第5話

ノクト一行はアラケオル基地への潜入を目前に控えストマキーの標でキャンプをしていた。レガリア奪還の計画を綿密に立て、夜が明けるまでには目的を果たすことを話し合う。

「出来るだけ無駄な戦いは避けすみやかに取り戻す。いいな?」

軍師であるイグニスは全員の顔を見てそう言った。
フィオレを帝国へ旅立たせてから一週間以上が経過する。今思えば、まともな連絡手段もないままに行かせてしまったことを少しだけ後悔していた。
人質として使おうと言うのなら、あちら側から何かしらのアクションがあってもおかしくはない所だがいまだにそれはない。
神出鬼没なアーデンが、いつ妹を共だってイグニスの前に現れるのか。あの日から妹を想わない日は一日としてない。

けれど今は、レギス国王の残した大切なレガリアを取り戻す事に全力を注がなければならない事もよく分かっていた。
フィオレに貸したダガーの代わりに槍を装備し立ち上がる。

「よし……みんな、準備はいいか?」

これをしくじれば、二度とレガリアを奪い返すことは出来なくなるかもしれない。
全員はぎゅっと気を引き締め、敵地へと乗り込んで行った。






アラケオル基地では重魔導アーマーや大量の帝国兵との戦闘を避ける事が出来ずに苦戦を強いられたものの、雷神ラムウの力を借りることによって敵を一掃することとなった。
四人は改めて、六神の絶大な力を実感したのだった。

やっとレガリアを取り戻せる。
ノクト達は懐かしささえ感じるその愛車に近づき、どこかダメージはないかと眺めた。

しかしその時、プロンプトは背後から近づいてくる男に気が付いた。

「あ…あれ…!」
「ひさしぶりだ、ノクティス」

こちらへ歩いてくるのは、帝国軍で将軍を務めるレイヴス・ノックス・フルーレだった。抜いた剣を右手に持っているあたり、穏便に話をするために現れたとは到底思えない状態だ。

「レイヴス…!」
「雷神の啓示を受けたか…それが、何を意味するかも分からずに」

そう言ってノクトの喉元に剣を突き付ける。制止に入ろうとするグラディオだったが、同様にその剣によって動きを封じられてしまった。

「動くなよ、お前も。誰も適わなかったと言うのに、選ばれし王たる男がこうも無力で愚かだとは…」
「じゃああんたは何やってんだよ。なんで帝国軍でルーナまで狙って…」
「敵の将軍に何を聞いている!」

左手の義手でノクトの首を掴み突き放した。すると再びグラディオがノクトを庇うように立ちふさがる。


そんな様子を、離れたところからハラハラと見ていたのはフィオレだった。隣に立つアーデンの腕を掴みながら言った。

「お、おじさま…!どうしよう!止めて!」
「うーん、レイヴス将軍熱くなっちゃってるねえ。ここでやり合ってもしょうがないのになあ」
「あれがルナフレーナ様のお兄さんって…本当?なんだか怖い人…」
「まあ彼も色々抱えてるからねえ。何も知らない王子には腹が立ってると思うよ。妹さんが心配だろうし…」
「ねえおじさま…!!」

今にも泣きだしそうな顔になってしまったフィオレの頭を撫で、そこで待っていろと言い残して小競り合いの現場へと向かう。
レイヴスに振り払われ、レガリアに激突したグラディオを見たノクトが激昂しファントムソードを纏う。
そこでアーデンがようやく待ったをかけた。

「はい、そこまでにしとこう。おお、大丈夫?」
「何が!?」
「ふふ、助けに来たよ」

そう言ってアーデンはイグニスの顔を見る。視線の合ったイグニスは言葉の意味を尋ねた。

「何を言っている…」
「軍を帰らせるってこと」

ゆっくりと背中を向けたアーデンに、グラディオはふざけているのかと噛み付いた。わざわざレガリアを盗み、そしてこの基地で多くの兵士を差し向けてきておきながら軍を帰らせることの意図が理解できなかった。

「次に会うのは、海の向こう?うちもあそこの水神様に用事があってさ。ねえ?」

声をかけられたレイヴスは顔を半分ほどアーデンに向けただけで黙ったままでいる。そしてノクトの前に立ち、右手を頭の高さまで掲げた。

「それじゃあね王様、よい旅を」

手を軽く振ると、レイヴスが静かにその場を去って行った。そのまま後に続こうとするアーデンに向かって、イグニスが声をかける。

「…待て。フィオレはどうしている?あれからだいぶ経つが、まだ検査とやらは終わらないのか!?」
「あ、やっぱり覚えてたんだ。ざーんねん」
「…おい…!ふざけるなよ…!」
「冗談だよ冗談。まったくお兄さんは相変わらず心配性だ」

両手を広げて軽く頭を振ってから、イグニスの立つ先に向かって手招きをする。

「おーいフィオレ、こっちにおいで」

アーデンの視線の先を見ると、毎日思い続けた妹がこちらへ歩いてくる。駆け寄り、強く抱きしめた。

「フィオレ…!良かった…無事だな?」
「兄さん…!平気だよ、本当に心配性なんだから」

苦しいくらいにきつく胸に抱き寄せられ、けれどその懐かしい匂いに安堵し目を閉じる。嬉しそうなフィオレの顔を見て、アーデンは少しだけ微笑み軽くため息をつく。

「仲睦まじい兄妹の、感動的な再会…ってところだね…そんなとこ悪いんだけどお兄さん」

そう言ってアーデンはイグニスを呼びつける。フィオレがノクト達と会話を始めたのを確認し、コートの内側から数枚の紙切れを取り出し広げて見せた。

「肝心の、検査の結果ね。知っておきたいでしょ?」
「……あ、ああ…」
「やっぱりね、あの子は普通の身体じゃないんだよ。ここ、彼女の遺伝子ね。普通の人がこれ。3番染色体と、5番染色体の末端の一部が欠損してる。恐らくそのせいで、フィオレは他人から病の元を吸い取っちゃう体質になったみたいだ」
「遺伝子の異常…なのか?」
「ああ、言っておくけど、遺伝病と遺伝子病は違うよ?まあ彼女の親を調べたわけじゃないから何とも言えないけど、多分これはフィオレの遺伝子が突発的に異常を起こしたものじゃないかなって思ってる。だからルシスの血筋がどうこうって問題じゃないから安心して」
「……それに関しては、オレが不安視するような事でもないだろうから…それよりも、あの子のシガイ化をどうにかできるのか?」

イグニスが眉間に皺を寄せてアーデンに問う。ううんと唸ってから、ハッキリとは言えないがと前置きしてからアーデンが言う。

「今回はフィオレの今の身体の状態を調べただけなんだよね。しかも類似した臨床データもない。なにしろ初めてのケースだからさ。でもね、オレ達が知ってるいわゆるシガイに比べれば、治療はさほど難航しないんじゃないかと思うよ」
「なぜそう思う?」
「シガイってのは普通自我がない。だから目についた人間を無差別に攻撃してくるんだ。だけど見ての通り、フィオレは外見も中身も変わらないだろう?実は自我のコントロールってのはすごく難しくてね。それを治療対象に入れなくていいのなら、あとは彼女が意図せずに周囲から寄生虫を吸収してしまうっていう症状を抑えられればいいんだ」
「そ、そうすれば、あの子の身体は人間に戻れるのか…!?」
「もちろんそれだけじゃないよ。フィオレの場合、取り込まれた寄生虫をさらに変異させる力があるんだ。そのせいで黒色粒子を放出せずに済んでるんだけど、逆に言えば体内の寄生虫濃度が異様に濃い。それを完全に濾過することができるかどうかだね。さっきも言ったけど、こんな治療は前例がない。一週間や十日で治りますっていう保証は一切できないよ。自我を安定させるための研究を成功させるのにウン十年かかってるから、まあそれに比べれば…ってことかな」

手探り状態で進めていくしかない、とアーデンは言う。
下手をすれば、月単位での治療が必要になると言う事だ。イグニスはこの先ルシス王国とニフルハイム帝国の間で起こりうる戦争の事を考えた。
敵対する国に家族を置いておくことがどれ程危険かを考慮してもなお、フィオレの治療を優先すべきだろうか。

カメラを構えるプロンプトの前で楽しそうにポーズを取る妹を見て、イグニスは大きく息を吐いた。

「まあ今すぐに答えを出さなくていいよ、重大な決心だろうからね。妹さんと、良く話し合って」
「…ああ…分かった…しかしなぜ帝国の宰相がルシス人にここまで?」
「まあなんていうか、自分の娘のような感じ…かな?そのうちまた来るからさ。それまでに、治療するかしないか決めておいて」

イグニスにそう告げて、アーデンは先ほどレイヴスが去って行った方向へと歩き出す。それに気づいたフィオレはイグニスの立つ位置まで駆け寄り、おじさまと呼びかけた。
振り返り、笑顔で軽く右手を上げたアーデンはフィオレに一言も残すことなく去って行ってしまった。

「おじさま………」
「またいずれ来るそうだ。それまでに、治療をどうするか決めておけと…」
「……兄さん、アーデンおじさまって……素敵な人ね…」
「……は…?お、おいフィオレ…」

うっとりとした表情でアーデンの背中を見送るフィオレのその顔は、完全に恋に落ちた娘そのものだ。恋愛に憧れていただけの頃とは違い、その横顔には一人の男を想う女の憂いが見て取れる。
まだまだ子供だと信じていたいイグニスにとってはゆゆしき事態だ。

「フィオレ…お前まさか、あの男に変なことでもされたんじゃないだろうな…」
「変なことって何?」
「へ……変なこと…というのは……」

レガリアに向かって歩き出すフィオレの背中をおろおろと追う。哀れなイグニスの様子を見て、プロンプトが笑いながら言った。

「ねえイグニス、フィオレももう小さい子供じゃないんだからさ、はっきり言えばいいじゃん」
「い、言えるわけがないだろう…!」
「気になって仕方ないくせに…じゃあオレが聞いてあげようか?ねえフィオレ、向こうでさ、あのアーデンって人に何か特別なことでもされなかった?」
「プロンプト…!!」

そう言われたフィオレはレガリアのドアに手をかけて立ち止まり、特別なこと、と小さく呟いた。すぐに脳裏に浮かんだのは、数時間前にアーデンに踊りを披露した後もらった額のキスだった。
とたんに顔を赤くしたフィオレを見て、イグニスの顔が真っ青になる。

「…フィオレ…?っちょ、ちょっとまて…!あいつ、なにが娘だ!!」

アーデンが去った方へ駆けて行くが、すでに周囲には帝国兵一人すらいない。

「クソッ…!」
「…フィオレが大人になっちまったか…」
「グラディオ!まだそうと決まったわけじゃない!」
「まあな、ちょっとばかり相手が悪すぎる」
「相手が誰であろうと同じだ!」
「…お前な、いつまでフィオレを子供扱いするつもりだ?ずーっと一緒に居られるとは限らねえぞ」

そう言いながらイグニスを運転席に座らせる。ノクトとグラディオの間に挟まれたフィオレは、なにやら兄が怒っているようだと察した。

「兄さん…そんなに悪い事なの…?その、おでこにキスって…」

フィオレの言葉に、おでこにチュウかとプロンプトが言う。

「なーんだつまんない。でも良かったねーイグニス、安心した?」
「……お、おでこにキスでも許せん!!」

叫びながら思い切りハンドルを拳で叩くと、周囲に怒りのクラクションが響き渡った。




イリスの待つレスタルムへ向かう途中のキャンプで、フィオレは久しぶりに味わう兄の手料理に舌鼓を打っていた。

「やっぱり兄さんの手料理が一番おいしいー!」
「フィオレ、こっちも食べろ。お前少し痩せたんじゃないか?帝国の食事は食えたものではなさそうだが…」
「ううん、そんなことないよー。どれもオシャレだし美味しかったんだけど、兄さんが作ってくれたご飯と比べちゃったらどこの国の食べ物も味気なく感じるよ」
「……そうか…」

妹の嬉しい言葉に表情を崩したイグニスは、山盛りの親子丼をフィオレに手渡す。

「おいイグニスー、フィオレだけずるいぞ」
「うふふ、ごめんねノクト。妹の特権なの…あ、そうだ!みんなにお土産買ってきたんだ」

リュックを手に取り四つの箱を取り出した。
黒いリボンはノクト、赤はグラディオ、黄色はプロンプト、そして最後に白いリボンが飾られた箱をイグニスに差し出す。

「これは兄さんに」
「…開けてみてもいいか?」
「うん、どうぞ」

リボンをほどき、丁寧に包装用紙をはがしていく。そして箱の蓋を開けると、中には美しい輝きを放つ懐中時計が入っていた。
覗き込んでいた全員がおおと声を上げ、各々同じように開けていく。

「みんなお揃いの色違いだよ。時計の蓋開けてみて?」

そう言われ、イグニス達は銀色の蓋を開く。すると文字盤の内側が透明になっており、時を刻む仕組みが見て取れるようになっている。

「わあ!ねえノクト、スケルトンだ!!」
「懐中時計の中ってこうなってるんだな…って、おいイグニスどうした?何で泣いてんだ?」

イグニスがメガネの下から手を入れて目頭を押さえている。蓋の裏に刻まれたフィオレからのメッセージに、思わず頬を濡らした。

「兄さんったら、泣かなくてもいいじゃない!」
「…馬鹿…これが泣かずにいられるものか…」
「兄さんにだけ、特別にメッセージ付きだよ。時計屋のお爺さんの心遣いなの」
「そうか…帝国人に対するイメージがあまり良くなかったものだから心配していたんだが…」
「みんな普通だったよ兄さん。私たちルシス人と同じように生活してた。国同士が争っているからって、国民までそれに引っ張られる必要はないと思う」
「…フィオレ…」

一人では何もできない少女だった妹が、いつの間にか兄の手を離れ外の世界を見聞きし、自分の考えを持ち成長していく。わずかでも差別的な考えを持っていた己を恥じ、そして頼もしくなった妹にまだ目頭が熱くなった。
仲間にからかわれている兄を見て微笑み、フィオレがリュックの口を閉じようとした時、底の方に小さな箱があるのを見つけた。

「え…?なんだろ。時計は四つしか買ってないよね」

それを手に取ると、ピンク色のリボンが付いた白い箱だった。開けてみると、中にはフィオレが兄たちに贈ったものとはデザインの異なる懐中時計が入っている。
クラシカルないぶし銀で、蓋を開けると中は文字盤部分が非常に狭いスケルトンで、下部には秒針を示すスモールセコンドまである。
五つの小さなダイヤが散りばめられたそれは、フィオレが買った物とは比べ物にならないほど高価なものであることがわかる。

そしてふと、蓋の裏側に目線を移すと小さな文字でメッセージが刻まれていた。


『The time that I can't see you will be longer than my life. From Ardyn』



「あなたに会えない時間は私の人生よりも長い事でしょう。アーデン………おじさま……」

心臓が締め付けられるほどの切なさと、今すぐに会いに行きたいという思いが溢れた。アーデンの唇が触れた額に指先を置き、深く深くため息をつく。
こちらから連絡を取ることも出来ず、加えて相手は敵対する国の政治的指導者。初恋にしてはあまりの重さに、フィオレの胸は悲鳴を上げてしまいそうだった。






ニフルハイム帝国ジグナタス要塞―



アーデンは、自室のバスルームの鏡の前に一本の赤いルージュが置いてあるのを見つけた。フィオレがここで化粧をした時に、しまうのを忘れてそのまま帰ってしまったのだろう。
それを手に取り、キャップを外す。中身を繰り出すと、すでに長さが三分の一ほどになっており使い込まれていることが見て分かる。

「次に会えるのはちょっと先かなあ…ご褒美の後は少し焦らさないとね」

そっけない別れからの、潜ませたプレゼントに気付いたフィオレはきっと今すぐにでも会いたいと思ってくれている事だろう。
そして今度は少し時間をあけて、まだかまだかと思わせてからようやく迎えに行く。
目の前にいる相手に愛を囁くばかりが女の落とし方ではない。会えない時間が互いの想いを深め関係をより良い方に育んでくれることもあるのだ。

次にフィオレがここへ来たとき、それはルシス王国や大好きな兄との永遠の別れとなるだろう。
尖らせた舌先でルージュの先端を軽く舐め、アーデンは不敵な笑みを浮かべた。







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