第九訓 4 「う…あ…あ…赤い着物の女が…う……来る…こっちに来るよ」 あれから近藤さんは寝込んでしまい、汗をかいて魘されていた。 何を見たんだか知らないけど、見っとも無いなぁ。 「うぐっ!」 「近藤さ〜ん、しっかりしてくだせェ。いい年こいてみっともないですぜ、寝言なんざ」 「…これはアレだ。昔泣かした女の幻覚でも見たんだろ」 「近藤さんは女に泣かされても、泣かしたことはねェ」 それってお妙さんの事かなぁ? 確かに泣かされ…っていうか、あれはボコされ、じゃないかなー? 「じゃあアレだ。オメーが昔泣かした女が嫌がらせしにきてんだ」 「そんなタチの悪い女を相手にした覚えはねェ」 「分からないよ?土方さんじゃあ。ねぇ?里美さん」 「うんうん。女泣かせだもんね、マヨラーは」 「んだとコラァ!」 「ち、違うよ…!副長はそんな人じゃあ…!」 わぁさすが真由さん…! 恋する乙女は違うね、このこの! 「じゃあ何だってんだよ?」 「知るか。ただ、この屋敷に得体のしれねーもんがいるのは確かだ」 「……やっぱり幽霊ですか?」 「あ〜?俺はなァ、幽霊なんてモンは断固信じねェ。ムー大陸はあると信じてるがな」 そう答え、鼻をほじった手で神楽ちゃんの頭を撫でる。 最っ低!最低だよ、あの人! 神楽ちゃんが可哀想、こっちおいで! 「アホらし。つき合いきれねーや。オイ、てめーら帰るぞ」 銀ちゃんが新八くんと継美さんの手を引く。 ………ねぇ待って。 「……何ですか、この手は」 完璧2人の手握ってるじゃんか。 バカなの?銀ちゃん。バッレバレなんだけど。 ていうか、継美さんをどこに連れて行く気なの。 「なんだコラ、てめーらが怖いだろーと思って、気ィつかってやってんだろーが」 「ちょ、放してください銀さん」 「何でだよ。だ〜い好きな銀さんと手ェ繋げて嬉しいんだろ?照れんなって」 「照れてないですけど!? (手汗が気持ち悪いんですけど?!汗かき過ぎですし!バレバレすぎです!)」 なんだかんだ言って銀ちゃんが幽霊怖いのがわかったし、これはからかっちゃおうかな〜。 にんまりと笑ってれば総悟と目が合う。 今お互い意地の悪い顔してるんだろうなぁ。 「「あっ、赤い着物の女!!」」 ガシャン!! 総悟とうちが指差しそう叫んだ瞬間、銀ちゃんは押し入れに素早く突っ込み、真由さんは肩を揺らして継美さんに飛びついていた。 怯えた真由さんかっわいー! 「何してんですか?あなた」 「いや、あのムー大陸の入口が…」 「旦那、アンタもしかして幽霊が…」 「なんだよ」 「土方さん、コイツは…アレ?」 うちらが横を向くと、壺に顔を突っ込んでいる土方さんの姿があった。 ……もういいよ、バレバレだよ、分かっちゃうよ! ●●大陸なんて言い訳しなくていーからね!? マジなんなのその大陸!! 「あの、副長?何やってるんですか…?」 「いや、あのマヨネーズ王国の入口が…」 真由さんを除くうちらは2人に冷たい目を向ける。 そして真由さんの肩を掴んで向きを変えた。 「待て待て待て!違う、コイツはそうかもしれんが俺は違うぞ!」 「びびってんのはオメーだろ!俺はお前、ただ胎内回帰願望があるだけだ!!」 「わかった、わかった」 「ムー大陸でもマヨネーズ王国でもどこでもいけよ、クソが」 「いってらっしゃいでーす。もう帰ってこなくていいから行って来ればどうですか?」 「「なんだ、その蔑んだ目はァァ!!」」 (ん…??) 何か、いる? うちの目が悪くないなら、銀ちゃんと土方さんの後ろに何か見えるんだけど…。 「ねえ、神楽ちゃん」 「どうしたアルか、亜希」 「あれ」 そろりと指を差せば神楽ちゃんが気付き、継美さんと里美さんが驚きに目を見開く。 新八くんが後ずさり、総悟が軽く青ざめ、真由さんが小さくひっと声を上げた。 「なんだオイ」 「驚かそうたってムダだぜ。同じ手は食うかよ」 そんなんじゃないんだってばぁぁ! 何度も後ろを見ろと指を指すけど2人は信じてくれない。 「オイ、しつけーぞ」 信じてくれないならもういいもん!!! 2人なんて知らないんだから!! 悲鳴をあげながら、うちらは部屋から逃げる。 あっあああ、あんな怖い部屋、長いこと居られるわけ無いじゃんかぁぁぁ!! 「みっみっみっ見ちゃった!ホントにいた!ホントにいた!」 「奴らのことは忘れろィ。もうダメだ!」 南無阿弥陀仏…って事だよね!? さようなら、銀ちゃん、土方さん!また来世で! ドォン!! 凄い音に背後を振りかえれば、 「うおおおおおおお」 銀ちゃんと土方さんがすんごい必死な顔で走っていた。 あれを切り抜けてきたの?! すっご! …いや、待って…? 「……しょってる!?女しょってるよオイ!!」 2人のすぐ後ろには、赤い着物の女がいた。 ヤバイヤバイヤバイ、あの2人何してくれちゃってんのかなぁぁぁ!!?? 「うわばばば!!こっち来るなァァ!!」 新八くんが叫び、うちらは足を速める。 (こっち来ないでよぉぉぉぉ!!!) ギャアアァァア… 遠くから銀ちゃんと土方さんの悲鳴が聞こえてくる。 うちらは今、屯所内の倉庫へと身を潜めているところ。 幽霊から隠れられたはいいけど、見つからないよね?コレ、見つからないよね? 「やられた、今度こそやられた」 「しめたぜ。これで副長の座は俺のもんでィ」 それどころじゃないでしょー!? 「オイ、誰か明かり持ってねーかィ?」 「…蚊取り線香なら今朝買って来ましたけど……?」 「お。助かりまさァ」 真由さんの手渡した蚊取り線香へと火がつけられた。 むわりと煙が上がり独特の匂いが充満し始める。 「継美姉、銀ちゃん死んじゃったアルか?ねェ、死んじゃったアルか」 「え、えーっと……主人公死んだら誰が主人公になるんですかね…」 「継美さん!?こんなところでそんな考え持たないで下さい!」 継美さんって時々考えがぶっ飛ぶよねぇ…。 「あ、そういえば…。ねえ、総悟、あれじゃない?」 「ん?…あー…あれかァ…」 「あれって何ー?総悟と亜希、なんかしたの??」 「いやァ、実は前に土方さんを亡き者にするため、外法で妖魔を呼び出そうとしたことがあったんでィ」 「あれ、もしかしたらその時の…」 「アンタら、どんだけ腹の中真っ黒なんですか!?」 「元凶はお前らアルか!おのれ、銀ちゃんの敵!!」 神楽ちゃんにとってかかられた。 髪の毛を引っ張ってくる神楽ちゃんの手から逃れるために、グイーッと右頬を引き伸ばす。 左頬は総悟が掴んでたから掴めなかった。 「あーもう狭いのに止めろっつーの!」 「あ、あの?きみたち?…いい加減にしたほうが……」 真由さんと新八くんがうちらを止めようとしてくれた。 ホント止めてこの人!痛いから!! 「ぎゃあああああああああ!!」 「ひ…っ!!」 新八くんと真由さんが戸を見て悲鳴をあげる。 どうしたのさ?そんなところ誰もいないのに。 「でっ…でっでで出すぺらどォォォ!スンマッセン!!とりあえずスンマッセン!マジ、スンマッセン!!」 いや、どうしたのホント! 新八くんはすごい勢いで土下座を始めてるし、真由さんなんてその場でカチンコチンに固まっちゃってるし。 (え?何??なんなの??) 「てめーらも謝れバカヤロー!人間、心から頭下げればどんな奴にも心通じるんだよ、バカヤロー!!」 新八くんは総悟と神楽ちゃんの頭を掴んで、 ゴッッ!!! 凄い勢いで叩きつけた。 それ土下座っていうか、トドメじゃないかなぁ。 2人とも気絶しちゃったんだけど。 「んっしょ…里美さーん…変わってよー」 「わたしは神楽ちゃんを運ぶのに忙しいんで無理かなー」 「明らかに反対でしょこれー!」 あの後真由さんたちが現況たる蚊天人を捕まえに、新八くんが隊士たちを調べに行った。 うちと里美さんは総悟と神楽ちゃんを介抱するため運んでる途中。 2人の額すっごく赤くなってるんだよねぇ。 痛そ…。 「神楽ちゃんはわたしたちの部屋だから、ここでお別れねー」 「…はぁい…」 総悟の部屋はまだ先。 勝手に入ると怒られそうだけど、仕方ないよね。 「っしょ…!ついたー」 ずるずる引っ張って悪かったとは思うけど仕方ないよね! 里美さんが変わってくれなかったんだもん。 「そーうーごー?」 「………。」 駄目だ、気絶してる。 「痛いよね、これ」 額に冷えピタを張り、そっと撫でる。 早く腫れが引けばいいのにな。 「…ん、」 「うわぁああ!?」 「うるせェなァ、今日は日曜だぜ母ちゃん」 ええええ、何寝ぼけてんの!!? うちは総悟のお母さんじゃないんだけどなぁ。 「…、亜希?」 「うん」 「俺の部屋で何してんでィ。夜這いなら夜にしやがれ」 「……そっ、総悟はもう一度気絶しといてっ!!」 ゴッッ!! もう!総悟のバカ! だ、誰が夜這いなんかするのさ。 胸がドキドキうるさくて、顔が熱い。 これはしばらく引きそうにない。 これじゃあみんなのところいけないなぁ……。 (ハァ……) ← → ×
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