第九訓 2



「くだらねェ、どいつもこいつも怪談なんぞにハマりやがって…」

「なんていうか、怖い話なんて聞いても得があるわけじゃ、ないんですけどね……」

「ちげーよ!俺が言いたいのは幽霊なんぞいてたまるかって事だ」






タバコを吹かしながらぼやいた副長は首に止まったであろう蚊を叩く。


あの後厨を探してみたもののマヨネーズは見当たらず、副長曰くマヨネーズが足りない焼きそばはそのまま胃袋へと消えた。
ぼくは、マヨネーズあの量で十分だと思うけどな…。






「最近やたら蚊が多いな」

「そう、ですね。明日、マヨネーズと一緒に蚊取線香買ってきましょうか」

「いや、ソレよりスプレー型の方が…」




「死ねェ〜」



「「?」」






そんな会話をしていればどこからか恐ろしい声が聞こえてくる。
きゅっと副長の寝間着の裾を掴むと頭をぽん…と叩かれた。
怪談話はまだしも、こういうのは本当に怖いのだ。

(そ、外には何が……?!)






「死ねよ〜土方〜お前頼むから死んでくれよ〜」

「死〜ん〜で〜く〜れ〜よ〜」






よく見ると副長の顔には冷や汗が伝っていて、咥えてるタバコを落とすほどには怖がっているようだった。
そういえば副長も怖いものダメだったっけ…?


ていうか、外から聞こえてくるこの声…どこかで聞いたような―――。






「(まっ…まさか、ホントに…)」






副長はスパッと勢いよく襖を開ける。
………と、その先には3本の蝋燭を頭につけて、白い着物を着た総悟くんと亜希ちゃんがいた。

聞いた事があると思ったらこの2人だったなんて。






「どうやら、声の正体はコイツみてーだな」

「こんばんは、2人とも」

「暢気に挨拶してる場合か!…で?てめーらはこんな時間に何してんだ?」

「「ジョ…ジョギング」」






えっ…その姿でジョギング…?






「ウソつくんじゃねェ!そんな格好で走ったら、頭火だるまになるわ!!」

「あ、あの、副長…!ふ、2人さんはもしかしたら本当にジョギングしてたのかも………!極限状態で頑張っていたのかも…!」

「純粋すぎんのも考えモンだわ、これ!!
儀式だろ?俺を抹殺する儀式をひらいていただろう!!」

「自意識過剰な人だ。そんなんじゃノイローゼになりますぜ」

「ほんとほんと〜。そうゆーの被害もーそーっていうんでしょー?」

「何を……、!!」






副長はまだ何か言いたそうだったけど、急に振り向いた。







「……どうしたんだィ、土方さん?」

「お前ら、今あそこに何か見えなかったか…」

「いいえ、何にも」

「何も見えませんでしたけど………」

「気のせいじゃないのー?」

「(いや、確かに今…)」



「ぎゃあああ!!」



「「「「!!」」」」



―――――――――



――――――



―――



「ひでーなオイ。これで何人目だ?」

「えーと…18人目でさァ。隊士の半分以上がやられちまったわけですね。さすがにここまでくると薄気味ワリーや」

「冗談じゃねーぞ。天下の真選組が幽霊にやられてみんな寝込んじまっただなんて、恥ずかしくてどこにも口外できんよ、情けねェ」






屯所の道場には何人もの隊士が寝かされている。
これの原因は幽霊≠セとかいう噂まで立つ始末で、真選組は通常通り機能しているか怪しいところだ。







「トシ…俺は違うぞ、マヨネーズにやられた!」

余計言えるか

「ホントですよ」






ぼく達は隊士達が寝込んでいる部屋を離れて、別の部屋に移動する。
移動した部屋で継美さんがお茶とおせんべいを出してくれたのでありがたくもらう。


…あ、このおせんべい美味しい。






「みんなうわ言のように赤い着物を着た女と言ってるんですが、稲山さんが話してた怪談のアレかな?」

「そんなわけないじゃないですかー。幽霊なんてバカバカしい…」

「そうだ、幽霊なんざいてたまるか」

「霊を甘く見たらとんでもない事になるぞ、トシ、里美。この屋敷は呪われてるんだ。きっととんでもない霊にとり憑かれてるんだよ」






局長の声が微妙に震えている。
確かにこれだけ隊士が倒れればその線も考えられなくはない…のか?






「…何をバカなことを。幽霊なんて……」






副長はそこまで言った途端、何かを思い出したのか、冷や汗が流れだした。
如何したんだろ。

首を傾げていれば足音が響いて、曲がり角から山崎さんが現れる。






「局長!連れて来ました!」

「オウ、山崎ご苦労!」

「街で捜してきました、拝み屋です」

「どうも」






山崎さんが連れて来たのは編み笠を被ったミイラ男と鼻眼鏡をかけた弁慶っぽい男の人とサングラスをかけたチャイナ服の女の3人。
霊をはらってもらおうと思って呼んだらしいけど、見るからに怪しい。

この人たち、本当に拝み屋なの…?






「オイオイ、冗談だろ。こんなうさん臭い連中…」

「あらっ、お兄さん背中に…」

「なんだよ…背中になんだよ」






ミイラ男は意味深なことを言いかけると、チャイナ服の人に耳打ちを始めた。






「…ププッ、ありゃもうだめだな」

「なにコイツら、斬っていい?斬っていい?」

「先生、なんとかなりませんかね。このままじゃ、恐くて1人で厠にも行けんのですよ」






キレかけている副長の横では、局長がチャイナ服の人に話しかける。
1人で厠にも行けないって…子供か。






「任せろ。ゴリラ」

「アレ?今ゴリラって言った?ゴリラって言ったよね」






そのあと、屯所内を見てもらった。
ミイラ男さんの話だと、屯所内に強力な霊の波動を感じるらしい。
何でもベルトコンベアにはさまって死んだ工場長に似てるって言われて自殺した女の霊≠セとか。

長い上に有り得ない。
けれどとりあえず除霊してもらうことになった。






「とりあえずお前、山崎と言ったか…」

「え?」

「お前の身体に霊を降ろして、除霊するから」

「え…ちょっ、除霊ってどーやるんですか?」






降霊の対象になった山崎さんは戸惑う。
拝み屋の3人は、山崎さんのことは一切気にせず詰め寄っていき………






「お前ごとシバく」

「なんだァ、それ誰にでもできるじゃねーか!」



ドムッ!



「ぐはっ!」






……彼の腹部に強力な拳をお見舞いした。






「ハイ!今コレ入りました。霊入りましたよ〜コレ」






気絶した山崎さんを起こしながら、ぼく達に説明する拝み屋さんたち。
あの、霊っていうか、ボディーブローが入ったように見えたんですけど…。

え?山崎さん大丈夫ですよね?ねぇ?






「えー、皆さん今日でこの工場は潰れますが、責任は全て私… 「オイィィィ!工場長じゃねーか!!」 アレ?なんだっけ」






副長がツッコミを入れると、拝み屋さんがぐだぐだになりはじめる。






「バカ、お前ベルトコンベアにはさまれて死んだ女だよ」

「ベルトコンベアにはさまれる女なんているわけないでしょ。ベルトコンベアに…アレ?」

「もういいから普通の女やれや!」

「無理ヨ!普通に生きるっていうのが簡単そーで、一番難しいの!」

「誰もそんなリアリティ求めてねーんだよ!」

「うるさいミイラ男!お前の格好にリアリティなさすぎネ!」

「なんだァ!こんなんしてた方がミステリアスだろーが!!」

「あぁ、もうやめろやァ!!仕事中ですよ!!ちょっときいてんの!2人とも!」






つかみ合いになったミイラ男とチャイナさんを止めに入った弁慶もどきさんだったけど…






「「「「「あ」」」」」






…それぞれ装備品が取れて姿が露わになってしまったのだった。






「…にしし…よーろずーやさーん?」

「……ヤバイ、亜希のあの顔は…!」






びんっ



亜希ちゃんが縄を力いっぱい張った。








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