ・・・」
怖いのっ・・・そう言って涙を零すりゅうを見て安室は目を瞑った。
「・・・なぁ、りゅう」
「っ・・・なっ・・にぃ?」
安室の呼びかけに答えるりゅう。
「・・・もうこのまま・・・ずっと記憶なんて取り戻さずに、俺と居ないか?」
「−−−−え?」
安室の急な言葉にりゅうは小さく目を見開いた。
「お前の事は俺が必ず護り通す。だから・・このまま沖矢の事も、すべて忘れてーーー」
「・・・どうして・・?沖矢さんの事、私思い出したいよ・・・?」
「・・・今ならまだ間に合う。会ったばかりの男の事で、お前がそんなに怖がるのなら・・・」
失うのが怖いのなら、もう関わらない方がいい。
「でもっ・・・・」
「あいつは!・・・お前の為なら自分の命すら投げ出す奴だ」
「っ・・・・・」
「それだけ、あいつはお前の事が大切なんだ。そんなあいつを護る為にも・・・このまま・・・」
「沖矢さんを・・・護る為・・・?」
「お前が沖矢から離れれば、あいつはそんな無茶はしないだろう・・・・」
「・・・私の・・為に・・・?」
私が、彼を思い出さずに・・・このままもう一度会った事も忘れてしまえば、沖矢さんは無茶はしない・・・?死んだりしない・・・?
「・・・りゅう、無理にとは言わない。お前のしたいようにすればいい。ただ、そう言う選択肢もあるんだという事を分かってほしい」
「・・・沖矢さんを、忘れる選択・・・」
顔を俯かせたまま小さく繰り返すりゅうに安室はフッと笑った。
「・・・大丈夫、焦る必要はない。俺が傍に居る。ずっと護るから・・・だからゆっくり考えればいい」
「・・・うん」
「ごめんな、お前にそんな顔をさせたかったわけじゃない・・・お前には笑っててほしいんだよ。どんな形でもいい・・・」
例え記憶を失っているという形でもいい・・・お前が幸せになれれば俺はーーー
「・・・ありがと、お兄ちゃん。ちょっと考えてみるね」
ちょっと疲れちゃった、部屋行って寝ようかな。と笑うりゅうに、安室は頷き立ち上がった。
部屋に戻る際に目に留まったテレビの画面。
「・・・・・・」
立ち止まるりゅうに安室は首を傾げた。
「りゅう?」
「私・・・ここ知ってる」
「え?」
テレビを見つめたまま動かないりゅうの言葉に慌ててそちらを見て見れば・・・
「トロピカルランド・・・ここを知ってるのか?」
「・・うん。なんか・・知ってる気がする」
記憶が?ただ、頭痛を起こしているようには見えない。もしかすると沖矢と二人で出掛けた事があるのかもしれない。と安室は考えた。
「(頭痛がないという事はトロピカルランドに行けばもしかしたら、無理なく記憶が戻るかもしれない・・・)」
ジッと何かを考え込む安室にりゅうが「お兄ちゃん?」と声を掛ければ「あっ・・・」と慌ててりゅうへと視線を向けた安室。
「部屋に戻ろ?」
「・・あぁ、そうだな」
部屋に戻ればすぐに眠りについたりゅう。
「りゅう・・・・」
前髪を軽く撫でた後、安室は徐に立ち上がり携帯で電話を掛け始めた。
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